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心頭滅却



「スターチス」他と同一夢主




現世、日本と比べて四季の変化があまり激しくない地獄と言えど、夏は暑い。しかしながらお盆の一仕事を終え、ひと段落した八大では閻魔庁主催でとある大型イベントが行われる。
「大灼熱我慢大会」
獄卒だけではなく一般の鬼も参加可能なこのイベントでは、着込んだ服や食べたものをポイントで加算して、ポイントが高かった順に豪華な賞金と賞品が進呈されるため、毎年毎年大いに盛り上がりを見せている。




「相変わらずこの時期はグッタリですね」

自分のデスクに設置した小型扇風機の風向きを調節しながらゲンナリしている名前に、少し離れたデスクから視線を送る鬼灯が低く声を溢した。

「鬼灯様は不思議なくらい涼しげですね」
「私も暑いっちゃ暑いですよ。ただ貴女程ダメージは受けてない」

いいなぁ、とぼやく名前から視線を書類へ戻し、印鑑を押していく。
雪鬼とのクォーターである名前は、普通の地獄の鬼と比べてやや暑さに耐性が無い。それでも寒い地方から離れて暮らして随分と経つ為、八大で暮らしていくのにそれ程弊害があるという訳ではないのだが、そんな彼女にはどうしても我慢ならない日が一日あった。それが例の「大灼熱我慢大会」である。

「貴女さっきお昼休憩の時に冷奴しか食べてなかったでしょう。それじゃあ体力も落ちて悪循環ですよ」
「だって何か食べようという気がまず起きないんですよ…アイスとかなら食べられそうですけど」
「典型的な夏バテですね」
「明日が来るのが恐ろしいです」

明日はその恐ろしいイベントを控えている。鬼灯はスタッフとして参加予定だが、名前は職場が休みな事を良いことに自室で一日大人しくしている予定だ。鬼灯の許可も勿論もらっている。

「明日は本当に来ないんですか」
「ご遠慮させていただきます…」

いつもの数倍もの炎に包まれる八大を想像し、無意識に眉を寄せる。すると、不意に仕事部屋の扉が控えめに叩かれた。「どうぞ」と鬼灯が返事をすると扉の隙間からピンク色の蛇が先に顔を覗かせた。

「お香」
「お疲れ様、名前ちゃん、鬼灯様」
「お疲れ様です」
「書類を持ってきたわ。よろしくね」
「はーい、確かに」

束になった書類を受け取り、名前はふと顔を上げて立ち去ろうとするお香を呼び止めた。

「お香は明日イベントに参加するの?」
「ええ。結構景品も豪華だし、頑張ってみるわ」
「アイス一年分とかだったわよね」
「アタシ、八寒印のアイスケーキをちょっと狙ってるのよね」
「美味しそう」
「ふふ、名前ちゃんの分まで頑張ってくるわね」
「死なない程度にね」

上品な笑顔を返すお香に手を振り、扉が閉まるのを確認して名前も仕事へ戻る。アイスの話をしたからか先程よりもほんの少しだけ涼しくなったような気がした。







「アレ、鬼灯様だけですか?」

運営のワッペンを付けた鬼灯を呼び止めたのは、お馴染み地獄のチップとデール。彼等にとっては初めての大会というだけあって、のぼせそうな顔をしながらもそれなりにイベントを楽しんでいるようだ。唐瓜の言葉に振り返った鬼灯は、いつもと寸分たがわぬ無表情で軽く挨拶を返した。

「名前さんは不参加です」
「第二補佐官様だし、スタッフとして参加するんだと思ってたなー」
「彼女にこの場は流石に酷です。仕事なら多少は無理をしてもらう場面もあるかもしれませんが、このイベントはあくまでも任意ですしね。今日は自室で涼しく過ごしていると思いますよ」
「そう言えば最近少し元気ないような感じでしたもんね」
「元々暑いのが苦手なんですよ」

そう言って見回りへと戻っていく鬼灯の背を見送りながら、唐瓜と茄子は熱々の肉まんとカレーを頬張った。

「カレー美味い!」
「体温は上がるけど、普通に美味いよな」
「名前さんにもお裾分けしに行こうかなー?」
「いや、それただの嫌がらせにしかならねぇんじゃ…あ、そろそろ大王のパフォーマンス始まるぞ。行こうぜ茄子」

人集りが出来つつあるステージ前を指差して、唐瓜は茄子の腕を引いた。ステージの上では既にグツグツと音を立てている釜が用意されており、中の煮湯を飲むという芸を披露するようだ。それだけでも高得点が付きそうだが、毎年の如く現段階で上位を占めているのは記録課の面々である。
大王の後に続き座敷童子や宋帝庁等次々とパフォーマンスが繰り広げられている最中、鬼灯はよく知る一人の男鬼がイベント会場から離れた所へ向かって歩いているのを目の端に捉えた。両手にはあんかけチャーハンとカレーと思われる物が握られている。

「烏頭さん、何処へ行くんです」
「あ、鬼灯!ちょうど良かったお前も来い!」
「だから何処へ…それに私はここを離れるわけにはいきませんので」
「ちょっとくらいいいだろ!名前んとこ行くんだよ」

見たところ蓬はいないようだが、一体何をしに行くというのだろうか。そんな鬼灯の怪訝そうな顔で言いたい事を察したのか、烏頭は立ち止まって振り返ると、嬉しそうに両手に乗せられたものを掲げて見せた。

「差し入れだ!あいつ今日暇してるだろ」
「嫌がらせとしか受け取ってもらえないでしょうね」
「こんなに美味いのにか?名前のやつどーせ夏バテとか言ってロクなもん食ってねぇだろ」
「…人に気を使う事が出来たんですね、貴方でも」
「どういう意味だコラ」

少しくらいなら離れてもいいだろうという烏頭の言葉に乗って、鬼灯も名前の部屋を訪れる事にした。なんだかんだ言って、気にかかっていないわけでは無いのだ。

「それにしても量多すぎませんか」
「バカヤロー、片方は俺んだよ」
「蓬さんは?」
「アイツは不参加。部屋でアニメのDVD観るってよ」

閻魔庁の門をくぐり、外よりは幾分か涼しさを感じられる廊下を並んで歩く。流石に今日は人も殆どおらず、外のイベント会場の音を拾ってしまう程静かである。よく通る声の持ち主の一人喋りを聞きながら名前の部屋の前に来た鬼灯は、烏頭に促されて戸を数回叩いた。

『はーい』
「名前さん、鬼灯です。烏頭さんと一緒です」
『勝手に入ってきてくださると助かりますー』

何やら不思議な返答に首をお互い傾げながらも、いつも通りに合鍵を取り出して鍵を開け、扉を開けた。その途端、想像していたよりも暖かい、ムワッとした空気が部屋の中から漏れ出てきた。

「ちーっす…うわ、あっつ!」

鬼灯に続いて部屋の中に足を踏み入れた烏頭が、顔を歪めて思わず叫んだ。それもそのはずだ。今日は涼しくして部屋で休んでいる筈の名前の部屋は熱気が篭っている。「涼しい部屋」というのが元々頭にあったという事を除いても充分不快にさせられる程の室温である。
部屋の住人は、氷を沢山浮かべた水を桶に溜め、その中に足を突っ込んで扇風機を独占している。だから来訪者が鬼灯と知った途端勝手に入って来いと言ったのだろう。

「何ですかこの部屋」
「エアコンの効きが悪いんですよね…今日に限って。それ程外が暑いって事なんでしょうかね」

手にしていた小説をテーブルに置き、扇風機の首を回そうとする名前に必要ない旨を伝え、鬼灯は鈍い音を発しながら稼働しているエアコンに目を向けた。

「エラーが出てますね。どこかしらが故障しているんでしょう」
「え、そうなんですか?困りました…業者って土日お休みですよね」

しょんぼりと肩を落とす名前に向かって、鬼灯は「大丈夫ですよ」と穏やかな声をかける。

「ここに丁度そういう事に強い奴がいます」
「直せそう?烏頭君」
「んなの朝飯前だっての!」
「じゃあ…お言葉に甘えてもいいかしら」
「礼は来週出るヒスミドのライブDVDな!」
「ありがとー。ちゃんと鑑賞用と保存用と実用用に三枚買うから安心してね」
「それ蓬の入れ知恵か?三枚も要らねーよ。つーか最後は布教用だろうがよ」

そう言いながらも機械が弄れる事が嬉しいのか、早速持っていた食べ物を名前の目の前のテーブルに置いて着物の袖をまくり始めた。道具は簡単なものだが常に持ち歩いているようで、本当に機械弄りが好きなんだなと改めて思い知らされる。

「あ、それどっちか食えよ」
「わざわざ持ってきてくれたの?」
「おうよ。どうせ暇してんだろーなと思って」
「…烏頭君が人に気を使ってる」
「あのな、鬼灯といいお前といい…何なんだよったく。失礼な奴らだな」

エアコンの電源を切り、早速中を調べ始めている烏頭が、機械から目を離さず不服そうな声を漏らした。名前は鬼灯と出会った頃とほぼ同じ時期に烏頭とも蓬とも出会った。子供の頃からの幼馴染、という訳ではないがそれなりに長い間一緒にいるせいか彼等も随分と砕けた口調で話す事の出来る大切な友人である。
そんな友人が折角持って来てくれたのだから、直してくれている間頑張って食べてみようかと、名前は目の前に置かれた熱々の二品を見比べた。熱の冷めにくいあんかけがたっぷり乗ったチャーハンか、はたまた辛さで体温上昇確定の夏の定番カレーライスか。

「烏頭君どっちが食べたいの?」
「俺はどっちでもいいから気にすんなよ」
「そう…じゃあカレーにするわ」
「え、」

正直全部食べられるか不安だが、どちらかと言えば食べたいという意識が駆り立てられるのはカレーの方だ。そういう事でカレー皿に手を伸ばした名前に対し、ベッドの端に腰掛けていた鬼灯が若干驚いたように小さく声を零した。

「どうかされました?鬼灯様」
「全部食べ切れますか、それ。もし残しても私手伝ってあげられませんよ」

鬼灯の言葉の意味を分かりかね、一瞬黙って顰め面をする男を見つめた名前だが、ある一つの答えに辿り着いて思わず笑みを浮かべてしまった。

「普通のカレーよりも少し辛めに作ってありそうですもんね」
「何がおかしいんです」
「いいえ。残りを食べてくれようとしていたんだなぁと思って嬉しくなりまして」
「残すのは勿体ないでしょう」
「ええ。だからこれを選んだのは自分なので、責任持ってちゃんと最後まで食べますよ」

それならいいですけど、といつもの表情に戻した鬼灯に対して、故障の原因が分かったのか額の汗をタオルで拭いながら烏頭が一旦作業の手を止めて、ニヤリと意味ありげな笑みを送った。

「鬼灯は名前には相変わらず甘いのな」
「お前を甘やかすメリットがないだけだ」
「酷ェ」
「ふふ、まぁでも…烏頭君に対する鬼灯様の言動もある意味愛情表現というか。鬼灯様の愛情表現って結構色んなタイプがあると思うのよね。大王様に対してもアレは完璧愛故にでしょう」
「気持ち悪い事を言わないでください名前さん」

思い切り顔を歪めた鬼灯に対し、カラカラと笑って納得して見せた烏頭は作業に戻る。

「そう言えば鬼灯様は食事は?」
「少し前に済ませました」
「あ、じゃあ何か飲まれます?烏頭君にも出さないと…」

そう言って立ち上がろうとする名前を、鬼灯が先に立ってそれを遮った。

「いいですよ、私がやります。その足じゃあ出歩くのも一苦労でしょう」

確かに桶に両足とも突っ込んでいる状態では、まず足を拭くところから始めなければならない。名前は申し訳なく思いながらも鬼灯の言葉に甘えて、そのままお願いする事にした。

「すみません」
「いいえ。私の方こそお言葉に甘えて飲み物貰いますね」
「あ、俺炭酸飲みたい!あるか?」
「どうだったかしら…あ、この間貰ったコーラが開けずに入ってるかも。私飲まないからペットボトルごとあげるわ」

名前の言葉通り、冷蔵庫を開けると500ミリリットルのコーラが麦茶の隣に並んでいた。鬼灯は手慣れた様子でグラスを二つ取り出して、麦茶を入れて氷を浮かべると、コーラを脇に挟んで二人の元へ戻ってきた。そのまま先に名前へコップを差し出し、烏頭にもペットボトルごと手渡す。

「エアコンの方はどうですか」
「んー、後もうちょいだな。部品の替えは持ってねぇから応急処置で済ます。取り敢えずはそれで動くだろうけど、近いうちに新しいの買いに行くか業者呼んだ方がいいだろうな」
「そうですか。では、私は先に戻ります」

冷たい麦茶を一気に飲み干すと、鬼灯はグラスを洗いに流しへ向かった。

「え、お前先に戻るの?」
「もうそろそろ大会の表彰式が始まる時間ですので」
「あーもうそんな時間か」
「お香、二十位以内に入れるかしら…」
「どうでしょうね。でも今年はいつも以上に気合が入っているようでしたよ。途中半分死にかけてましたが」
「凄い…」
「心頭滅却すれば火もまた涼し、というやつですよ。それではお先に」

すっかり仕事モードのオーラを纏って、鬼灯は言葉通りに烏頭を置いて名前の部屋を出て行ってしまった。名前もそれを手を振って見送ったかと思えば、すぐに食事へ戻ってしまう。だがただ一人、烏頭だけは僅かに驚いた様子で瞬きを繰り返していた。

「凄え…アイツ本当に出て行きやがった」
「どういう意味?」
「彼女の部屋に自分以外のヤローを置いて行くか?普通」
「もう精神が仕事モードだからその普通は通用しないと思うわ」
「…アイツこそ無の境地じゃねぇか」

もう名前にとっては慣れた事だったが、人によっては不思議に思う事もあるのだな、と何故だか少し、面白く感じた。

「それもあるけど、烏頭君を信用してるんじゃないの」
「アイツがぁ?」
「アラ、じゃあ襲う?」
「しねーよ。俺だって命は惜しい」

そうキッパリと言い放った烏頭に対して、やっぱりね、と名前はまた笑って冷えたグラスを手に取った。





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