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Kir



※「If you are pleased above all」と同一夢主




秋口といってもまだ少し暑さの残る、ある晴れた日曜日の事だ。そろそろ朝の九時に差し掛かろうかという頃に、鏡夜と名前の眠る部屋の中を扉からそっと覗く者がいた。双子の弟の方、常陸院馨である。馨は若干緊張しているような面持ちで、後ろで見守る他の仲間達に一つ頷いて合図を送ると、人が通れるくらいの隙間を作るために更に扉を開いた。一番憂惧している鏡夜はちょっとやそっとの物音では起きないだろうと確信はしているのだが、念には念を、という事で極力音がたたないように馨は細心の注意を払う。

「…誰」
「!」

しかしそんな努力も虚しく、アッサリ気づかれてしまった。唯一の救いはそれが鏡夜ではないというところだろうか。馨は慌てて扉を閉めて、眠そうに目を擦っている名前に笑みを浮かべた。

「おはよ」
「…おはよう、馨。どうしたのこんなに早く」
「うん、ちょっとね。それよりさ、ちゃんと服着てる?」
「…はい?」
「一応ね、ほら確認してから近付こうかと思って」
「何よそれ。大丈夫よ、着てるわ」
「んじゃ、遠慮なく」

そう言うと言葉通り遠慮なくベッドの上に転がった馨。大人が三人寝転んでも充分な広さのあるベッドなので別に問題はないのだが、先程までの気遣いはどこへ行ったのかと呆れてしまうほどの態度の変わり様である。
名前はいつも通りの大胆な行動に苦笑しながら上半身を起こした。その途端、少しだけ目を丸くした馨が視界に入り、小首を傾げた。

「…馨?」
「…あのね、それ多分着てるってうちに入らないんじゃないかな」

それ、と言いながら馨が視線を向けているのは名前の着ている寝巻であった。 本日名前が着用しているものは白を基調とした所謂ネグリジェで、胸元にはリボンが付いているのだが肌が透けて見えるのではないかと一瞬心配してしまうほど薄い生地がふんだんに使用されている。袖もなくキャミソールタイプのもので、全体的に名前にしては肌の露出が多い事も馨を驚かせた。

「そう?」
「そうだよー。まぁいいけどね、僕は気にしないし。でもさ、僕でも一瞬ベビードールなのかネグリジェなのか迷っちゃうくらいだったからちょっと意外だったなー。てかそれって鏡夜先輩の趣味なの?」
「違うわ」
「じゃあ名前が自分で?」
「……」
「あれ、何かまずいこと言った?」
「…美由紀がね…私にフリフリばっかり着せたがるの。そりゃあね、私だってそういうタイプも可愛いとは思うけど似合うかと言ったらそれはまた別の話」
「美由紀さんの趣味なワケね…ビシッと断れば?」
「だって一生懸命選んでくれたものを無下には出来ないもの」
「こっそり自分で買っちゃうとか」
「そこまでするのは面倒だわ」

肩を竦めながら「結局は眠るのに支障がないなら何でも良いのだ」と付け加えた名前に対して、馨は何て彼女らしい答えだろうと妙に納得してしまった。

「ふーん…名前らしいね。ただ鏡夜先輩はどんな気持ちで一緒に寝てるのか…いや、いいや。聞いたら何か怒られそう」
「起こそうか?」
「やめてよ恐ろしい!」

サッと顔を青くした馨は渾身の力を振り絞って名前の提案を拒んだ。こんなに近くで話し込んでいるにも関わらず、全く起きる気配がなく深い眠りについている鏡夜を無理矢理起こしてまで聞くような事ではないし、今日は名前が居るとはいえ魔王様がいつ降臨なされるかはわからないので危ない橋は渡らないに限るのだ。

「てかさー、美由紀さんも意外だったなー。名前に強制とかはしない人だと思ってた。そんなラブリーかつセクシー系なの着せるなんて」
「元々フリフリヒラヒラ系が好きだったらしいんだけど、私が好まないのは知ってるから私服に関しては何にも言ってこないわ。だからなのかしら、寝衣だけは外せないって熱く語ってた。おかげで私は毎晩フリフリヒラヒラ生活よ」
「あはは、成る程。他のやつ着てる名前も見てみたいなー」
「ふふ、じゃあ次は私の寝室に潜り込まないとね」

小さく肩を揺らし、笑みを浮かべた名前は徐に腕を前に出したかと思えばゆっくりと伸びをした。起き上がるつもりなのかと下からそれを眺めていた馨であったが、その考えは大きく外れてしまった。うつ伏せになっていた馨に合わせるように、名前も布団の中に入り直してうつ伏せになったのだ。

「また寝るの?」
「寝ないわよ。違う体勢取りたくなっただけ」

熟睡している男の隣で男女がコソコソと会話をする絵面は、傍から見れば随分と奇妙なものだろう。しかし当の本人達はそんな事などお構い無しに其々の形でうつ伏せになっている。

「…というか馨、本当に何しに来たの?光は?一緒じゃないの?」
「一緒だよ。というかホスト部みんな来てるよ」
「えっ」

大した事ではないとでも言いたげな顔でそう答えた馨に対し、名前はさすがに目を丸くした。聞き間違いでなければ、ホスト部全員が今この家の中にいる、という事になるのだ。

「ど、どこにいるの?」
「んー、最初は客間で待ってたんだけどこのままじゃいつ起きるかわかんないねって話になってみんなで鏡夜先輩の部屋まで来ちゃった。んで、僕が代表で寝室まで来たってわけ。またぞろぞろと入って来ても鏡夜先輩の逆鱗に触れるだけだしね」
「という事は扉を一つ挟んだ先にみんながいるってことよね…それにしては静かだけど…」
「騒がないように念を押して来たからね。僕の合図があるまでは大人しく待っておく事!って特に殿には言い聞かせて来た。だって殿が言い出しっぺだからさ、一番張り切ってていつも以上に煩いんだもん」
「環先輩が?」
「うん。なんかね、バーゲンに行きたいんだって」
「バーゲン?」

あまり聞きなれない言葉が突然飛び出し、名前は首を傾げた。勿論名前は聞いた事があるし、どんなものかくらいは大体知っている。だがしかしいくら環が庶民文化マニアとは言え、まさかバーゲンに行きたいとまで言いだすとは思いも寄らなかった。馨曰く、秋のバーゲンセールは秋物の服の中に売れ残った夏服や冬服なども紛れ込んでおり、掘り出し物が多いためにとても盛んなのだと環が嬉々として語っていたそうだ。その口ぶりからして、環はバーゲンセールをお祭りの一種か何かと勘違いしている可能性も大いにあるので、浮かれている姿が容易に想像できてしまった。

「ハルヒもいるの?」
「いるよ。ハルヒに案内してもらおうって言って無理矢理殿が連れて来た」
「じゃああんまり待たせるわけにもいかないわね…でもどうしよう、鏡夜さん最低でも後一時間は起きないと思うわよ…?」

先程とまったく様子の変わっていない鏡夜を横目に、名前は自分の携帯で時間を確認した。自分が起きてからどうやら四十分程度話し込んでいたようで、今ちょうど九時半を指していた。

「いいんじゃない?ハニー先輩達はどうなのか知らないけど僕と光は今回はハルヒサイドだしねー」
「あら、珍しくそんなに乗り気じゃないってこと?」
「まぁねーだって今日はハルヒがメイちゃんの着せ替え人形になるって聞いてたから見にいこうって光と計画してたんだもん。メイちゃん来月のイベントの為に色々作ってるらしくてさー」
「確かに私もバーゲンよりはそっちが気になるわ…あれ、という事はメイちゃんは?」
「いるよ。殿が一緒に連れて来た」
「なるほど…」

その時の情景が目に浮かぶようで、名前は思わず苦笑する。
その時だ。隣で寝ていた男がアクションを起こした。

「…名前…誰と喋ってるんだ…?」

掠れた声でそう零した鏡夜は、薄目を開けて馨達の横たわっている方を向いた。名前の陰で見えていないのか、はたまた寝惚け眼のせいなのか未だに馨の存在は認識出来ていないようだ。

「鏡夜さん、おはようございます。丁度良かった、起こそうかどうしようか迷っていたんですよ」
「…?」

今にも再び夢の世界へ旅立ってしまいそうな鏡夜を現実世界へ引き戻す為、名前は頬にそっと手を当てた。そのおかげか鏡夜の瞼が少しだけ持ち上がる。

「鏡夜さん」
「…今何時だ」
「九時半だよ、鏡夜先輩」
「!?」

突然聞こえた名前以外の声に、鏡夜は一気に覚醒した。起き上がるまではいかなかったが、目はパッチリと開いている。

「馨か…?」
「ちなみに他のメンバーもいまーす」
「…は?どこに…?」
「鏡夜さんのお部屋にいるそうですよ」
「そ、僕が代表で起こしに来たの」

そう言って事のあらましを説明した馨は、鏡夜達はどうするのかと尋ねてきた。名前はどちらかと言えば一緒に出かけたいという気持ちはあったが、ここは鏡夜の答えを聞いてから返事をしようとあえて口を噤んだ。すると鏡夜はそんな彼女の気持ちを汲んだ上でなのか、溜め息をついたかと思えば徐に体を起こした。これは自分も同行するという合図であるのだろう。

「…珍しいね、鏡夜先輩が一緒に行くなんて」
「そう思うなら何で起こしに来た」
「えーだって名前もいるし、一応声はかけておかないとさ」
「まぁ、今日は別に用事もなかったし、名前も出かけたそうにしているようだからな」
「鏡夜さんだって満更でもないくせに」
「ふん、どうだかな。ほら馨、着替えるから出るぞ」
「はーい…って、鏡夜先輩?何してんの?下で着替えないの?」

鏡夜の一声で布団から抜け出した馨であったが、寝衣の上着のボタンを外し始めた鏡夜を不思議に思い、ふと扉の方に向いていた足を止めた。私服は下の部屋にある事を知っている馨にとって、謎の行動だったのである。しかし次に鏡夜が取った行動を見、その謎はすぐに解けてしまった。
鏡夜の脱いだ上着は、名前の肩にそっとかけられたからだ。

「…なるほどねー」

何も言わず、上着をかけてすぐに部屋を出て行った鏡夜の後ろ姿を見ながら思わず呟いた馨。名前もクスクスと笑いながら布団から出てその後を追った。

「今日は鏡夜さん以外に人が沢山いるものね。こんな格好で出たりしたらはしたないから貸してくれたのよ」
「えっ、それはちょっと違うと思うけどな…」

その上着は鏡夜先輩なりの独占欲ってことなんじゃないか、と馨は考えていたのだがどうやら名前には少し分かり難かったようだ。名前と共に寝室を出て階段を降りながら馨は思わずそれを伝えるべきかと悩んだが、あえて口を閉ざす事を選んだ。

「おはよー名前!」
「おはよう光、おはようございますハニー先輩、モリ先輩」
「おっはよー!」
「…おはよう」
「環先輩も一応おはようございます」
「一応って何だよ名前!」
「ハルヒとメイちゃんを困らせた罰です」
「うっ…」

階段を降りきるなりわらわらと名前の周りに集まる仲間達。少し遅れてハルヒとメイもやってきた。心なしかメイは目を輝かせて興奮気味のような気がする。

「自分は気にしてないから大丈夫だよ、名前。メイちゃんもまた別の日にするから大丈夫って言ってたし」
「ハルヒ」
「というかさっき鏡夜先輩が上半身裸で降りてきたから何事かと思ったら…そういう事ね」

名前の姿を目にしたハルヒは先程の馨と同じような表情で納得してみせた。

「ふふ、ごめんね。すぐ着替えてくるから」
「うん」

踵を返してつい先程鏡夜が入って行った部屋へと消えて行った名前をハルヒはにこやかに見送った。いつもはクールな表情が多いハルヒだが、名前に対しては頬が緩む頻度が比較的高い。これはやはり女の子同士であるという事が大きいのか、名前の人となりがそうさせるのか。あるいはその両方の理由からなのかもしれない。

「…って、メイちゃんどうしたの?一言も喋ってないじゃない」
「いやぁ…どうしてこう顔の良い人ばっかり集まってんのかと思ってね」
「確かに名前はすごく綺麗だよね」
「アンタも勿論すっごく可愛いんだけどさ…ぶっちゃけて良い?」
「うん」
「あたし…名前さんめっちゃ好みなのよね…」

目を輝かせたままガッツポーズをするメイに対して、ハルヒは「ふぅん」とただ一言洩らした。

「反応うっすいな」
「いやまぁそうだろうなーとは思ってたからね。メイちゃん分かりやすいし」
「嘘!?」
「ホント。あ、そうだ。名前ってね、たまにだけどホスト部で男装してお客さんのお相手する事があるんだけ…」
「マジで!?ちょっ、写真ないの!?」
「メイちゃん、落ち着いて落ち着いて」

思った以上の食い付きに、ハルヒは押され気味になりながらなんとかメイを宥めた。

「名前がいいって言うなら写真くらいは撮って来れると思うよ」
「是非是非!お願いします、ハルヒ!」
「自分で頼んでみればいいじゃない」
「あたしが言うよりハルヒからのお願いの方が聞いてくれそうじゃん!」
「そうかなぁ…まぁいいよ」

ハルヒの返事を聞き、今にも涙を流さんばかりの勢いでメイはハルヒに抱き着いた。
メイは名前と初めて会った時、持ち前のコミュニケーション能力でグイグイ話しかけようとしたのだが、男なら完全に落ちていたと言っても過言ではない程に名前のその容姿に驚き、らしくもなく言葉を失ってしまった。とは言っても名前が凄くボーイッシュな見た目というわけではない。女の子を自分の作った洋服等で可愛くする事が大好きなメイにとって、そういう面でも同時に心を射抜かれてしまったのである。当面の目標は、ハルヒと同様に自分の作った服を名前に着てもらう事なのだが、中々実現が難しいところではあった。おそらく名前にお願いすれば二つ返事で了解してもらえるだろうが、柄にもなく緊張していつもお願いするタイミングを逃してしまうのだ。


一方で、鏡夜の後を追った名前はハルヒとメイの間で自分の事が話題になっているとは微塵も思わずに、何に着替えるか検討中であった。とは言ってもここは自分の家ではないので悩むほどの量は置いてないのだが、それでも泊まりに来るたびにちょこちょこ置かせてもらっているものや、買ってもらったものなどを含めると20着は軽く超えてしまっている。少し荷物を減らさないと迷惑だろうと思い、以前そのように鏡夜に告げたところ、邪魔ではないし急な事にも対応できるだろうからそのまま置いておけと言われてしまったので結局お言葉に甘えている状況であった。

「んー…本来ならもう厚手の服でもいいんだけどまだ昼間は暑いし…」

早く決めないと鏡夜を待たせてしまう、と名前は考えを巡らせながらチラリと視線を送った。しかしそこには意外にもまだ着替え途中の鏡夜の背中が見える。

「…鏡夜さん?」
「……あと二時間は寝たい」

深いため息とともに零された言葉は切に訴えかけるものであった。確かに昨晩はいつものように少しばかり夜更かしをしていたので、体はまだ眠っている状態なのかもしれない。

「今からでもお断りしますか?」
「…いや、ここまでされておいてただ帰すのもな…あいつらには迷惑料として何かしてもらわないと。特に環」
「まぁ、怖い怖い」
「俺にしては穏便に済ませようとしているとは思うが?」
「…ふふ、そうですね」
「とは言ってもさすがにまだ体が怠いな…何か少し腹に入れて動けばすぐに元の調子に戻せるとは思うが…」

そう言ってクローゼットの中から黒の上着を取り出して袖を通している鏡夜を見、名前はふとあることを思いついてほんの少しだけ口角を上げた。

「おはようのちゅーでもして差し上げましょうか?」

勿論、冗談である。おそらく鏡夜もちゃんとそう受け取っただろう。
だからこそ己の発した言葉を深く考える事もなく、名前も着替える為に鏡夜から借りていた寝衣の上着を肩から外して、近くの椅子にかけた。その時、急に背中に温もりを感じて名前は動きを止めた。

「…鏡夜さん?」
「お言葉に甘えようかと思ってね」
「やだ、冗談ですよ」
「知ってるよ。だけど自分の言葉に責任は持ってもらわないとな」

後ろから強く抱き締められ、耳元に息がかかるほど近くに鏡夜が来ているという事に名前はそこで気が付いた。だが名前が何か言い返す前に、あっという間に唇が塞がれてしまったのだ。

「…っ」

朝の挨拶でするようなレベルではない、深い口付けから始まった。唇を開けるよう促され、思わずそれに従ってしまう。薄着であるが故に鏡夜の手が直に肌に触れて、なんだか妙な気分になってしまいそうになり、なんとか意識を保とうと必死に鏡夜に応えた。

「…っは、きょや、さ…」

苦し紛れに名を呼ぶと、漸く解放された。最後に軽く唇を合わせた後、ゆっくりと鏡夜が離れていく。

「おかげでしっかり目が覚めた」
「そう…ですか…」
「どうかしたか?」
「いえ…機嫌も良くなられたなら良かったです」

恥ずかしさ半分、嬉しさ半分で何とも言えない表情を向ける名前に対し、至極楽しそうに彼女の髪を弄る鏡夜。

「さて、俺は先に出るから着替えてその顔をどうにかしてから出てこい」
「どうにかって…そんなに変な顔してますか?」
「変ではないが、あまりあいつらには見せたくないな」

一度だけポン、と軽く名前の頭に手を置いてから鏡夜は早速部屋を出て行った。
名前が部屋を出れたのは、それから十分後の事である。





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