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「#エロ」のBL小説を読む
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半刻後、闇に身を纏い、六人は地面に伏せて先に動き出した伊作と留三郎の様子を伺っていた。伊作がまず自分達がいる場所とは反対側に物を投げる。わかりやすいくらいに音を立てたおかげで、外にいる門番は一瞬視線をそちらへ向けた。その隙を突き、留三郎が二人続けて手刀で倒れさせた。そして伊作が薬を使って完全に眠らせたのを確認すると、留三郎が大きな声で門を叩きながら叫んだ。

「開門!開門!」
「何者だ!」
「今背後から門番の一人が何者かの手によってやられた!敵襲だ!開けてくれ!」
「なに!?わ、わかったすぐ開ける」

慌てた声と共に、門がゆっくりと開いていく。そして伊作だからこそ通れる隙間を利用して瞬時に門の中へ入り込んだ。そして瞬く間に呻きながら倒れる門番の声が聞こえ、残りの六人もすぐにその場に集まり、侵入に成功した。

「よくやった、二人とも」
「上手くいって良かったです」
「新薬って何だよ」
「んー…平たく言えば、即効性のある睡眠薬…みたいな?」
「笑顔で針こっちに向けるな!おっかねーな」

文次郎が一歩後ろへ下がると、外の門番から衣装を剥ぎ取って身に纏っている長次とぶつかった。

「お、長次準備出来たのか」
「…ああ」
「よし、じゃあここからは別れて進むぞ。直に足軽達も集まってくるだろうからな」

半助の言葉に全員は頷き、一斉に音もなく駆け出した。ここから仙蔵、文次郎、留三郎、伊作、小平太は攪乱するために二人と三人に分かれ、半助と名前、長次は城内を目指す。

「よっしゃ、じゃあこっちは派手にやるとするか!」
「いっけいけどんどーん!!」
「待ってよ二人ともー!」

楽しそうに駆けて行った留三郎と小平太を追いかけるようにして去って行った伊作の三人とは反対側に足を進める文次郎と仙蔵。沢山暴れられるとあって、文次郎は至極楽しそうである。

「留三郎には負けてられねぇな!」
「勝ち負けに今は拘るなと言っただろうが」

そう窘める仙蔵も、早速宝禄火矢に火をつけている。そして大きな音と共に辺り一面煙で覆われ、慌てて集まってくる雑兵達を困惑させた。
別の場所では伊作が百雷銃に火を付け、鉄砲を撃ったような音が立て続けに鳴り響いていた。出来るだけ派手に、だが人数を悟られにくくするために煙幕弾もふんだんに使い、敵をこちらへ引きつける。そのお陰かあっという間にあちこちから「敵襲だー!」と叫ぶ声が聞こえてきた。小平太と留三郎も動き回って次々に兵を倒していくと、城内は思惑通り大混乱に陥った。




「…随分と派手にやってるようだね」
「ふふ、特に留三郎、小平太、文次郎辺りが張り切ってやってそうですね」

救出班の半助と名前は、攪乱班のお陰で予定よりも楽に内部へと侵入しつつあった。気配を消し、兵達の動きや会話に意識を集中させている。長次とはつい先ほど別れた。城主の文箱の在処はくのたまが捕らわれている場所を探すよりは見当がつきやすいため、足軽へと変装した長次は早速仕事に取り掛かったというわけだ。

「敵は何人だ!?」
「まだわかりません!しかし大勢の軍を率いている可能性があります!」
「殿の護りをあと二十増やせ!門の周りにもあと十人配置しろ!残りは全員城外へ行け!」
「あの忍術学園の生徒はどうするんですか!?」
「そんなの放っておけ!」
「しかし、殿からの御達しで絶対に今は死なせてはならぬと…!それにこれはその忍術学園が人質を取り返す為に攻め入って来たのではないのですか!?それなら…」
「そ、そうだったな…よし、じゃあお前はあと十人程連れて警備につけ!」
「はっ!」
「…名字の読み通りだな」

指示を受け、城内へと入っていった兵士達を見送りながら半助は苦笑した。こんなに近くまで敵が侵入しているとは微塵も思っていないのか、自ら人質の元まで案内してしまっていると言っても過言ではない程大々的に兵士達が動いていく姿に、名前も「流石にここまで思惑通りに動いてくれるとは思わなかった」と肩を竦めて笑った。

「さて、我々も混乱に乗じて城内へ入り込もう。本丸に捕らえられているとなれば、些か厄介だぞ」
「はい」

闇を味方に、二人は気配を消したまま再び動き出した。ここから先は流石に警備も厳しくなり、六年生達が攪乱に努めているとは言え動き回るには不利な場である。だが、この後城門を突破した二人は想像とは全く異なる結果に、絶句する事となった。

「先生、あそこに先ほどの兵士達がいますね」
「隅の方にある建物に向かっているな…」

例のくのたまを護衛するよう命令を受けた足軽が、何やら大声で指示を出しながら建物の周りに他の足軽達を配置し始めていた。先程十人程引き連れて行っていたが、元々の護衛に五人もいなかったのか外には兵が二十人もいない。何の目的で人質にしたのか知らないが、そんな大事な人を城の中ではなくこんな場所に放置している上、絶対に死なせるなと命を出しておきながらこの護衛の数では、一体ここの殿様は何がしたいのかと、半助と名前は理解に苦しんだ。

「裏にまわってみよう」

すぐ近くに背の高いものから低いものまで様々な木や植物が植えられており、それを利用して名前達は裏へまわった。そこで、恐ろしい光景を目にし、二人は声をあげそうになって、慌てて口を塞いだ。

『な、何故…裏側には二人しかいないんだ…!』

侵入出来そうな箇所がある場合、それがいかなる場所であってもきちんと見張りを置くのは基本である。それなのにこの広さを二人で補おうとするその考えが、半助には理解出来ずに思わず名前に矢羽音で問いかけてしまった。

『まぁまぁ、先生落ち着いてください。味方だったら説教も必要でしょうが、今は敵なので思う存分利用してやりましょう』
『そ、そうだな…すまん』

職業柄、敵とはいえ授業でも始めてしまいそうになっていた半助をなんとか宥め、名前は懐からある物を取り出し、その見張り二人に向かって発射させた。それは見事命中し、一瞬で足軽は地面へうつ伏せに倒れる。周りがガヤガヤとしていたお陰で、地面に倒れた音は表の兵士達には気づかれなかったようだ。

「…名字」
「やだ先生ったら、そんな顔しないでくださいよ。吹き矢ですけど、毒じゃなくって薬を伊作から拝借してきてたんです」

拝借などと言っているが、盗んできたと言うのがおそらく正しいだろう。くの一とはやはり恐ろしいな、と半助は密かに思い直し、早速建物へと近付いた。

『先生、屋根裏から侵入しますか?』
『ああそうだな』

半助の同意を得て、名前は一つ頷くと腰に差した刀を外し、鞘を伸ばした。しかしそれは何にも当たる気配はない。

『とくに仕掛けはないようです』
『まさかとは思ったがここまで穴だらけとはな…』
『他にも小細工されている様子はありません』
『よし、じゃあ行こう』

二人は素早く屋根裏へ侵入し、音もなく目的の部屋の上までやって来た。気配を消して隙間から覗き込むと、くのたまの姿が見えた。幸い、縛られている様子も乱暴されている様子もない。食事もきちんと与えられていたようで、衰弱しているようにも見えなかった。名前は一瞬だけ顔を綻ばせると、半助の指示を仰ぐ為に視線を合わせて気を引き締めた。

『名字はあやめちゃんの方を頼む。私は外の足軽をどうにかするよ』
『わかりました』

矢羽音での会話を終わらせ、名前は機会を伺った。室内には足軽が三人、そしてあやめのすぐそばに一人付いている。半助と名前はあやめの一番近くにいる兵が一瞬意識を外したのを見逃さず、二人同時に部屋の中に降り立った。

「お、お前ら…っ!?」
「名前先輩!!」
「あやめちゃん、遅くなってごめんなさいね」

一瞬とはいえあやめから目を離した事が仇となり、まず一人、名前によって倒された。そしてすぐさま名前はあやめの元へ駆け寄り、彼女を保護する。だがあまりの速さに呆然としていた他の兵士達がハッと我に返り、慌てて外にいる足軽に向かって声をあげた。

「曲者だー!!」
「敵が侵入してきたぞ!」
「何!?」
「敵は二人だやっちまえ!!」

あっという間にぞろぞろと外から刀を構えた足軽達がやって来た。一気に騒がしくなる室内に、あやめは怖くなって名前に抱き付いたが、穏やかな笑みで抱きしめ返してきた名前を見、ほんの少し緊張を解く事ができた。

「大丈夫よ、土井先生がいらっしゃるんだもの」

そう言ってる間に、足軽は半助の手により次々に倒れていった。名前もあやめを庇いつつ応戦していると、半助が急に二人の側へ着地して、あやめを抱きかかえた。

「行くぞ、名字」
「はい!」

半助の合図で二人は同時に宝禄火矢に火を付けて放った。途端に辺りは煙に包まれ、それに乗じて名前と半助、そして半助に抱えられたあやめは姿を消した。




無事にその場から抜け出せた三人は、攪乱に努めている六年生達と合流するために全速力で走っていた。

「先生!あれ、仙蔵達です!」
「よし、じゃあ名字後頼む!私は七松達の所へ行ってくるから!」
「わかりました!」

半助からあやめを預かり、別れようとした時、運良く小平太と留三郎、伊作がこちらへ駆けて来るのが見えた。半助はちょうど良かった、と駆けようとした足を止め、攪乱する為に自らも参加した。

「後は長次の合図を待つだけだな」

仙蔵が火矢を放ちながらそう呟くと、少し遅れてやって来た伊作が嬉しそうに報告した。

「さっき任務完了の合図を確認したよ!だから僕達こっちに集まったんだ」
「そうか!」
「よし、では退散するぞ!お前達まだ火矢は残っているな?」
「仙蔵が予備を沢山持ってますよ」
「随分他人任せな発言だな、文次郎」

仙蔵がそう言うと、八人はわざと姿をはっきりと現し、一斉に宝禄火矢を投げた。忽ち辺りは今までとは比べものにならない程の煙が立ち込め、それが消えて無くなった頃には、八人は姿を消していた。

「逃げたぞ追えー!!」

その場にいた指揮官の叫び声に、雑兵が揃って門へ向かって走って行った。長次はその兵に混じって外へと出たはずだ。だが、長次以外の八人は外へは出ずに近くの建物の中で身を隠していた。

「…行ったようです」

城内、及び城外を護っていた兵士達が全員出て行った事を確認し、仙蔵がポツリと呟いた。こうして全員なんとか無事に、脱出に成功したのである。

「後は長次と合流するだけだな」

地面に降り立ち、留三郎が先頭に立って嬉しそうに言った。しかし、あやめを間に挟んで半助が周りを警戒しながら、全員で合流地点へと走り出そうとした時、名前が急に踵を返した。

「名前!?」
「伏せて!!」

一番後ろにいた仙蔵と文次郎が驚いて名を呼んだが、一発の銃声と共に自分達が腕を引かれてうつ伏せにさせられた事に気付き、瞬時に現状を理解した。

「…っ、」

名前の歪んだ表情を見、二人は彼女が銃弾をくらったのだと判断できた。背後には、城壁から火縄銃が一丁こちらを覗いている。まさか、と彼らは悪い予感がして慌てて名前を庇おうとしたが、時既に遅く、二発目が名前の肩をかすってしまった。一発目はどうやら右の太腿に当たったようだ。一発目と二発目の間が然程空かなかった事から、打った足軽の後ろに他の兵が控えてる可能性が高い。

「このやろ…!」

キレ気味に文次郎が宝禄火矢を取り出そうとしたが、半助が慌ててそれを制した。

「やめろ潮江!!」

ここでそんなものを投げられては、折角別方向へ駆けて行ってくれた雑兵共が戻ってきてしまう。半助は苦無をその兵に向かって投げた。それが当たったかどうかはわからないが、足軽は姿を消し、その後は攻撃してくる様子も無かった。
半助はすぐにあやめを抱え上げ、指示を出して走り出す。

「七松!名字を頼むぞ!血痕を残さないよう気を付けろ!」
「はい!」
「後の者は全速力だ!森の中で身を隠しながら目的地まで走れ!中在家と合流したら更に遠くまで走るぞ!」

状況が一気に変わり、各々必死に走った。小平太によって俵担ぎをされた名前は、痛みと悔しさで顔を歪めて遠ざかる城を眺めていた。






長次とも無事に合流し、そのまま更に帰路を急いだ。暫く走った所で、半助があやめを下ろして名前の治療を行う旨を伝えた。

「七松、ゆっくり名字を降ろせ。善法寺、頼むぞ」
「はい!取り敢えず僕は綺麗な水を汲んでくるから仙蔵と小平太は名前をお願い」
「わかった」
「おう!」

二人の返事を確認して伊作は駆けて行った。指示をされなかった他の六年は、流石に少々動揺しているようで、その場に立ち尽くして動けないでいる。そこで伊作の代わりに半助が残りの者にも指示を出した。

「まず食満と中在家はあやめちゃんを頼む。当たりどころが悪かったのか少し距離があったせいなのか、太腿は弾があと少しの所で貫通していないようだ」
「わかりました。気配がわかる程度に離れておきます」
「…もそ」
「潮江は見張りだ」
「…」
「…どうかしたか?」

文次郎の様子に違和感を感じたのか、半助が怪訝そうな顔をした。だがそれに答えたのは意外にも名前の側にしゃがみ込んでいる仙蔵であった。

「文次郎、気持ちはわかるが今は冷静になれ。土井先生の指示が聞こえなかったわけではないだろう」
「ああ。けど…こいつが俺たちを庇ったりなんかするから…」
「しつこいぞ文次郎。それは後からでもいいだろう。それに、名前が気付かなければ私かお前か、もしくは二人揃ってやられていた可能性もあるのだぞ。お前が名前に当たるのは筋違いだ」

ここで、半助は文次郎が心配しているのと同時に己の未熟さ故に招いてしまった現状に、腹を立てているのだと気付いた。顔には出さないが仙蔵もおそらくそうだろう。それに気付いた途端、半助の胸の内に少しだけ温かいものが広がって、口元を軽く緩めた。

「さ、お前達が仲間思いなのはわかったから、それぞれの仕事に取りかかってくれよ」
「…はい!」
「はい」
「それでは我々は、少し離れます」
「先生!名前先輩をよろしくお願いします!」
「ああ、わかった。命に別状はないだろうから心配はしなくていい。だから少しの間だけ食満と中在家と待っていてくれ」
「…はいっ」
「…では、行こう」

留三郎があやめの手を引き、その後ろから長次が着いて行く形でその場を去った。それと同時に伊作が水を持って現れる。

「お待たせしました…あれ、留三郎と長次は?」
「あやめちゃんと一緒に少し離れてもらったよ」
「あ、そっかそうですよね…くのたまとはいえまだ刺激が強いかもしれませんし。よし、じゃあ始めるね。仙蔵と小平太はしっかり名前を押さえててね。まず弾を取り出す作業からやるから」
「わかった。私が上半身を押さえよう」
「じゃあ私が足の方だな!」
「舌を噛まないよう何か布を噛ませた方がいいな」

半助が名前の頭巾をそっと外して口元へ持っていった。

「…すみま、せん…」
「喋らなくていい。口を開けられそうかい」
「はい…」
「ごめん名前、袴も少し下ろすね」
「ええ…」

半助により布を噛ませれ、伊作には袴も下され、仙蔵が両肩を押さえて小平太が両足に乗っかっている。段々と意識がぼんやりとしている中、名前は何て情けない格好だろうと何となくその場に不釣合いな事を考えていた。

「いくよ」

伊作の一声で、治療が開始された。出来るだけ傷口や内部に触れないようにはしているが、完全にそれを行うのは不可能である。伊作は肉と骨の間にようやく弾を見つけ、丁寧に尚且つ迅速にそれを取り出した。

「ぐ…ッ…!」
「…酷いな…出血が止まらないかもしれない」

固まり始めた血液の上から新しい血がどんどん溢れてきている。その中から取り出した弾を布で包み、傷口を洗って消毒を始めた。だが、一向に止まる気配がない。しかしこのままここでジッとしている訳にもいかないのが現状である。だからこそ導き出される答えは一つだった。

「…仕方がない…焼こう」

仙蔵、小平太、そして文次郎が動揺して一瞬空気が変わった。だが伊作は冷静に次の準備を進めており、半助も懐から小刀を取り出して火を用意し始めているのを目にして、三人も表情を戻した。

「先生、僕の刀お貸ししましょうか?」
「いや、余計な傷を付けさせたくないからな。こうなったのは私のせいでもあるんだから私の指が多少火傷を負うくらい何てことないさ」
「無理はなさらないでくださいね。じゃあ…刀の方が準備出来るまで肩も診るね。名前、上も脱がせていいかい」
「…ん」

もう返事をする気力も残っていないのか、名前は小さく声を洩らした。だが肩の方は本当に掠っただけのようで、消毒をして包帯を巻いておけば一両日中には痛みも無くなるだろう。

「…こんなもんかな。ごめん…ここじゃ簡単な治療しか出来ないから…学園に戻ったら新野先生にもちゃんと診てもらおう」
「善法寺、準備が出来たぞ」
「ありがとうございます。名前、あともうひと踏ん張りだから、頑張って」

そう言うと、伊作は高温を発する刃を、傷口へと押し付けた。

「ーーーーッ!!!」

名前の意識はそこで途切れた。






目が覚めた。途端に瞳に映ったものは、覚え違いでなければ忍術学園の医務室の天井である。そうか、無事に帰ってこられたのか。そう安堵してゆっくりと起き上がろうとした名前は、何者かの力によってそれを阻止されてしまった。

「ダメだよ」
「…伊作」

黒い笑顔で名前を布団へ押し付けたのは保健委員長であった。

「少し熱も出てるからまだ安静にしてなきゃダメ」
「…あれから何日経ったの」
「まだ丸一日も経ってないよ。あれから明け方には忍術学園に帰ってきたんだけど学園長先生に報告が済んだ後、僕達も仮眠を取ったんだよ。僕は今さっき起きたから様子を見に来たんだけど他はまだ寝てる奴もいるんじゃないかな。まぁ…そろそろ夕食の時間だから、名前も起きた事だしみんな起こしてくるよ」

伊作はもう一度「安静にね」と念を押し、医務室を出て行った。だが閉じられた扉は間を空けずにまた開いた。伊作が何か忘れ物でもしたのかと思ったが、そこに立っていたのが土井半助であった為、名前は目を丸くした。

「…名字、起きたのか」
「はい…あ、あの…先生」
「すまなかった…!」

伊作の言いつけをあっさり破り、起き上がって半助に迷惑をかけたと謝罪しようとした名前だったが、半助がそれを遮るようにして頭を下げたので驚いて言葉に詰まってしまった。中途半端に体を起こし、ぽかんと半助を見つめている名前に対し、半助はもう一度謝罪を述べてから漸く顔を上げた。

「教師という立場で同行しておきながら、お前に怪我をさせてしまった。本当にすまない」
「い、いえそんな事…!あの場面では仕方のない事だと思いますし、それにこれは私の不注意で…!」
「しかし…」
「それに、今回は授業の一環でも無ければ私達を護衛する為に先生が同行されたわけではないじゃないですか。目的は無事達成されたのですからそんなに気になさらないでください」

そう言って微笑むと、半助も漸く少しだけ笑顔を見せた。そうこうしていると、廊下の方が随分と騒がしくなってきた。六年生の、お出ましである。

「名前ー!」
「小平太、静かにして…って、こら名前!安静にしてろって言っただろ!」
「おや、先生も来られてたんですね」
「ああ」
「名前大丈夫かー?」
「…思ったより元気そうで…よかった」
「…そうだな」

小平太、伊作、仙蔵、留三郎、長次、文次郎の順でわらわらと医務室へ入ってきた。文次郎の後ろには、あやめもついて来ていたようだ。

「あやめちゃん、無事で良かったわ」
「名前先輩こそ…!お目覚めになられて安心しました!」

部屋に入るなり抱きついてきたあやめの頭を撫でながら、名前は嬉しそうに笑った。

「あんな所にずっと一人で…怖かったでしょう」
「いいえ!あそこの足軽達はみーんなヘボでしたから怖くありませんでした!」
「ふふ、そうなの」
「ちょっと泣き真似とかしたらすぐ慌てて私のご機嫌とりを始めるんですよ?楽勝でした!」
「あら、さすがくの一ね。私も鼻が高いわ」
「…一年でコレとは…女ってこえーな…」

可愛い後輩と楽しそうに喋る名前を見守りながら、留三郎がポツリと呟いた。他の六年も口には出さないものの、同意見のようだ。医務室に来る前に廊下であやめと合流し、その時に改めて礼を言われた時は、ああ素直でまだ可愛らしい面もあるのだなぁと思っていた面々だったが、やはりくの一は侮れないのだという事を思い知らされた。

「…それでは名前先輩!これから先輩方で大事なお話があると思いますので私は失礼します!助けていただいて、本当にありがとうございました!明日またお見舞いに来ますね!」
「ええ、ありがとう」

抱きついていた名前の元を離れ、ぺこりと一礼してからあやめは医務室を後にした。そうして漸く六年も腰を落ち着かせる事が出来たわけだが、名前の周りにズラリと並んで座っている様子はなかなか面白いものがある。しかもそれぞれが何やら言いたげな面持ちなので更に面白い絵面であった。しかし第一声を発する者がなかなか現れないので、仕方なく半助が進行役を務める事となった。

「えーっとまずな…中在家からの報告で明らかになった事が一つ。今回あやめちゃんを連れ去った理由だ」

続きを促すように半助が長次に視線を送ると、長次はゆっくりと頷いてボソボソと学園長にも報告した通りに話し始めた。

「…城に忍び込んだ際に得た情報なのだが、忍者隊のいない事を嘆いた城主が、偶々側を通りかかった子供が忍術学園の者だという事を知り…今回の事を考えついたらしい」
「…どういうことなの?」
「…捕らえたくのたまを人質にして、忍術学園に対して生徒が卒業する度に自分の城へ渡すように交渉したかったようだ」
「え…でも、それにしてはあやめちゃんの警備が…」
「そこが城主の甘い所なんだよ」

ここからは憶測だが、と半助が付け加えて名前の疑問に答えた。

「城主はあそこにあやめちゃんを隠している事に対して絶対的な自信でも持っていたのだろう。バレないとでも思ったか…護り通せると思っていたか…」
「しかし思った以上に足軽達が使えなかった…と」
「あはは、まぁ…そういう事になるかな」
「…ですが、最後に我々を狙ってきた足軽は少し違ったようですね」

今まで黙っていた仙蔵が、少し低めの声で割り込んだ。それに対して半助も真剣な表情に戻す。

「ああ。まだ雑兵のうちの一人だろうが、何年かしたら上に立つような類だろう。たまにああやって勘のいい奴がいるから困るんだ…まぁ、学園長先生の文を忍ばせてきたから暫くは動かないだろうけど、注意は必要だな」

学園長の書いた文には随分と丁寧に書かれてはいたが、要約すると『こんな所にまで簡単に忍び込めるのだから十分に気をつけたほうがいい。今回の事は目を瞑ってやるが、またこのような事を企んだり戦などを始めようとした暁には、すぐにお前の寝首をかいてやる』というような内容が記されている。実は、忍術学園は他の城にも定期的にこのような文を忍ばせてきた。全ては無駄な争いを避けるための学園長の戦略である。

「…その兵は死んだのでしょうか」

名前の問いに、半助は首を振った。

「おそらく生きているだろうな。苦無は当たったと言えば当たったようだが、致命傷にすらならなかっただろう。重ね重ねすまないな…」
「いいえ、あの場面で冷静な判断を下せた先生のお陰で私達は助かったんですから…」
「…ありがとう、名字。さて、じゃあ私も退室させてもらうよ。仕事に戻らないと。食堂のおばちゃんに何か胃に優しい物をお願いしておくから、お前達の話が一区切りついたら取ってきて貰いなさい」
「はい、ありがとうございます」
「お大事に」

来た時よりは幾分かスッキリとした表情で出て行った半助をその場にいる全員で見送った後、名前が深くため息をついた。伊作が気を使って横になるように促したが、名前は首を横に振って「まだ大丈夫」と座ったままで六年生達を見つめていた。

「…小平太」
「何だ?」

流れるように順に視線を動かしていた名前は、小平太で動きを止めて穏やかな声音で名を呼んだ。

「忍装束、汚しちゃってごめんなさい」
「ん?ああ、お前の血でって事か!気にするな!洗ったらちゃんと落ちたぞ」
「それと、運んでくれてありがとう。治療が済んだ後も小平太が?」
「いや治療後は留三郎と長次が交互に運んだぞ!なんだかよくわからないが私は荒いと伊作に怒られたからな!」
「小平太の運び方だとすぐに傷が開きそうで怖かったんだよ」

いつも通りの細かい事は気にしない、いけどん精神で明るく話す小平太のお陰か少し場の空気が和んだように感じた。名前はその流れで留三郎と長次にも視線を合わせ、お礼を言った。

「迷惑かけたわね。本当にありがとう」
「迷惑なんぞ誰も思ってねーよ」
「…私もそんな事思ってない。何か困った事があったら…何でも言ってくれ」
「そうだぞ、俺にも言えよな」
「ありがとう…」

二人の優しさにうっかり笑顔が溢れる。それに対して二人も不器用ながらに微笑みを返してくれて、名前は一気に体の力が抜けるような気がした。そのせいだろうか、不意に名前は熱がある事を思い出した。人の身体とは不思議なもので、意識すると途端に症状がはっきりと表れたりするのだ。名前も例外ではなく、急に寒気がしてきて布団をほんの少し自分へ手繰り寄せた。しかしここでそれを目敏く見つけるのが保健委員長である。

「名前、もう布団に入りなよ」
「…もうちょっとだけ」
「はぁ…わかった。じゃあせめてもう一枚羽織ってて」

そういうと伊作は立ち上がって近くに準備されていた着物を広げ、名前の肩にかけてから元の場所に座り直した。

「伊作にも、沢山お礼を言わなきゃ」
「え?いいよ僕には…大したことしてないし」
「そんな事ないわ。伊作のお陰で私は今こうやって話が出来てるんだもの。ありがとう。伊作の治療は本当に安心できるわ」
「名前…うう…なんか僕ちょっと泣きそう」
「えっ」
「泣くなら別の部屋行けよ。うるせーから」
「酷い!留三郎!」

仲間のいつもの変わらない様子に、名前も随分と救われた。それは名前以外の人達にも言えるようで、皆来た頃よりは笑顔が増えていた。ただし、六年い組の二人を除いて、ではあるが。

「…仙蔵、文次郎」

意を決して名前から名を呼んだ。自分の怪我に対して何かしら責任を感じているとしたら、それは間違いであると伝えたかった為である。しかしそれは再び遮られてしまった。土井半助の時と同様に、二人がいきなり頭を下げてきたからである。

「すまねぇ」
「そして、ありがとう」
「えっ…と…」

普段の二人からは拝めない今の状況に、名前はだけではなく他の四人も心底驚いていた。

「…初めは私も文次郎と同じように、何故助けたのだと苛立ちが大きかった。助けてもらわなくとも自分で何とか出来たのに、と。だがそれはただの驕りであったという事にすぐに気付いた。何故なら実際我らはあの時の殺気に気付かなかったのだからな。そしたら次はお前に傷を負わせてしまった自分に腹が立った。おそらく文次郎もそうだったのだろう。こやつはあの場で子供のように当たり散らそうとしていたしな」
「う、うるせーよ」

仙蔵がこんなにもしおらしく話す姿が珍しく、名前は余計な口を挟まずに話を最後まで聞く事にした。それを仙蔵も感じ取ったのか、再び口を開く。

「文次郎と同じ思考回路であったという事は非常に遺憾だが、私は学園に戻るまで、いや戻っても暫く苛立ちが治らなかった。それと同時に深く反省したのだ」

「お前は一言多いんだよ」という文次郎の小言も無視して、仙蔵は更に続けた。

「文次郎ともそれから話し合った。私達の胸の内をぐだぐだと並べ立てても、それは言い訳にしかならない。そんな無駄な事はやめて名前の前では言わなくてはならない事をしっかりと伝えよう、と」

そこまで言うと、再び仙蔵は頭を下げた。

「助けてくれて、ありがとう。お前がいなければ私は、私達は、もしかしたらもっと酷い怪我を負っていたかもしれない」

続いて文次郎も深く頭を下げた。

「俺も、礼を言う。お前のお陰で己の鍛錬がまだまだ足りないという事がわかった」

名前はそんな二人の頭を慌てて上げさせた。こんなにお礼を言われるような事を自分は何一つ出来ていないからだ。

「もう、もう十分伝わったから顔を上げて。私こそヘタに出しゃ張って…助けるつもりが結局足を引っ張ってしまったんだもの、そんなにお礼を言われるような事はしてないわ」
「それじゃあ俺たちの気が済まねぇからとにかく謝らせろ!そしてお前は黙ってお礼言われてればいいんだよ!」
「あ…ハイ…」

文次郎の勢いに押されて、結局名前は言われた通り二人の言う事を黙って聞いていた。

「…だがな、ここまで色々言ってきたがお前だってもう少し自分の身体を大事にせねばならんだろう。一応女なのだから」
「…あら、急に説教モードに入ったわね。仙蔵」
「くの一とはいえ、自ら怪我をしにいっていいという事はないぞ」
「わ、わかってるわよ…」
「まぁ、今回私達は強く言えんが、伊作達だって同じ気持ちの筈だ」

仙蔵の科白に、あちこちから「そうだそうだ」と賛同する声が上がった。

「そうだよ、心配したんだからね!名前」
「…心臓が…止まるかと思った」
「ごめんなさい…」

皆の声に素直に反省する名前の姿を見て、ようやく全員に笑顔が戻った。




「あ、そうだわ。みんなにお礼も兼ねていい知らせが一つあるの」

さてそろそろ夕食にするか、と皆が立ち上がりかけた時、名前がくの一特有の何か裏があるような笑顔を見せて呼び止めた。

「…ぼ、僕は騙されないからね…!」
「ふふ、そんなに警戒しないでよ伊作。今回、あやめちゃん奪還の話を聞いて、くの一の子達も凄く喜んでると思うわ。皆凄く心配していたから。だから、今日くらいはきちんとお相手してくれるんじゃないかしら?罠も外してあると思うわ」

お相手とは、言わずもがな夜のお相手の事である。

「バ、バカタレ…!!何を急に…!」
「何照れてやがんだ文次郎…気持ち悪ィな…」
「なんだと…!」
「二人ともやかましい。名前、お前もからかうんじゃない」
「ふふ、ごめんなさい仙蔵。つい、ね。だけど嘘ではないわよ」
「…そうか。まぁ有難く受け取っておくよ」
「私は名前がいいなー!」
「小平太のお相手をするにはもう暫く療養しないと務まらなさそうね」
「お前ら、そういう話は別の場所でしろ…!」
「あら、何よ文次郎。私の上衣の中も袴の中も見たでしょうに…何を今更」
「見てねーよ!」
「ほら、もう行くよ!名前のご飯は後で僕が持ってくるね」
「ええ、ありがとう」

まだ何か言いたげな文次郎の背を伊作が押しながら、次々に医務室から退散していった。廊下の方で留三郎と小平太が「折角だから皆で食おう」と騒いでいるのを聞きながら、名前は暫しの間眠りにつくことにした。
名前の傷は無理矢理塞がれたが、歩いたり飛び跳ねたりといった所謂忍者としての活動は暫く出来ないだろう。座学は熱が引き次第受けてもいいと新野から許可は貰ったが、動けない間は暇を持て余すだろうというのが名前の今の悩みであった。しかしそれも杞憂に過ぎなかったと、すぐに思い知らされる事となったのである。



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