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smoke



※「cherish」同一夢主



「…暑い」

ジリジリと照りつける太陽から身を守るように深くフードを被った名前は、憂鬱そうなオーラを隠しもせずにポツリと呟いた。砂漠地帯ではない為隣の悟空はそこまでないようだが、悟浄と三蔵は彼女と同じように気怠げに俯いているところを見ると恐らく同意見なのであろう。

「もう少し我慢してくださいね。そろそろ山道に入りますから、多少は気温も下がる筈です」

ハンドルを握りながら一人涼しげな表情をしている八戒が目線だけ一度後ろへ向けて微笑んだ。

「山道って…ちょっと待て八戒。もしかして今日は野宿とか言うんじゃねーだろうな」
「もしかしなくてもそうですよ、悟浄。山を越えたところに小さな町があるようですが、その山を越えるのに結構かかるみたいで」
「うわー…マジかよ」

服を摘んでパタパタと首元から空気を入れながら、悟浄はげんなりした様子で隣の名前と目の前の三蔵をそれぞれ見やった。

「つーか三蔵サマと同じくらい暑いの苦手なのな、名前は」
「そうね…体力は奪われるし日差しが強すぎて頭痛もするし…何より汗をかくのが嫌いなの。断然冬が好き」
「そういや寒いの平気だもんな。それに比べて三蔵サマは…」
「…何か文句でもあんのかクソ河童」
「イーエ」
「確かに三蔵は寒いとか暑いとかどっちもよく言うよな!」

悟浄があえて口にしなかった事をあっけらかんと言ってのけた悟空に対し、怒る気力が残っていないのかはたまた諦めたのか、三蔵は口を閉ざしたまま腕を組んだ。代わりに運転席から「そうですねぇ」と一言だけ帰ってきたが、それきり会話は途切れてしまった。


八戒の言う通り、それから程なくして山道へと差し掛かった。生い茂る木々が視界に入り、すぐにとはいかないが直に涼しくはなってくるだろう、と名前を始め三蔵達は安堵の表情を各々浮かべた。
そこで悟浄が懐をゴソゴソと漁り、小さな箱を取り出した。いつものように煙草だろうと名前は気にも留めなかったが、暫くしてふわりと香ってきた煙が嗅ぎ慣れたものではない事に気が付いて、不思議な顔を悟浄へ向けた。

「…ハイライト辞めたの?」

先程まではいつものようにハイライトを吸っていたと記憶している。しかし、箱はもう仕舞ってあったので目視出来なかったが確かに違うものだという確信は持てた。

「あ、違うって気付いた?すげーな名前ちゃん。でも俺別に辞めた訳じゃねーんだわ。さっきの街で煙草買い足そうと思ったんだけどハイライト売り切れって言われてさー。でも他の店行くのもメンドーだったから適当に買ったんだよ。いつものはまた次の街で仕入れるつもり」

ふぅ、と煙を吐き出しながら悟浄は楽しそうにそう言ってのけた。名前はフードを少しずらして視線を悟浄から前方へと戻すと、暫く彼の吐き出す煙を目で追っていた。

「…私、それ結構好きかも。柔らかい感じ」
「んー、確かにちと甘いっつーかふわっとしてるっつーか…ミルクっぽいところもあるな。まぁ吸いやすいっちゃ吸いやすい」
「何てやつ?」
「パーラメント。そういや名前って前アークロイヤルも好きとか言ってなかったか?」
「そうだったかしら」
「どっかの酒場でオッさんが吸ってんの見て言ってただろ。甘めのやつ好きなんだろうな、名前は」

何か意味があるような含み笑いを向けられたが、察する事は出来ずに名前は「そうなのかしら」と自分に言い聞かせるような声音で呟いた。しかし察しの良い運転手だけは「煽らないでくださいよ」と呆れた笑みを浮かべている。そんな二人に名前は益々首を傾げるばかりだが、右隣から元気な声が降ってきてアッサリとその場の空気が変わってしまった。

「なーなー!そのアークなんたらってヤツそんなに美味いのか?」
「バーカ、俺ら煙草の話してただろーが。聞いてなかったのかよ」
「バカって言うな!」
「バカにバカって言ってなーにが悪いんだよ」
「暑苦しいから黙ってろテメーら!!」

痺れを切らした三蔵の怒号と共にハリセンが降ってくるかと思い、先程までいつもの言い争いをしていた二人は揃って首を竦めて衝撃に備えたが、それはいつまで経っても訪れなかった。不思議に思い、チラリと目線をやった悟空と悟浄だが、二人の目には再び前を向いて暑さに耐えている三蔵の姿しか映らない。些かイライラ加減が増した気はするが、それ以外は至って変わりは無かった。
それからもう暫く山道を進んで行くと、辺りがオレンジ色に包まれ始めた。段々と日が落ち始めているのだと、八戒はチラリと隣の男に意識を向ける。

「もう少し行った所で今日はもう休みますか?三蔵」
「そうだな。川も近くに流れてるみてーだし」

三蔵の許可を得、八戒は周りを見渡しながらスピードを緩めた。
そんな時だ、三蔵一行はこちらへ向かってきている大量の妖気を感じ、各々武器を手にした。八戒も車を止め、警戒を強める。

「こんな所まで…ご苦労な事だな」
「ザッと120ってトコですかねぇ」

気配だけで敵の数を予想しつつ、いつもの笑顔を絶やさない八戒に三蔵はため息を零して車からゆっくりと降り、両足を地面へつけた。 途端に木の陰や草むらから、呼んでもいないのにわらわらと妖怪達が姿を現わす。
三蔵一行覚悟、と聞き慣れた叫び声と共にほぼ全員が飛び掛かってくるのに対し、三蔵一行は特に驚きもせず其々が確実に妖怪退治を熟していった。

「ただのゴロツキって感じですね」
「この辺縄張りにしてたんだろーな」
「玄奘様、早く片付けましょう。無駄に汗をかきたくないです」
「同感だな」
「俺も同感!無駄に腹減るからさー」

「テメーら余裕こいてんじゃねーよ!馬鹿にしてんのか!!」

互いに背を向けて目の前の敵を片付けながら悠長に会話をする様子に腹を立てたのだろう、残りの妖怪達が一斉に飛びかかってきた。経文の事など怒りで吹き飛んでしまったのか、八つ裂きにしてやろうかと言わんばかりの形相である。

「馬鹿にしてんじゃなくて呆れてんだよ」

一発一発確実に、無駄なく仕留めていく三蔵に悟浄が揶揄いつつも「すげーな」と洩らす。しかしそんな彼らを横目に、名前は一人言い知れぬ違和感を覚えた。厳密に言えば彼等ではなく三蔵に、なのだがどことなく普段よりも荒れているような、心ここに在らずのような気がしてならないのだ。咄嗟に声をかけようかと思ったが、あの三蔵が素直に答えるとは思えない。ましてやこんな状況下で話す事でもない。そう結論づけ、また時間を見つけて話を切り出そうと名前は残り少ない敵に意識を移した。



夜も深くなった頃。三蔵はふと夢の世界から浮上して、無意識に一人の女の気配を探した。とは言っても気配が消えた事に気付いていたわけではないし、すぐ側で眠っているのだろうと仮定して見回したのだから、いくら探しても見当たらない、そこに居るはずの人間がいないという事に驚かざるを得ないのは隠しようもない。
他の三人はいまだ夢の中のようで、各々好きな場所で眠っている。大体野宿の時はジープで眠る事が多いが、今日は比較的良い場所を確保出来た為互いの気配が察知出来る範囲で広々と寝床を確保していた。しかし殆どを同じベッドか同じ部屋で共に過ごしている名前とはどうにも離れて眠るという考えにも至らず、その上理由も見つからなかった為二人並んで眠りについたというのに、その場を離れた名前の気配に周りの三人は疎か自分でさえも気が付かなかったというのは些か不思議といっても過言ではないだろう。余程暑さで体力を奪われていたのか彼女が相当周りに配慮して動いたのか。
どちらにせよ名前の消えた先を案じなければならないが、少し行った所に流れる川から人工的な水音が耳に届き、三蔵はおおよその検討がついた。

「…ったく」

三蔵は法衣を半分落とした黒のアンダーウェア姿のままで、煙草の存在を確認しながら音のする方へ足を向けた。
少し行くと案の定、川の中に身を沈めてぼんやり月を眺めている名前が視界に入り込んで来た。

「名前」
「あ、玄奘さま」

川縁に立ち、腕組みをして一言声をかけるとゆっくりと振り返って名前は微笑んで見せた。三蔵が近づいて来ている事は気付いていたのだろうが、それにしても慌てなさ過ぎだろうと思わなくもないが、まぁ今更かと三蔵自身もそう大きなリアクションは見せなかった。

「そんなに暑かったか?」
「それもありますけど…妖怪の返り血やら汗やらでとにかく気持ち悪くて、水浴びしないとゆっくり眠れないと思って」
「阿呆。それなら一言声かけていけ」
「すみません。起こしたくはなかったんです」
「そんな事に気を使うな」
「…はい」
「それで?もう気は済んだのか」
「はい、さっぱりしました」

そう言って髪をかきあげる仕草は、月の光に包まれる彼女を一層美しく見せた。三蔵は近くの木に背中を預けて名前がゆっくりと水の中から姿を現わして髪の毛の水分を絞っている様を見守り、いつものようにソフトパックから一本取り出して指に挟めた。しかしそこでふと、口に咥える前に三蔵はそれを元に戻してしまった。

「玄奘様?」

たまたまその場面を目撃してしまったのか、名前は眉間に皺を寄せている男を不思議そうに見上げた。

「何でもねェよ。それより服はどうした」
「あちらに置いてます」
「タオルは」
「…あら、すっかり忘れていました。そっちの方が重要ですよね」
「お前な…。ったく、待ってろ」

あっけらかんとしている名前にその場で待つように促すと、三蔵は来た道を戻ろうと踵を返した。だがその必要が無くなってしまった。すぐ後ろから八戒が両手にバスタオルらしきものを乗せて歩いて来ていたのだ。

「…八戒」
「こんな事になってるんじゃないかと思って持って来ましたよ。僕の勘が当たって良かった」
「いつ気付いたんだ」
「三蔵が起き上がった時です。ほら名前、風邪を引きますから早く拭いてください」
「ありがとう」

ふわりと包み込むようにしてかけられた全身を覆わんばかりの大きさのタオルに些か苦戦しながら、名前は言われた通りにきちんと水分を拭き取っていった。

「まったく…いくら気温が高いと言っても夜は気温が下がるんですから気を付けないと。それに川の水は特に冷たいんですから。身体にはあまり良くないですよ」
「だって」
「口ごたえしない。ほらほら服もさっさと着てください。髪もしっかり水気を取ってから寝てくださいね。僕は火の準備をしに戻りますから、早めに名前達も戻って来てくださいよ」

まるでお母さんのような事を一気にまくし立て、八戒は嵐のように去ってしまった。
残された二人の間に、再び静寂が戻ってくる。このタイミングを逃してなるかと、名前は思い切って彼の名を呼んだ。

「何だ」
「…何か含むところがあるようですが」
「急にどうした」
「いえ、ただ少し様子がおかしいように感じていましたので」
「別に怒っても恨んでもいねェよ」
「ですが…」

食い下がる名前に対し、若干イライラしたように三蔵は小さく舌打ちをすると、いつもの癖で再び煙を求めて煙草を手に取った。しかしこれまた再び口に咥える事なくポケットへ仕舞い込んだのである。これを見た瞬間に名前は疑念が確信に変わった。

「何も無いなんて嘘でしょう?私の前で二度も煙草を吸うのを躊躇われた」
「お前には関係無い事だ」
「玄奘様」
「五月蝿ェっつってんだろ。大体お前はこの匂いが嫌いなんだろうが!無理矢理嗅がされなくて良かったじゃねーか!」

ここまで言って、三蔵はハッと目を見開いたかと思えばすぐさま口元を左手で覆って名前から視線を外した。途端に名前は目の前の男が何にイライラしていたのか、何を心中で燻らせていたのかをハッキリと理解するに至る事となる。

「…玄奘様、私はマルボロが一番ですよ」
「五月蝿ェ」
「本当ですよ。色々好きなものはありますが、何だかんだ言って結局マルボロに戻ってきてしまうのですから。これも待覚様が…そして玄奘様がお吸いになられているからこそですよ」

アクアブルーの瞳を真っ直ぐに向けられ、三蔵はこんな小さな事を気にしていた自分が急に恥ずかしくなった。それと同時に馬鹿らしくもなり、三蔵はポケットから赤い箱を取り出して一本口に咥えると、今まで我慢した分を取り戻すかのように肺の深くまで煙でいっぱいに満たした。

「落ち着きました?」

少し悪戯っぽく笑いながら、いつもの表情に戻った三蔵を見上げた名前。そんな彼女を無言で見つめ返した三蔵であったが、徐に煙草を指で挟み、名前の頭を引き寄せて身を屈めた。鼻先同士が引っ付いてしまうのでは無いかという程顔を近付けられ、名前は何事かと身構えた。とはいえされる事と言ったら大体の検討は付くのだが、それでも確信が持てるうちは気を許す事は出来ない。しかし。

「…何で目ェ瞑ってやがる」

しまった、と思ったが時すでに遅く不機嫌モードが再来してしまったのだと誰もが理解してしまうほど、低い声が降ってきた。

「えっと、」

咄嗟に目を開き、弁明を図ろうと言葉を零しかけたところで噛みつくような口付けにそれを遮られてしまった。計算してのこのタイミングなのだろうか、口を開きかけていた名前の口内はあっさりと暖かい舌に絡まれ、犯された。彼の辞書に「優しく」なんて言葉がある筈も無く、抵抗する暇を与えてくれぬまま何度も角度を変え、力が抜けかけるまでそれは続いた。

「…っ、は」

漸く解放され、名前は酸素を求めて顔を逸らした。法衣にしがみつくような格好になっている事にはその時になって初めて気が付いたが、 しかしそれをすぐに正せる程にはまだ力が回復しておらず、名前はゆっくりと、呼吸を整えながら徐々に三蔵から距離を取っていった。

「煙たいです」
「そうか」

他にも言いたい事は色々浮かんだが、名前は何故かこれを第一声に選んだ。案の定短い一言で返されたが、彼の表情は悟浄辺りが見たら驚いて二度見どころか三度見してしまうのではないかと言うほど穏やかである。いつの間に消したのか、先程火をつけられた煙草は地面に落とされており、名前は「仕方がないな」と一度肩を竦めて見せて再び歩みを進めた三蔵の後を追った。




先に戻った八戒は、先刻約束した通り火を起こして二人の帰りを待っていた。とはいえいまだ夢の中にいる他のメンバーに考慮して小さい火ではあるのだが、そんな彼の努力も虚しく右を下にして体を地面に預けていた悟浄が、徐に仰向けになって煙草を咥えた。

「起こしてしまいましたか」
「いや、ぶっちゃけ三蔵が起きた時に目は覚めた」
「そうですか。もうすぐ二人も戻ってくると思いますよ」

体を起こして八戒の隣に腰を下ろした悟浄は、隣の男が差し出してきたマグカップを受け取ってブラックコーヒーが注がれる様子を静かに見つめた。

「あーあ、俺がお迎えに行っても良かったのによ」
「そんな事したら今日があなたの命日になりますよ」
「つーかあいつらこのまま帰って来ねェんじゃねーの?」
「それはないでしょう。だって三蔵ですよ?」
「まぁなー。でもわかんねェだろ、今の三ちゃんの様子じゃ」
「それは悟浄にも責任があるんじゃないですか?僕言いましたよね、煽らないでくださいって」
「だって面白ェんだもん」
「まったく…ま、後は名前に任せましょう。彼女に任せておけば大丈夫でしょうから」

そう言って微笑んだ八戒に対し、そうだな、と返す前に悟浄は二人分の気配に気付いて思わず口噤んだ。二人の雰囲気から察するに、蟠りはとけたのだろう。
両名ともどちらかといえば目立つ容姿で、それぞれが色んな意味で目を引く存在であるが、二人が一緒になったらなったで、また別の意味で目が離せない。そんな彼等を時には揶揄い、時には優しく見守り、何かと気にかけている八戒と悟浄であるが、二人の、否三人にとって守っていきたい「モノ」であるというのは揺るぎようのない事実であった。

「おかーえり」
「あら悟浄まで起きてたの?」
「俺、一人じゃ寂しくて眠れないタチなんだわ。女の子の温もりがねェと目が冴えちまってさぁ」
「安心しろ、今すぐ永眠させてやる」
「二人共静かにしてください。悟空が起きるでしょう。名前はホラ、ここに座ってください。髪を乾かさないと」

気付けばいつもの三蔵一行に戻ってしまっている。そんな空気に、悟浄を始め皆が心を落ち着かせているのは誰の目にも明らかだ。
それぞれ多少の感覚の違いは在ろうが、五人の内誰かが欠けるなどという考えは、容易には持ち得ない事なのであろう。

「…もう寝るぞ」
「ふふ、わかりました」

案の定真っ先に眠気を訴えて体を横たえた三蔵に対し、名前は幸せそうに笑みを零した。そうして導かれるまま彼の腕の中へ身を任せ、それにつられるようにして他の二人も各々再び夢の世界へと身を委ねていった。








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