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※(アニメの方の)24期第六話「お嬢さんと呼ばれたい」の後日談のようなもの。観ていない方でも読めるとは思います。






「嫌よ」

朝食を済ませた後すぐに、自室にやって来た三人を見上げて名前ははっきりとそう告げた。今日は折角のお休み。町にでも出掛けるか、読書に費やすか、はたまた可愛い後輩達の希望に応えて鍛錬に付き合うか、と有意義な一日にする為の計画を練っている最中であった名前にとって深緑を身にまとった三人からの「お願い」はあまり気乗りしない内容であったのだ。

「んなはっきり言うなよ…」
「頼む!この通りだ!」
「私達このままではずっと合格出来ないんだ!」
「えー…」

いつもは会えば喧嘩ばかりしている二人も、珍しくしおらしくしているし、暴君もいつもよりずっと大人しい。この調子では諦めて帰ってくれる可能性はゼロに等しいだろう。困ったな、と名前が難しい顔をしていると、入り口に立っている三人の後ろから随分と楽しそうな声が聞こえてきた。

「やってやればいいではないか」
「…仙蔵」
「どうせ暇なのだろう?」
「暇じゃないわよ。私だってやりたい事あるんだから」
「急ぎの用事か?」
「ち、違うけど…」
「それなら」
「っていうかそんなに言うなら仙蔵がしてあげたらいいじゃない」
「私が?お断りだ。こんな奴らに化粧の仕方など教えても何も面白くない。蝶と言うより蛾だろう」

本人達を目の前にしてこんなにも堂々と貶せるのは、ある意味長所ではなかろうか、と苦笑しながら仙蔵を見つめる名前。だが、それも一理あると再び三人に視線を戻した。
そう、彼らの「お願い」とは名前に化粧の仕方を教えて欲しいというものだった。先日学園長の命で女装の補習授業を行った文次郎、留三郎、小平太だったが、見事に三人とも不合格という結果に終わった。それで近いうちにまた補習授業を行うことになったらしいのだが、流石の三人もこのままでは事態は好転しないと気付き始めたらしく、くノ一の六年生である名前に助けを求めたという訳である。

「そこまで嫌がるくせに、何でここにいるのよ、仙蔵」
「見る分には楽しそうだからな」
「おい仙蔵、俺らは見世物じゃねーぞ!」
「まぁそう言うな文次郎。お前らの為にいいものを持って来てやったんだからそれで許せ」
「いいもの?」

三人が首を傾げると、名前も不思議そうに仙蔵を見上げた。皆の視線を一気に受け、仙蔵はニヤリと笑みを浮かべて部屋から廊下に向かって名を呼んだ。その途端、閉じられていた襖から姿を現したのは何と中在家長次であった。「いいもの」とは彼の事なのだろうか、と更に頭上にクエスチョンマークを増やす三人に対して、名前だけは少しだけ腰を浮かせて急に目を輝かせる。

「伊作!」

伊作?一体どこに…と三人が視線を向けた先には、何と長次の後ろから何故か体を縄で縛られた伊作が顔を覗かせた。縄の先はしっかり長次が握っている。

「伊作、お前…どうしたんだ?」

留三郎が一番に歩み寄り、心配そうに顔を覗き込む。しかし肝心の伊作も今の自分の状況を理解し兼ねているようで、若干涙目で留三郎を見つめ返した。

「僕もわかんないよ。いきなり長次と仙蔵が部屋に入ってきて、縄でぐるぐる巻きにしたんだ」
「仙蔵、どういう事なんだ?」
「いいもの、だと言っただろう。ちょっと待ってろ」

そう言うと仙蔵は長次から縄の端を受け取り、名前の名を呼んだ。

「名前、この三人を見事化けさせたら伊作をやろう。好きにしていいぞ」
「お前、何言って…」

どういう事なのかまだ理解出来ない文次郎に対して、留三郎は漸く合点がいったようで、呆れ顔でため息を一つ零した。

「そう言う事か…」
「どうするんだ?名前」
「やるわ」
「ええっ!僕の、僕の意見は!?」
「友の一大事だ、この程度の犠牲、些細なことだろう?」
「今日一日だけでいいから、ね?」
「うわーん!生贄なんてやだよ僕!」

仙蔵の提案に即答した名前。何も聞かされていなかった伊作は仙蔵と名前の言葉に二、三歩後ずさった。

「うふふ、嬉しい。私一度でいいから伊作に化粧から着替えまでやってみたかったの。絶対可愛くなるわ」
「もう成功した気でいるが、大丈夫か?」
「私の腕を見縊らないでよ、仙蔵」
「名前…」
「大丈夫よ伊作。その辺の女の子より可愛くしてあげるから」
「そういう問題じゃなくてさぁ…」
「伊作、俺たちの為だと思って、頼む!」
「留三郎…」
「いさっくん、ありがとな!」
「小平太まで…もう…わかったよ。その代わり、三人ともちゃんと合格してよ?」
「おうよ!」

文次郎の返事を皮切りに、七人は忍たま長屋へと移動した。くノたまがうろうろしているこの場所に長居するのは流石の六年でも難しい為である。仙蔵を先頭に、伊作、伊作の縄を解きながら長次が続き、小平太、文次郎と留三郎、そして名前がぞろぞろと歩く姿は否が応でも目立ってしまう。途中、特に一年生の忍たまに面白いものを見るような目を向けられたが、適当にかわしながら伊作と留三郎の部屋に入り込んだ。


「さてと、じゃあ一番は文次郎ね。他の二人はしっかり見ててよ?」

それぞれ自分の化粧道具を持ってきてもらい、その場に座ってもらった。名前は文次郎の前に膝立ちして、机の上に化粧道具を広げる。長次、仙蔵、伊作の三人は少しだけ離れた位置で見守っていた。

「文次郎だけじゃなくて他の二人もそうだけど、化粧の仕方を変えたら結構見た目は変わると思うわ。後は立ち振る舞いとかかしら。この間は何で減点したの?」

審査員であった三人に尋ねると、見事に三人とも苦笑いで返した。

「えっとね…まず三人とも臑毛を剃り忘れてて…」
「後は着物が肌蹴過ぎていたから減点したな」
「長次は?」
「…歩き方が悪くて、減点した」
「ガニ股?」
「そうだ」
「あ、後ね。この間は偶々乱太郎、きり丸、しんべヱが居たんだけど…お嬢さんというよりおばけ!って言ってた」
「あははっ、一年は組の良い子達は相変わらず素直ね」

伊作の言葉に笑みを浮かべると、名前は早速筆を取り、化粧を始めていった。少し緊張しているのか、瞼を下ろした文次郎の眉間には深い皺が刻まれている。

「文次郎、こんなところに皺を作っちゃ『お嬢さん』にはなれないわよ」
「あ、ああ。すまん」

眉間をつんつん、と突かれて文次郎は慌てて表情を和らげた。それを確認すると、名前は左手を文次郎の頬に添えて目の上や眉に化粧を施していく。こういう場合はこうした方がいい、とか色は自分に合うものを見つけるまで何色も試してみた方がいいだとか、細かく口で説明を加えながら少しずつ変わっていく文次郎を見ていると、名前も段々と楽しくなってきた。

「後は…紅ね。文次郎、少しだけ口を開いて」

文次郎の唇に触れ、優しく指示を出す。すると一瞬ピクリと体を震わせた文次郎が何やら居心地悪そうに再び眉を寄せた。どうしたのだろう、と名前が疑問符を浮かべていると少し離れた場所から大きなため息が聞こえた。

「文次郎…そんな恥じらったところで、気色悪いだけだぞ」
「なっ…!恥ずかしがってなんかねーよ!」
「まったく…何を妄想したのか考えたくもないが、やめておけよ」
「だから違うって言ってんだろ仙蔵!」
「ちょっと、あと少しなんだから喧嘩しないでよ」

仙蔵の方を向いて吠えている文次郎の顔を両手で挟んで、無理矢理元に戻した名前は仕上げの紅を引くと、満足げに笑った。

「はい、終わり。次は小平太してあげるから文次郎は部屋で着替えてきて。早めに戻って来てね。化粧の仕方を覚えてもらわなくちゃいけないんだから」
「着替え…?」
「ええそうよ。折角お化粧したんだからみんなで町に出掛けましょうよ。まぁ、今度の補習授業の為の勉強も兼ねて…ね?」
「名前早く!」
「はいはい、じゃあ小平太はそこに座って」

まさか出掛けると言い出すとは思っていなかったのだろう、文次郎は半ば嫌そうにしながら部屋を出て行った。


その後の小平太は、中々ジッとしているのが苦手なのか必要以上に目を開けようとしたり手遊びを始めたりと、結構苦戦してしまった。たった数十分の間に、小平太に合わせた化粧の仕方に加えて何度「動くな」と口に出したことか。名前は終わった瞬間にドッと疲れが出てきたのを感じて、思わず畳の上に身を投げた。

「ありがとう名前!それじゃあ私も着替えてくる!」
「…ええ」
「おお、小平太終わったのか?って…名前、どうしたんだ?」

小平太と入れ替わるようにして部屋に戻って来た文次郎は、畳の上でぐったりとしている名前を見て目を丸くした。周りに状況を尋ねるが、皆一様に肩を竦めるだけである。

「気にしないで、ちょっと疲れただけだから。文次郎、後で仕上げをするから留三郎が終わるまで待っていてね」
「ああ、わかった」

名前の手が見える位置に腰を下ろしたのを確認すると、名前は体を起こして早速留三郎の化粧に移った。

「留三郎もね、整った顔をしてるんだからそんなに濃い化粧をする必要は無いのよ。キリッとしているから、美人なお姉様系にしてあげるわね」
「お、お手柔らかに頼む」

小平太と比べ、留三郎は随分とスムーズに進んだ。普段ここまで級友達の顔をまじまじと見ることは無いので、新鮮な気持ちもあってニコニコと楽しそうに作業を進めていく。

「はい、完成」
「サンキュー名前。じゃ、俺も着替えてくるな」
「戻って来たら髪もさせてね。髪型とか髪飾りも大事なのよ」
「わかった」

その後すぐに留三郎も戻り、三人に仕上げを施した。名前の手によって「おばけ」から「女の人」に見えなくもない程にまで成長した三人を見、様子を伺っていた他の三人も感嘆措く能わずといった態度を示している。

「どう?」
「凄いな…ここまで変わるものなんだね」
「ああ、これならお嬢さんと話しかける人も一人くらいはいるのではないか?」
「…流石だな、名前」
「うふふ、ありがとう。仙蔵のは褒めてるのかどうか少し怪しいところだけど…これで伊作は一日好きにしてもいいわよね?」
「あっ、そうだった…」

今まで頭からその事が抜け落ちていたのか、急に顔を青くする伊作。だが仙蔵を始め自分の変貌に満足したのか化粧を施して貰った三人も嬉々として伊作を名前の前に差し出した。

「ま、約束は守らんとな」
「わーん!仙蔵のばかぁ…!」
「ささ、いさ子ちゃん。可愛く変身しましょ!あ、私の部屋にね、伊作に似合いそうな着物があるのよ。後で持ってくるわね」

語尾にハートでも付かんばかりの名前の浮かれように、こんなに上機嫌な彼女の機嫌を損ねるのは本意ではないな、と伊作も遂には諦めた。

「…名前」
「どうしたの?長次」
「着物は、私が持ってこよう…」

最上級の笑顔で伊作に化粧を始めていた名前の肩にそっと触れ、長次は穏やかな笑みを浮かべた。彼の言葉に大袈裟なくらい喜びを露わにした名前は、素直にその申し出を受ける事にする。

「ありがとう!助かるわ、長次」
「…箪笥の中か?」
「ええ、一番下の引き出しに入ってる着物よ。桃色に、淡い色で色んな花が描かれている物だからすぐにわかると思うわ」
「わかった…」
「えっ、そんな可愛すぎるの着られないよ…!」
「いいから伊作は目を閉じなさい」
「はい…」

シュン、と再びおとなしくされるがままになる伊作を目に、名前は目を輝かせた。

「ふふ、いさ子ちゃんを連れて町に行けるなんて楽しみ」
「ええっ!ぼ、僕も行くの!?」
「当たり前でしょう。あ、仙蔵と長次も女装して出掛ける?」
「…私はこのままで、いい」
「私もやめておこう。可愛い名前姫といさ子姫をお護りする役目も必要だろうからな」

ニヤリと黒い笑みを浮かべる仙蔵、そして名前の部屋へ向かった長次。部屋の中央では例の三人が歩き方などを復習しているようだ。そんな級友達を一瞥すると、伊作はもう何度目かもわからない溜息を零した。


数分後、伊作の完成度に名前の歓喜する声が部屋に響いたのは、言うまでも無いだろう。


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