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「…何してやがる」

薄暗い部屋の中にポツリと浮かんだ声は少し掠れていて、表情までは読み取れなかったがその声の主は明らかに若干機嫌が悪いという事がわかった。いつもより声のトーンが低いのは周りの人に気を使ったのか、はたまた意図せず眠りの世界から連れ戻されたせいで半分はまだ覚醒していないからか。彼の性格からして十中八九後者だろう。

「すみません、起こしてしまって」

名前は隣でもそもそと蠢く男に苦笑しつつ、謝罪の言葉を口にした。

今日到着した小さな町には、案の定宿屋が滅法少なく、予約も勿論していない為一部屋しかとることが出来なかった。しかし不幸中の幸いとでも言うのか、一人部屋にしてはやや広めの部屋になっており、人数分の料金を払えば追加で布団を準備してくれるというので一行は早速チェックインする事にしたのだ。シングルベッドが一つと、空いたスペースに敷ける布団は三組。ベッドはいつもの通り三蔵が寝る事になり、布団は悟空と悟浄、八戒が使用する。唯一の女である名前はと言うと、部屋が多めに取れた時は別室になるが大抵は三蔵と一緒に眠る為、特に問題もなくシングルベッドに二人で横になった。
久しぶりにゆっくりと部屋で眠れるというだけあって皆早々に眠りについたのだが、暫くして隣でごそごそと何かをしている気配を感じた三蔵が薄っすらと目を開けた為、名前は申し訳ないという気持ちでいっぱいになりながら眉をハの字にした。

「…眠れねぇのか」
「いえ、そうじゃなくて…」

漸く頭が冴えてきたのか、名前に合わせて体を起こし、向かい合うようにしてベッドの上に胡座をかいた三蔵。一つ欠伸を零し、名前に一瞥を投げると彼女の両手が不自然な位置にある事に気が付いた。

「何してんだマジで」

訝しげに見下ろす三蔵に誤解をされたのではと、慌てて名前は弁解した。

「や、違うんです。晒の結び目が解けなくて…」
「晒?」

随分とキツく結んでしまったのだと言う彼女の言葉を聞き、改めて見ると成る程、シャツの中に手を入れているのも納得出来る。大方眠る前にどうやっても解けず、諦めて眠りについたはいいがやはり寝苦しくなり今に至るというワケだろう。

「貸してみろ」
「え?」
「手ェどかせっつってんだよ」

ぽかんと見上げた名前が理解するよりも先に、三蔵は彼女の両腕を引き抜いてシャツを躊躇いなく胸の上までたくし上げた。

「持ってろ」

上げたシャツが落ちないよう両腕で持たせ、三蔵は早速晒の結び目に手をつけた。

「…固結びもいいとこだな。切った方が早いんじゃねーか」
「勿体ないじゃないですか」
「結び目の所だけちっと切るだけでいいじゃねぇか」
「ハサミなんて持ってないですよ…」
「お前の剣は」
「そんな器用な事出来ませんって」

そう言うと、小さく舌打ちが聞こえた気がした。しかし結び目を解く手を休める素ぶりは全く見せない為、名前は大人しくされるがままでいる事にする。

「…ふふ、くすぐったい」
「動くな」

三蔵の手が当たっている部分も勿論だが、結び目をよく見ようと顔を近づけてきたせいで髪の毛が時たま肌に触れ、名前は思わず身動いだ。だが反対に三蔵の方は解ける気配のない結び目に段々とイライラが募ってきたようで、一旦手を離して枕元のマルボロを一本取り出し、口に咥えた。名前は三蔵の隣に手をついて四つん這いになると、近くに置いてあったライターを手に取り咥えられた煙草に火を近づける。もう飽きたのだろうと名前が苦笑しつつ肩を竦めると、深く煙を吐き出した三蔵が煙草を指に挟み、徐にベッドの下に視線を向けた。

「おい八戒、ハサミ貸せ」
「あれ、バレてました?」

随分前から寝たふりをしていた八戒にいつから気付いていたのか、三蔵は普段通りの態度で名を呼んだ。しかし反対に八戒の方は態とらしく驚いて見せる辺り、少しばかりこの状況を楽しんでいた事が伺える。

「さっきから猿の視線が煩ェからな」

猿、という言葉に今度は悟空がビクリと体を跳ねさせた。これは恐らく演技ではないだろう。

「悟空、布団の隙間からチラチラ見てましたもんね」
「や、ごめん!たまたま目が覚めたら二人でコソコソしてたから何やってんのかなーって気になって!」
「会話だけ聞いててもちょっと怪しかったですもんねぇ。ねぇ、悟浄?」
「八戒!俺まで巻き込むなっつーの!」
「おや、あなただって聞き耳立ててたじゃないですか」
「なんだ、結局みんな起きてたの?」

名前が目を丸くして尋ねると、布団組の八戒を除く二人はバツの悪そうな顔をして肯定の言葉を返した。

「いいからハサミ」
「はいはい」

おねむの三蔵様には逆らわない方が良いと充分理解している八戒は、荷物の中からハサミを取り出して三蔵へ渡した。それを受け取った三蔵は再びシャツをたくし上げ、団子のようになってしまっている結び目を切り落として名前に後ろを向かせ、あっという間に晒を巻き取ってしまった。
漸く楽になった胸元に名前は安堵し、三蔵に礼を言うと、晒を受け取ろうと手を伸ばした。しかし、それは八戒の手によって遮られてしまう。

「名前、あれ程晒はダメだと言ったでしょう?」
「だって…こっちの方が動きやすいんだもの」

恐ろしい笑顔に負けないように頬を膨らませるが、効果はまるで無かった。有無を言わせず八戒は晒をゴミ箱へ捨ててしまったのだ。

「これじゃあ女性用の下着を何のために買ったのかわからないじゃないですか」
「でも、」
「晒なんて、女性にとって良いことなんかないんですよ」

八戒の少し強めの言い方に、名前は閉口してしまった。

元々寺院にいた名前は、晒を巻いて胸を潰す事しか知らなかった。別にそれは苦では無かったし、三蔵も本人が良いなら何も言う気はないという考えだった為、胸が目立つ様になってきてから二年間程は晒でずっと生活していた。それから八戒と悟浄に出会い、ふとしたきっかけで晒を巻いている事が知られ、二人から猛反対されたのだ。それからは女性用下着、所謂ブラジャーを着用していたが旅に出始めてからは極たまに晒に戻してしまう事があった。

「そうだぜ、名前チャン。今のキレーな胸の形が崩れちゃってもいいわけ?」
「黙れ変態河童」
「三蔵サマだって嫌だろーが!」
「まあまあ、悟浄の言っている事も冗談では無いですよ。でもそれより何より、皮膚に影響が出てきますし…それに…」

不自然に言葉を切った八戒に、名前は続きを促すような視線を送った。中途半端では余計に気になるだろうと三蔵も苛立ちを表し、悟空や悟浄も口を閉ざして耳を傾けている。

「…こういうことは言ってもいいのか少し迷うんですけどね…このままだと名前…胸が脇に流れて脇肉になって、将来悲惨なシルエットになりかねないですよ」

言いにくいなどと台詞を吐きながらも、いつもの嫌な笑みは絶やさず言ってのけた八戒に、その場の空気がピシリと一瞬固まった。と言っても当の本人はいまいちピンときていないようで、はっきりとした反応は示していない。しかしそれでも何となく、そうなってはいけないのだという危機感は薄っすらと覚え、八戒の言う事を聞いておくべきなのかも知れないと、名前はゴミ箱から視線を外す事にした。そんな彼女の心境の変化に気が付いたのか、八戒は両掌をパンッ、と合わせて再度ニッコリと笑みを浮かべて見せた。

「さて、お三方には勿論の事、名前にも多少は納得してもらえたようですし寝直しますか」
「俺、もう目ェ覚めちゃったなあ…」
「無理やりでも寝とけ寝とけ。いくら猿とはいえ、これからまた何日か野宿になんだからつれーぞ」
「誰が猿だよ!」
「オメー以外に誰がいんだよ」
「五月蝿ぇ」

いつものパターンに陥った様子に、思わず名前はクスクスと肩を震わせた。自分のせいで結局全員を起こしてしまうという結果になってしまったので罪悪感は拭えないが、それでもいつもと変わらない雰囲気につい安堵してしまう。
すると、三蔵の一言で口論が止んだのを皮切りに其々が二度目の「おやすみ」を言い合っていた所で、低い声が耳元を擽った。

「…名前」
「何です……わっ!?」

名を呼ばれた為振り返ろうとした途端に、体を強い力で引っ張られ、名前は顔面からベッドへと突っ伏す形となってしまった。すぐさま起き上がろうとしたのだが、間髪入れずに三蔵が隣に身を投げてきて、それも叶わない。

「いきなり何ですか」
「…もう寝ろ」

ボソボソと返された言葉は若干聞こえにくかったが、これも三蔵らしい、と名前は三蔵の腕の中に収まる。毛布を上からガバッと大雑把にかけられた為に一瞬視界から三蔵が消えたが、直ぐに肩まで引っ張り下ろして普段の言動からは考えられない程に優しく抱き締められてしまい、名前は楽しげに胸元に擦り寄った。

「玄奘様も、やっぱり嫌ですか?」
「何が」
「私が晒を巻き続けたら」
「…さぁな」

最後のはぐらかしたような言葉の意味が気になって、名前は顔を上げて三蔵の表情を伺おうとしたが、それを阻むかのように強く頭を胸板に押し付けられてしまい止む無く諦めざるを得なくなってしまった。
「素直じゃねーなァ」とどこからか小さく聞こえた気がしたが、直ぐさま銃声が部屋に響いた為、気のせいでは無かった上に恐らく図星だったのだろう。




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