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▼ たまにはこんな日も

お決まり、というわけではないが習慣となりつつあるのかもしれない。
段々と肌寒さを感じるようになってきたある日の朝、いつも通りに準備をして私は家を出ようとしていた。昨晩は特に隆也とも連絡を取っていないので、一緒に行く約束ではなかったのだが、今日は朝練も無いし自分自身も特に用事がなかったので、私は自然と隆也に連絡を入れていた。しかし、電話に出る気配はなく、取り敢えず行ってみるかと私は隆也の家を目指した。

「おはよう、名前ちゃん」
「おはようございます。あの…隆也、もう出ちゃいました?」
「えっ、やだあの子連絡いれてないの!?」

迎えてくれた隆也のお母さんは、私の言葉を聞いた途端急に慌てだした。どういう意味なのかわからなかったが、言葉のニュアンスからどうやら隆也は先に行ってしまったのだろうという考えに至り、私は踵を返しかけた。

「あっ、ちょっと待って違うの…!」
「…?」
「あのね、タカ、風邪引いちゃったみたいだから今日は休ませようと思って」

歩き出そうとした私を呼び止め、隆也母は事情を話し始めた。なんでも39度近いらしく、これから病院に行くところなのだそうだ。それならば仕方が無い。私は監督や他のみんなにも伝えておきますと告げ、今度こそその場を離れようとした。しかしまた、呼び止められる事となったのである。

「名前!」
「…隆也」

振り返ると、壁に寄りかかりながら靴を履こうとしている隆也の姿が見えた。それだけでも驚くべき事だが、加えて制服まで着込んでいるようで、私は面食らってしまった。

「ちょ、何やってるの!?」
「そうよ、寝てなさいって言ったでしょタカ!」
「俺も…行く」
「まさか学校にとか言わないよね」
「学校に決まってんだろ…」

そんな辛そうな顔で何を言っているのだろうかとヒヤヒヤしたが、彼は三橋君との約束を気にしているのだと気付いた。しかし、いやだからこそ今日は休ませなければならない。

「隆也、ダメだよ」
「大丈夫だって」
「ダメ。今日行ったら風邪が長引くか最悪悪化するよ。そしたら約束どころじゃなくなるでしょ」

私なんかに言われなくても本人も心の底ではそう思っている筈だ。そこまで言うと、隆也は渋々靴を脱ぎ、鞄を玄関に置いた。そして壁に寄りかかったままジトッと私を見つめてくるので、私は苦笑しながら「行ってきます」と告げて手を振った。






その日の帰り、私は隆也に渡すプリントや言伝を頼まれたので帰路の途中で隆也の家へ再び寄った。朝とは違い、玄関から顔を出したのは旬君で、旬君は嬉しそうに私を家の中へ招き入れてくれた。手を引かれるままリビングへ足を踏み入れると食事中のおじさんと目が合って、これまた嬉しそうに私を迎えてくれた。

「おう、名前ちゃん久しぶり。今日は隆也の見舞いか?」
「お久しぶりです。はい、そうなんですが…部屋に上がっても大丈夫ですか?」
「熱も随分下がって暇してるみたいだから行ってあげて。あの子もその方が喜ぶと思うわ」

台所から現れたおばさんがおじさんの代わりにそう答えた。旬君もニヤニヤしながら隣で頷いている。

「ふふ、すみません。少し話したら渡すもの渡してすぐ帰りますので」
「いつも悪いなぁ、あいつの世話させちまって」
「世話なんてそんな!大したことしてないですよ、ただ一緒に居させてもらってるだけです」
「そんな事言って…もー、優しいし可愛いし気は使えるし控えめで…ほんっと隆也には勿体無いよ!なぁ、おかーさん」
「お父さん、名前ちゃんに絡まないの!ほら名前は気にしなくていいから部屋に行っちゃって!」

お父さんの相手は私がするから、という言葉に甘えて、名前は目的を果たすべく階段を上って部屋のドアを叩いた。寝ているかとも思ったが、話の通り朝よりは楽になって暇を持て余していたようで、すぐに返事が返ってきた。私は念のためマスクを装着して、部屋へと入る。

「…お、名前」
「どう?」
「熱は下がった。今は38度ちょい下」
「ご飯は食べた?」
「当たり前だろ、食わねーと治るもんも治らねーだろうが」

まだベッドに横になっているままではあったが、想像以上に楽になっているようで安心した。隆也は弄っていた携帯を枕元に置き、私に期待の籠った視線を寄越してきた。何を聞きたいのかは、それだけで充分伝わる。私は椅子を近くまで引っ張ってきて腰を下ろすと、まずは千代ちゃんが色々とまとめて説明書きまで加えてくれているプリントを手渡した。

「まずは、これね。ちゃんと目を通しておいてね。なんかクラスでアンケートを取ってるらしくて、明日持ってきてほしいって言われたプリントもあるから」
「わかった。サンキューな」
「…で、一番気になってるであろう三橋君の事だけど」
「おう」

冷えピタを貼っているというなんとも珍しい姿を目に、笑っては失礼だとなんとか堪えながら、今日の部活での事を話し始めた。
三橋君は初めは驚いたような、怯えたような表情を見せたが、横にいた田島君が「今日は俺が受けるよ」と言って向けた笑顔につられて三橋君も気持ちを固めたようだった。私に一言「お、お大事に…とあの、阿部君に…」と告げて、練習に戻っていった。練習のメニューややり方は監督がいつも以上に関与して進めたので問題はない。
と、そこまで話すと隆也は安堵のため息をついた。本当に三橋君の事が気掛かりだったようだ。

「今日、途中まで田島君と三橋君と帰ったんだけど、私が一緒にお見舞いに行く?って聞いたら凄く悩んでたよ、三橋君が。田島君はお腹空いたから今日は帰るーって言ってたけど」
「で、結局来なかったのか」
「うん、俺も今日は帰る、阿部君はゆっくり休んで欲しいって言ってた」
「そうか…すげー気ィ使わせちまったな」
「明日は行けそう?」
「行けそうじゃなくて、行く。絶対行く」

自分がもしこんな状況に陥ったら十中八九同じ事を言うだろうが、自分以外の人間が言うとこんなにも心配になるとは思わなかった。だけどそれを口に出すような事はしない。私はただ一言「…うん」と告げて心の中で無理はしないでねと付け加えた。

「…だけどなァ」
「どうかした?」

さてそろそろお暇しようかと荷物をまとめ始めたら、隆也が先程とは打って変わって弱々しく呟いた。

「熱はもう明日には下がりきるだろうから問題ねーし、他の症状も殆どねーんだけど…今頭いてーんだよ結構」

そう言っておでこをトントン、と叩いた隆也は密かに眉を顰めた。

「…ズキズキする?」
「ああ、脈に合わせて結構痛む。しっかり寝たら治るかな」
「待って」

冷えピタの上から手の甲でおでこを押さえ、目を瞑ろうとした隆也を呼び止めた。その声に反応した隆也は薄目を開けて私を見上げてきたので、私はすぐさまその場に膝をついた。

「頭痛がするって事は体が風邪を治そうってしてる証拠だよ。でも、そのままじゃしっかり眠れないから頭痛が長引く可能性があるかも」
「どういう事だ?」
「そうやって横になってても頭が痛いって事は眠りに入っても頭痛がそれを妨げちゃうって事だよ」
「あー…成る程…どうにかなんねぇのかな、コレ」
「完璧にどうこうする事は出来ないけど、柔らげるだけなら方法はあるよ。取り敢えずね、痛い所は冷やした方がいいから氷枕とか使うといいよ。帰る前におばさんに伝えておくね」
「サンキュ。他は?何かねーのか」
「後はもうほら…マッサージしたりツボを押したり」
「ツボ…?」

怪訝そうに眉を顰めるので、おそらく半信半疑なのだろう。私の場合は昔、父親に教わったというのもあるし、ここ最近では母親にもツボ押しやマッサージ等を行って実際に効果が出ているので、コレに関しては自信がある。そういう事なので安心して身を委ねなさい、と私は隆也に横向きになるよう促した。本来ならば起き上がってもらった方がいいのだが、熱もまだあるようだしこればっかりは仕方がない。

「横向き、キツくない?」
「ああ、平気。んで?ツボってのはどこにあんだ」

そう尋ねられ、私は首の後ろにそっと手をやった。

「ここ。後頭部と首の境に少しくぼんだ部分があるでしょ?ここをね、押してあげるといいの。風府って場所」
「ふうふ?」
「風府」

ギューっと痛すぎない程度の力加減で押してみると、隆也は気持ち良さそうに目を細めた。

「あと、風池って場所も頭痛に効くツボよ」

風府と耳の下端を結ぶ直線の真ん中付近に指を添えた。左右対称に位置する為、今度は両手を使って押す。ちなみに頭痛の他は肩や首のこり、眼精疲労にも効果があるので、私はよくお母さんやお姉ちゃんに「やって」と頼まれるのだ。

「どう?」
「何か…すげー…気持ちいい」
「それは良かった」
「マッサージはな、なんとなくどこやるかとかはわかるんだけど…ツボは知らなかった」
「大人は知ってる人多いかもしれないけどね」
「まぁ、確かに」
「マッサージは、ご想像通り肩とか首を解してあげればいいんだけど…体起こしてそれを維持するの大変だろうから今日は止めておいた方がいいね。あ、でも温めるだけでも随分違うからそれもおばさんに伝えてから帰るよ。首と肩、どっちも出来れば温めてみて」
「おう、わかった。何から何まであんがとな」
「お礼なんて言わないでよ。私が来たくて来たんだし、やりたくてやったんだから」

それじゃあね、と私は荷物を持って立ち上がった。椅子を元の場所に戻して扉へ向かおうとしたら後ろからスカートを軽く引っ張られて足を止めざるを得なくなった。

「どうしたの?」

振り返ると、体を少し起こした隆也と目が合った。

「…このまま泊まってけとか言いたい…すごく」

珍しく真剣な眼差しだが、口から出された言葉は思った以上に彼が弱っている事を裏付けるものであった。不謹慎かもしれないが、少し可愛いと思ってしまったのは内緒だ。

「…病気になると心細くなったりするって言うもんね」
「ち、違う!そうじゃなくて…あーもう、いいよ。移ったら元も子もねーからさっさと帰れ」

先の発言とは打って変わって恥ずかしそうにしっしっ、と私を追い払うような仕草をする隆也。私はそんな彼の肩に手を置き、顔を寄せた。そして一度だけ、触れるだけのキス。
唇を離して隆也と目を合わせると、思った通り驚いた表情で一瞬だけ固まっていた。しかしすぐに立て直すと、下から私に鋭い視線を向けてくる。

「…マスク越しかよ」

なんとも不服そうな声に、私は遂に笑ってしまった。

「それが嫌なら、早く良くなってよ」
「…上等だ」
「ふふ、お大事に」

布団に入り直す隆也を横目に、私は今度こそ踵を返して家路を急いだ。





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