20万打 | ナノ
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遠距離なんてよく考えたら面倒な事が多いし関係を続けていくのは難しいだろうと、そう思いながら付き合い始めて驚く事にそろそろ一年になる。群馬県と埼玉県、いくら隣同士とはいえ頻繁に会えるような距離では無いし、受験生である名前には遊んでいる暇は殆どなかった。しかしそんな状況下でもここまで俺達が続いたのは、受験勉強という名目で名前の方からちょくちょく会いに来てくれたという事が大きいだろう。幸い、家族はこちらにいるから泊まる場所の心配もない。大体の流れとしては土曜日に来て日曜の夜に帰って行く感じだ。とは言っても俺も部活があるしそう長い時間は一緒にいられないのだが、今はシーズンオフな事もあり、休みが重なる時が増えてきたので有難かったりもする。名前も来年から西浦に通う事を家族も了承してくれたようで、後は勉強に専念するだけだった。

「…絶対受かってもらわねぇとな」
「……どうかしたんですか?」
「ん、いや…頑張ってくれよと思って」

俺がポツリと零した言葉に、名前は握っていたシャーペンをノートの上に置き、俺に目を向けて首を傾げた。そこで今自分が何をしていたか思い出し、俺は姿勢を正し名前のノートを覗き込んだ。

「どうだ?」
「今の所大丈夫です」
「わかんねーとこあったらすぐ聞けよ」
「はい」

ふわりと笑ってそう返事をした名前は腕を上げて伸びをすると、再びシャーペンを握り勉強を再開した。






名前と始めて出会ったのは、俺がまだ中三になりたての頃だった。受験校の下見に来ていた俺は、グラウンドも見ておこうと地図を片手に足を伸ばし、中には入らず外から眺めていた。暫くして、視線をあちこちに向けながら辺りをフラフラしている若干挙動不審な女子生徒が視界の端に映り、俺は思わず声をかけてしまった。

「…あの」
「はっ、はい!」

見た事がない制服だったので、別の県の中学生だろうという事は想像がついた。控え目に声をかけたつもりだったが思った以上に体をビクつかせた目の前の女子生徒に、俺は狼狽しつつも言葉を続けた。

「…どうか、したんすか?」
「え、えっと…」
「迷ったとか…?」
「いえ、あの、そうじゃなくて!グラウンド見に来たんですけどなんだか場違いな気がしてビクビクしてただけなんです…すみません」
「グラウンド?」
「はい、兄が今年ここを受験するので一緒に学校の下見に来たのですが、グラウンドだけはどうしても行きたくないと駄々こねるものですから…私だけ見に来たんです」
「え、あんたが受験するんじゃないのか?」
「私はまだ二年なので…来年一応受験するつもりではあります」
「ふぅん…」

自分の通う学校で、しかも自分が使用するグラウンドだろうに何故行きたがらないのか。よくわからない兄貴を持って大変だな、なんて目の前の女に同情しながら俺たちは暫くグラウンド周辺を散策した。

「兄貴って、何やってんの?」
「野球です」
「ポジションは?」
「投手です。でも…今のチームで色々あったみたいで、高校では野球やらないって言ってるんです」
「ああ、だからグラウンド行きたくねぇって…」
「でも、あんなに投げる事が大好きな兄が、簡単に野球を辞めるとは思えなくて」
「…名前は?」
「名前?あっ、三橋です」
「そっか。多分バッテリー組む事になるだろうから覚えておかねぇとな」
「えっと…?」

不思議そうに首を傾げて俺を見る姿を見、俺は自分の事を何も話していなかった事に気が付いた。ついさっきまで赤の他人だったのに、何故かこの短時間で不思議な事に気を許しそうになっている自分がいて、俺の事を話すのに何の抵抗もなかった。兄貴が投手、という事を知ったからなのかもしれないが、こいつの放つオーラが何故だかとても居心地よく感じたからというのもあるだろう。

「…俺も、今年から硬式になるここの野球部に入るためにグラウンドの下見に来たんだよ」
「あ、そうだったんですね。ということは兄と同い年…?」
「ああ、中三」
「凄く大人っぽいからもう高校生なのかと思ってました…。中学の部活で野球されてるんですか?」
「いや、俺はシニア。戸田北っていう…」
「えっ…もっ、もしかして…阿部隆也さんですか!?」

シニア名を出した途端キラキラした目で急に俺の名前を当ててきた。何がそんなに嬉しいのか知らないが、そんな事よりも俺の名前を知っていた事の方に驚き、俺は目を瞬いた。

「え…何で知ってんの」
「あ、すみません急に…兄とバッテリーにとおっしゃっていたので戸田北の捕手なら阿部さんかなと思いまして…」
「…中学同じ地区なのか?」
「私ですか?いえ、中学は群馬の三星学園です」
「やっぱり県外だよな…それなのによく知ってんなァ」
「戸田北、関東でベスト16だったじゃないですか」
「そうだけど…それだけで?」
「ふふ、すみません。私の趣味というか…顔とかは勿論知りませんが強いチームのバッテリーの名前くらいだったら頭に入ってますよ」
「…野球、好きなんだな」
「はい、大好きです。だから兄にも続けてもらおうと毎日説得してるんですよ」

そう言って幸せそうに笑うのを見て、俺も自然と表情が緩んでいくのがわかった。

「大丈夫だって。さっき言ったろ?バッテリー組むことになるだろうからって」
「はい」
「そう簡単に辞めるような奴なら中学でも三年間やってねーって。俺はそう思うけどな」
「そう…ですよね…ふふ、そうですよね」

俺の言葉にゆっくりと頷き、再び笑顔を見せた。俺はその時、柄にもなく少しだけドキリとしたのを覚えている。
俺達はその後も、暫くグラウンドや他の部活生を眺めながらポツポツと会話を続けた。野球部が使える場所は、今現在廃部になっている事もあり随分荒れた状態で、それが気掛かりだった俺は受験が終わり次第グラウンドの整備に来ようかなと小さく呟いた。独り言のつもりだったのだが、隣から再びキラキラした視線を感じ、俺は驚いた。

「…もしかして、来たいのか?」
「えっ、いいんですか!?」
「いいも何も…群馬だろ?大変じゃねぇか?」
「春休み中ですから、平気です。両親はこっちに住んでますし、あの…お邪魔じゃなければ…」
「邪魔な事はねーけど…あんた、変わってんな」
「あんたじゃないです、名前です。三橋名前」
「気になるとこそこかよ」

クツクツと笑うと、名前と名乗ったその女は訝しげに俺を見上げてきた。ホント、変わった奴だ。

「まぁ、手伝いに来るのは俺は構わねぇが…後は監督とか顧問の先生の許可が下りるかだな。まだ少し先の話だし、どうなってるかわかんねぇからなんとも言えねぇけど」
「そうですよね…」
「西浦、来るんだろ?」
「はい。受かるかどうかは別として、受験はするつもりです。そして、出来れば野球部のマネージャーやりたいんです」
「なら大丈夫だろ。野球部のマネージャー希望なんです、とか言えばなんとかなりそうじゃねぇか?」
「そうですね、その時は頑張ってアタックしてみます」

そう言いながら携帯をチラリと確認する名前。時間を気にしたのか一緒に来たという兄貴から連絡が入ったのか。何れにしても長居をし過ぎたなと、どちらからともなく歩き出した。ゆっくりと、だが確実に一歩ずつグラウンドから離れていくのを実感しながら、俺は何故か少しだけ寂しさのようなものを感じていた。ここを離れたら名前と話す機会が無くなってしまうからなんだろうか。そんな考えがよぎるが、今日初めて会ったばかりなんだからそれが当たり前だろうと自嘲する。

「あの、さ。一応連絡先聞いといていいか?整備来る日とか、連絡した方がいいだろ?」
「あ、そうですね。電話番号でいいですか?」
「ああ。後から俺のメアドも送るわ」
「ありがとうございます」
「じゃ、またな」
「はい。今日は本当にありがとうございました。初対面なのに、こんなによくしていただいて…」
「気にすんな。今後関わりが出てくるだろうし、貴重なマネージャー候補だからな」
「ふふ、ありがとうございます。それでは、失礼します」

手帳のようなものの切れ端に書かれた番号を受け取り、俺はそれをポケットにしまい込みながら立ち去る名前を見えなくなるまで見送った。
その後も、なんだかんだで連絡を取り合う事が続いた。初めは名前の方からだったが、次第に俺の方からもメールを送るようになった。付き合い始めたのは俺の受験が終わって数日経ってからだ。一先ず落ち着いた俺とは違い、名前の方はこれから忙しくなるのは十分理解していたが、あと一年待つのはどうにも耐えられなくて断られる事覚悟で想いを伝えてしまった。だからそれをあっさり受け入れられた時は、耳を疑ったのを覚えている。



「名前」
「何ですか?」
「ありがとな、あの時断らないでくれて」
「あの時…?」
「付き合い始めた日」
「…なんだ。隆也さん、ずっと黙ってるからどうしたんだろうって思ってたんですけど…そんな昔の事思い出されてたんですか」
「昔っつーほど前じゃねぇだろ。去年の話だ」
「お礼を言われるほどのことじゃないです。私だって嬉しかったんですから」

はにかみながら俺を見る名前に、俺は咄嗟に抱き締めそうになったがここが勉強を手伝う為に入ったファーストフード店だった事を思い出し、なんとか抑えた。あと少し、あと少し我慢すれば今よりも随分と自由に二人の時間を過ごせるようになる。今は受験の事だけに集中出来るようにしなければ、と俺は自分自身に言い聞かせた。

「…一緒の高校行けんの、楽しみだな」
「受かるでしょうか…」
「今の調子なら全く問題ねぇだろ。ほんっと、お前母親に似て良かったな。俺一学期の期末から毎回三橋に赤点取らせねぇように勉強教えてっけど、スムーズにいったことねぇもん」
「す、すみません…」
「教えると俺も勉強し直せるしいいけどな。でもお前は元がそんなに悪くねぇから楽だし、つーか兄妹でこんなに違うもんなのか?俺、初めて三橋と会った時本当に血繋がってんのかって疑ったぞ」
「兄はどちらかと言えば父似ですからね。私は母親に結構似ちゃいましたし。それに、兄は元々の性格に加えて中学での事もありますし…」
「それはわかってるけどさ」
「ふふ、旬君だって隆也さんと結構違いますよ?」
「あー…そういやそうだな」

弟の姿を思い浮かべ、俺は微妙な顔をした。確かに、顔は似てると言われるが性格は正反対に近い。

「でも、私も兄も二人並んだらやっぱり兄妹ねってよく言われます。自分ではわかりませんが中身もどことなく近い部分があるみたいですし…」
「うーん…」

言われてみると、ふとした時に似ているなと感じたことはあったような気がする。だけど、三橋と名前の似ている部分を敢えて探さない俺はそんなに心当たりがある訳ではなかった。だって、一緒にいる時に三橋の顔がチラつくのはあんまりいいモンではないからな。

「ま、とにかく。兄妹仲良く通えるようになる為にも、俺と会える時間を増やす為にも、最後まで気ィ抜かずに頑張れよ」
「はい!」
「今別にこそこそ付き合ってるってわけじゃねーけど、皆の前でお前紹介出来んの俺結構楽しみだったりするからさ」
「すみません…」
「謝る事じゃねーって。焦らなくていい、あと少しくらい俺は待てるから」
「ありがとうございます。絶対合格して、一番に報告しますね」
「ああ」

これからは、マネージャーとはいえ名前が野球に携わる姿を見られると共に、同じグラウンドで同じ時間を過ごす事が出来る。そんな未来を早々に想像し、頬が勝手に緩むのを感じた。焦るなと格好つけてはみたものの、待ちきれないのが実際の心境だ。だがこれを口にしてしまったら名前の負担になるのも重々承知している。野球以外でこんなにのめり込むものが出来るとは思っていなかったが、だからこそ今ここで名前と過ごす時間も一分一秒惜しまず大切にしたいと思う。



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