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雛芥子



「スターチスの花束を」同一夢主




「…っん、」

灯の無い部屋のベッドの上で、男女の鬼が愛の交歓を始めようとしている。女の上に覆い被さるような形ではなく、胡座をかいた上に女を乗せて、男は首元に顔を寄せて香りを堪能していた。

「鬼灯様…」

不意に名を呼ばれて、名残惜しそうに距離を置く。少し頬を上気させて何かを伝えようとしている小さな唇に引き寄せられそうになりながら、言葉の続きを待った。

「少し、下を向いて貰えますか」
「何をするんですか」

小首を傾げるが、女の、元い名前の返答を得る事が出来なかった為、鬼灯は大人しく彼女の言葉に従う事にする。すると名前はそっと両手を鬼灯の胸元に添え、伸びをする様な形である部分に唇を寄せたのだ。

「…あの、名前さん?」

ちゅ、ちゅ、と音を立てていたかと思えば次は小さな舌で躊躇いがちに舐められる。

「…どうですか?」
「どうですかと言われても…そこ角ですよ」
「知っています」

そう言うと今度は角の付け根を舌がなぞった。鬼灯は益々名前の行動の意味がわからなくなり、だからといって無下にも出来ず、ただただされるがままの状態となってしまった。

数分が経過し、始めの頃と比べると少しずつ躊躇いが減ってきて、次第に一生懸命舌を這わせる名前の姿が見られるようになった。とは言え下からでは表情はあまり見えない上に、若干の擽ったさを除けば何も感じる事が出来ない箇所を舐められるのも流石に飽きてくると、鬼灯が名前の身体を離そうとしたところでタイミング良く彼女の方から口を離した。

「…ん」
「満足しましたか」
「やっぱり何も感じませんか…?」
「ええまあ…そうですね。そこではなく別の所を一生懸命舐めていただけるようお願いしたくなるくらいには」

何故か残念そうな表情を見せる名前に、これ以上は我慢出来ないとばかりに鬼灯は身体を引き寄せた。名前も流石に諦めがついたのか大人しく鬼灯の唇を受け入れる。

「…角の付け根?生え際?ってくすぐったいのかしら、って思ったんです」
「は?」

散々舌を絡ませてから漸く唇を解放すると、名前から徐に発せられた言葉の羅列に鬼灯は耳を疑った。

「角なら貴女にだって生えているでしょう。生えてる場所は違うかもしれませんが、感覚は皆そう変わらないのでは」
「そうみたいですねぇ」

そう言って、呑気に名前は笑って見せた。

「…でも、舐め続けたら何か変化が現れるかもしれませんね」
「変化とは?」
「感じやすくなっちゃう、とか」

あくまでも冗談だろうが、鬼灯は途端に眉間のシワを深くした。

「嫌ですよ。誰でも触れられそうな所を性感帯なんかにされたら生活し難くて仕方ないでしょう」
「ふふふ、そうですよね」

自分の腕の中で肩を揺らす名前に、鬼灯は呆れたようにため息を吐いた。先程深く刻んだ眉間の皺もすぐに元に戻るくらいどうでも良くなってしまったのだ。それ程までに、彼女には弱い。だがしかし、好奇心旺盛なのは結構だが今後の生活に支障が出そうな事をうっかり試されては敵わないと、後日灸を据える事を鬼灯は密かに胸に刻んだ。




翌朝。予定起床時間よりも早く目の覚めた鬼灯は、腕の中の温もりを確かめるように強く抱きしめ直した。起こしてしまうかと一瞬懸念したが、それも杞憂に終わる。身じろぎ一つせず寝息を立てている名前につい仏頂面も緩みそうになってしまうが、ここでふとある事に気が付いた。

「…名前さん、なんか…随分温かいですね」

返事は無かったが、鬼灯は一抹の不安を感じてそっと額に手をやった。そしてそのまま頬から首へ掌を滑らせると、やはりいつも以上の熱を感じる。身じろぐ様子が無かったのは熟睡しているからでは無くグッタリしていたせいだったのだ。

「名前さん、名前さん」

身体を冷やさないよう毛布を首まで引き上げ何度か名を呼ぶと、ゆっくりと目蓋が持ち上がった。

「…鬼灯、さま」
「起こしてすみません。随分と高い熱があるようでしたので」
「熱…?誰がです…?」
「貴女ですよ」
「ああ…そう言われると…」

寒気がしますね、とそう呟いた名前の声に覇気が無く、鬼灯は眉を顰めた。昨晩は特に体調が悪そうには感じなかったが、もしかて上手く隠して自分に付き合っていたのだろうか、などとあまり良くない考えが頭を過ぎったのだ。見たところ咳や頭痛、吐き気等は無さそうだが熱は相当上がっているであろう事は明白で、鬼灯はすぐさまベッドから抜け出すと、着物を適当に羽織って部屋の中をうろうろし始めた。そんな様子を不思議そうに目で追いながら、名前は肩までかけられた布団を剥いで起き上がる。

「…何をしているんです。大人しく寝ていなさい」

案の定鬼灯の厳しい言葉が飛んでくるが、名前はそのまま昨日脱がされた着物や下着を拾って一つずつ身に付けていった。
身体が重く、腕一本上げる事すら儘ならずに名前は今の状態か想像以上に良くないことを嫌々ながらも悟ってしまう。

「ほら、着替え終えたのなら布団に戻ってください。体温計持ってきましたから熱測ってくださいね。それから水と熱冷ましの薬。他に必要な物はありますか」

今にも仕事に行く支度を始めそうな名前の腕を引き、ベッドへ連れ戻すと鬼灯は矢継ぎ早に言葉を浴びせた。ここは自分の部屋ではなく名前の部屋である為多少探すのに苦労はしたが、何とか必要な物を揃えた鬼灯はテキパキと名前の世話を始めようとする。
しかし、徐に伸びてきた腕に制されてしまいそれは叶わなかった。

「…どうしたんです」
「もう…大丈夫ですから。すみません、色々としていただいて…移るようなものだったらいけないので鬼灯様はもうお部屋に戻られてください」

そう言って曖昧な笑みを浮かべる名前に思わず舌打ちしそうになりながら、鬼灯は伸びた細腕を無理矢理布団の中へ押し込んだ。

「貴女の症状からして風邪ではないでしょうし、気にしなくて良いです。恐らく疲れが出たのでは?最近トラブルが続いてロクに休めていなかったでしょう」
「でも、それは鬼灯様だって…」
「私の体力を舐めないでください。それに、昨日多少無理をさせてしまった事も原因かも知れませんから、今日は一日ゆっくり休んでください。言っときますけど、職場に来るのも部屋で仕事をするのも無しですよ」
「…だめ、ですか?」
「当たり前です」

淡い期待を抱いて尋ねてみるも、案の定鬼灯はそれを良しとしなかった。自分だろうが他人だろうが決して甘くは無い鬼灯の事だ、多少気がかりな所はあるがここは大人しく従っておこうと、名前は「わかりました」とだけ返して熱を測るように額に乗せられた冷たい手に身を任せた。

「ここ、冷えピタ無いんですね。濡れタオルでもいいんですけど効率悪いので買ってきます」
「すみません、熱なんか殆ど出ないので…」
「確かに、名前さんがここまでの高熱を出すのは何年…いえ何十年ぶりですかね。あ、食欲はありますか?食べられそうなら何か口にした方がいいですよ。薬も食べた後がいいですしね」
「そうですね…少しなら食べても大丈夫そうです」
「ではついでに買ってきます。作っている暇は流石に無いので。私が戻るまでに熱、測っておいてくださいよ」
「はーい」

良いお返事です、とばかりに頬に手を添えられて名前は少しばかり可笑しくなって微笑んだ。







「あれ、鬼灯君何処行くの」

昼休みに、食堂へ向かう様子の無い鬼灯を閻魔大王は不思議そうに呼び止めた。急ぎ足でその場を去ろうとしていた鬼灯は呼び止められただけでも腹が立つというのに、朝からきちんと説明をしていた事をすっかりと忘れて問い掛ける大王に更に苛立ちが増す。

「…名前さんの所ですよ」

盛大な舌打ちと共に物凄い形相で振り返った鬼灯は地を這うような声で答えた。その一言で大王は漸く思い出したのか「あっ」と大袈裟な程大きな声を出して慌てて鬼灯を送り出す。

「そうだった!引き止めてごめん鬼灯君!」
「すぐ戻ります」

一瞬にして無表情に戻した鬼灯に安堵しつつ「後で名前ちゃんの様子教えてね」と付け加えてから、大王は踵を返した鬼灯を見送った。



コンコン、と控えめにノックをすると扉の向こう側から返事の代わりに大きな音が返ってきた。その何かが倒れたような、崩れ落ちたような音に鬼灯は怪訝そうに戸を開けた。

「…名前さん?」

普段は返事があるまで中に入ったりはしないが、今回ばかりはそうもいかない。中で瀕死の状態、とまではいかないにしても大変な事になっていたら女性の部屋云々言っていられないからだ。
部屋に入った鬼灯はまず初めに空っぽのベッドが視界に入り、溜息を零した。しかしベッドにいないとなると彼女がいるであろう場所は大方の予想がつく。

「…まったく」

そのまま部屋の中を直進し、机とベッドの間に蹲っている名前の側にしゃがんだ鬼灯は、呆れながらも彼女の体を抱えて布団の上へと転がした。ついでに床に散乱した本やら書類やらを片付けていく。

「鬼灯様…」

すると枕に顔を埋めているせいかくぐもったか細い声で名を呼ばれ、鬼灯は手中にあるものを一旦机に置いてベッドの端へ腰掛けた。そっと枕を外してやると、現れた彼女は辛そうだが何よりもバツの悪そうな表情を向けている。

「どうですか、私の方が一枚上手でしょう」
「…いつのまに持って行ったんです」
「さあ」

頬を少しだけ膨らませて不満そうに顔を背けようとした名前に、楽しそうに懐に忍ばせていた彼女の仕事道具やどちらかといえば急ぎの書類をチラつかせた。

「貴女の事ですから、こっそり部屋で仕事をするであろうことは想像に難くないですからね。どうせ、書類を探している最中に私が来て焦ってベッドに戻ろうとしたはいいが身体が言うことを聞かずに滑り落ちたとかそんな感じでしょう」
「はい…ごもっともです…」

何もそこまで明確にしなくても、と言葉が出かかったが迷惑をかけているのは重々承知の上なのでここは口噤んでおく。一先ず大事な書類や仕事道具を無くした訳では無かったことに安堵して、名前は大人しく布団の中に入り直す事にした。

「ほら、大人しくしていないから熱が上がったんじゃないですか?」
「これでも少し下がったんですよ」
「それは良かったです。薬は飲みました?冷えピタはまだ変えなくて大丈夫です?何か飲みますか?」

朝と同じように矢継ぎ早に言葉を浴びせる鬼灯に、名前は一瞬目を丸くした。しかし心配してくれているのだということが痛いほど伝わってきて、少しだけくすぐったい気持ちになる。

「…ふふ、ありがとうございます」
「答えになっていませんが」
「鬼灯様はやっぱりお優しい方ですね」
「…金魚草エキスでも飲みますか、体に良いですよ」

突然目の前に突きつけられた不気味な色の液体に、名前は必死に首を横に振った。純粋にただそう思っただけなのに鬼灯はあまり嬉しそうではなく、名前は眉を潜めたのだが、すぐに金魚草エキスの条は彼なりの照れ隠しなのだという考えに至った。だがまたそれを馬鹿正直に言葉にすると酷い目に遭うのは明白であり、その上まだそれに付き合える程の体力は回復していない為、ここは利口になろうと「すみません」とだけ零しておく。

「しっかり休んで早く良くなってください」
「そうですよね…これ以上ご迷惑をお掛けする訳にはいきませんし…」
「そうでは無いのですが…まあいいです」

赤くなって熱を発する頬に軽く唇を落とし、彼女の身の回りをある程度整えてから鬼灯は仕事場へと戻って行った。

名前に一つの課題を残して。





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