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▼ 郷愁の奏

名前が初めて銀時達と出会ってから、数ヶ月が過ぎた。お互いに人見知りするタイプではなかったので、出会ってから然程時間はかからずに打ち解け、よく四人で連むようになっていた。この三人以外にも名前は他の塾生、特に女の子とも段々と話すようになっていたが、やはりウマが合うのか、なんだかんだ言って最初に出会った三人と共にいる事が多い。教室で座って学ぶ、所謂座学の時間は名前も家で勉強をする時間があったので殆ど顔を出さなかったが、それ以外の時間は名前も交えて過ごすのが日課となりつつあった。
例に漏れず本日も、お昼過ぎに名前は松下村塾へ顔を出した。元々刀は疎か竹刀すら握った事のなかった名前にとって、稽古はわくわくの止まらない時間で、痛みや苦しみなど感じる事はあってもそれ程気になるものでもなかった。

「こんにちは!」

竹刀のぶつかり合う音が聞こえる場所へ小走りで向かい、開け放たれている扉からひょっこりと顔を出した名前は、松陽を見つけた途端嬉しそうに笑った。

「おや、今日は少し遅かったですね」
「家でのお勉強がちょっとだけ長引いてしまったんです」
「それはそれはお疲れ様でした。少し休憩しますか?」
「大丈夫です。それより早くやりたいです」
「では防具を早く着けていらっしゃい。銀時達が先程からそわそわと貴女を待っているのですよ」

そう言って悪戯っぽく笑った松陽の台詞が聞こえていたのか、銀時が何やら抗議をしている。しかし名前はそんな事には気にも留めずに着替えをする為にあっという間にその場から立ち去ってしまった。

初めて竹刀を握った日からまだそれ程経っていないというのに、名前はメキメキと成長している。元々素質があったのかもしれないが、松陽の教えた事はすんなりと覚え、熟していった。幼いながらに少し年上の道場の子供達を凌ぐその実力は、銀時達だけでなく松陽も舌を巻く程である。

「と、いう事で。今日は名前とも勝負をしてみてください」
「と言う事でってどう言う事だよ」

着替え終えた名前がいつもの三人に合流したのを見計らって、松陽は何の前触れもなく指示を出した。案の定銀時から突っ込みが入ったが、無視して話は進められていく。

「そろそろあなた達ともやっても大丈夫かなーと思いましてね」
「ふぅん…ま、いいんじゃねぇの?誰からいく?」
「誰でもいいだろ」
「じゃ、高杉からな」
「何で俺からなんだよ!」
「誰でもいいっつったのお前だろ」

面倒くさそうに鼻をほじりながら銀時が勝手に高杉を指名した。名前としては三人と勝負をするのは初めての事になるので、順番などには全くこだわりはない。名前は竹刀を持つ高杉の前に立ち、嬉々として己の竹刀を構えた。

結果を言えば、今回の勝負は名前の勝利で幕を閉じた。松下村塾で無敵と謳われた銀時と互角にやり合う高杉が相手であった事もあり、その場で見守っていた殆どの者が初めは信じられないといったような顔をしていたが、次第に皆感嘆の声をあげていた。皆に囲まれながら嬉しそうにはにかむ名前。そんな彼女を見つめながら高杉は床に腰を下ろして息を整えていると、銀時と桂が側に立って見下ろしてきた。

「…高杉、手を抜いたな」
「さぁな」

桂がポツリと洩らした言葉に対し、高杉はフン、と鼻を鳴らす。その隣では銀時がニヤニヤと笑みを浮かべ、竹刀を肩に担いだ。

「年下の女の子には手を抜いて勝たせてやるってか。お優しいこったな、高杉君」
「…うるせぇよ」

揶揄い半分の銀時であったが、どこか呆れたような表情も見せている。しかしそれ以上に険しい顔で眉を寄せている桂が視界に入り、高杉の意識はそちらへ向いた。

「なんだよその顔」
「…別に。俺なら本気でやったかもしれんと考えていただけだ」
「はぁ?そんな事したらあいつが…」

危ねぇだろうが、と続く筈だった言葉はある人物の登場により、途切れてしまった。たった今対戦を終えた相手、名前が高杉の目の前に立ち尽くしているのである。高杉ら三人は一斉にやべ、と顔を青くしたが、思っていたよりは名前の表情は穏やかで、少々面食らってしまった。

「…晋助、本気じゃなかったの?」
「え、あー…いや…まぁ…」

はっきりしない高杉に、名前は表情は崩さず詰め寄った。しかし目は真剣そのもので、高杉はその時初めて心の底から悪い事をしてしまったのだと気付き、反省した。

「名前、」

本気で強くなりたいと、毎日一生懸命稽古をしている名前に対して失礼だったと、己の軽率な行動を悔やみ、咄嗟に謝らなければと下げかけた顔を上げた。しかしそれを成し遂げる事は出来なかった。

「気を使ったんでしょ?ごめんね」

どちらが年上かわからない程大人びた表情を向けられ、高杉は言葉が出てこなかった。謝らなければならないのはこちらなのに。高杉は名前から目を離さないように踏ん張ってなんとか声を絞り出した。

「…悪い。軽はずみな行動だった」
「ううん、ありがとう。でもね」

不意に言葉を区切った名前は、途端に表情を崩してその場に膝を着いた。

「次は、ちゃんと相手してよ?」

少しだけ眉を寄せて口を尖らせながら高杉を見つめる名前。先程とは違い随分と年相応な表情を見せられた事で高杉は一瞬目を丸くしたが、なんとなく笑いが込み上げてきて口元が不意に緩んだ。

「…あぁ、次こそはちゃんとやるよ」
「口元がにやけてる!ホントに反省してるの?」
「してるしてる」
「もー…」

高杉の適当過ぎる返しに名前はぷく、と頬を膨らませた。それを見て益々可笑しそうに顔を歪める高杉と、名前の横にしゃがみ込んで楽しそうにその膨らんだほっぺをつつく銀時。そしてそれらをすぐ近くで見守る桂と、少し離れた場所からいつもの笑みを浮かべて見つめる松陽を見、名前も段々と穏やかな顔に戻っていった。

「名前、次は俺とやろうぜ」
「やる!やりたい!」
「言っとくが、俺は高杉なんかと違って容赦しねーし、超強ェからな」
「うん!」

銀時からの申し出に、名前の表情は完全に晴れやかなものになった。早速二人は竹刀を手に、立ち上がってその場から少し離れる。その後を桂と松陽が続き、他の塾生もわらわらと名前達の周りへ集まっていった。しかし高杉だけがその場から動かず、それどころか腰も上げずに手元の竹刀を見つめている。

「行かんのか、高杉」

振り向き様に桂が問いかけた。何か考え事でもしていたのかすぐに反応が返ってこなかったが、稍あって高杉は顔を上げた。

「ああ、今行く」

何とも言えない表情を向けられた桂は小さく肩を竦めたが、その後高杉が立ち上がるのを待ってから歩みを再び進め始めた。

「…そんなに反省しているなら次で挽回するんだな」
「…違ェよ」
「ま、名前はそこまで気にしてはいないんじゃないか?」
「だから違うっつってんだろヅラ」
「ヅラじゃない桂だ。おお、白熱しているな、名前達」

群がる塾生達の間を抜け、見やすい位置を確保した桂は高杉の腕を引き隣に立たせ、称賛の声を洩らした。その声につられて高杉も銀時と名前に意識を向ける。
そこには、小さい体で必死に銀時へと向かっていく名前の姿があった。元々素質があったにせよ、今の歳でここまで動けるようになるには並々ならぬ努力があっただろう。

「一本…!」

思わず見入ってしまっていた高杉は、その場に響いた声と共に名前が床に尻餅をついた音を聞き、我に返った。高杉はその時咄嗟に体が動き、名前の元へと駆けつける。

「…名前」

見下ろしながら心配気な眼差しを送ると、不意に上を向いた名前と目が合った。

「負けちゃった」

その言葉には、何だか嬉しさのようなものが含まれていた。思わず目を見開く高杉。咄嗟に駆け寄ったくせに何と言葉をかけていいのかわからなくなり、らしくもなく口噤んでしまった。そんな様子を不思議そうに見上げていた名前だったが、ゆったりと側まで歩いて来た銀時から手を差し伸べられて、意識は一瞬でそちらへ移ってしまった。

「立てるか?名前」
「ありがと。銀時思ってたよりも強くてびっくりしちゃった」

銀時の手を借りて立ち上がった名前は至極楽しそうに笑った。まさかここまであっけらかんとしているとは思いもよらず、一瞬高杉と同じように驚きはしたが、すぐに銀時は自らの腰に手を当てて鼻高々に声を上げた。

「お前がこの銀時様に勝てる可能性は万に一つもねーよ!」
「後一年もしないうちにその鼻へし折ってあげるから」
「ふはは、無理無理」
「無理じゃないもん。銀時、明日も私と勝負してね!」
「おー、毎日でもいいぜ」
「約束よ。よし、じゃあ小太郎次やろ!」
「ちょっと待ちなさい、名前」

うきうきと桂の腕を引こうとした名前を呼び止めたのは、松陽であった。

「どうしたんですか?」
「少し、休憩にしましょう」
「私まだ平気です!」
「そう焦らなくても大丈夫ですよ。ホラ、折角名前が美味しいと絶賛していた団子が買ってきてあるんですから、お茶にしましょう?」
「よっしゃー!休憩しようぜ!」

団子、という言葉に反応した銀時が、いの一番に駆け出した。それを皮切りに他の子供達も次々と嬉しそうに松陽の周りへ集まり始める。名前だけは限られた時間の中でしか稽古が出来ないという事もあって最後まで粘っていたが、結局『団子』の誘惑には勝つことが出来なかった。



皆で縁側に腰を下ろし、其々団子やお茶を手に一息ついた。銀時や高杉達と並んで団子を頬張る名前の隣に座った松陽は、ニコニコしながら彼女の顔を覗き込んだ。

「どうです?」
「んーっ、やっぱり美味しいですねここのお団子」
「それは良かった。でも私は先日名前がお家から持って来てくれたお菓子も好きでしたけどねぇ。銀時も凄く気に入っていましたし」
「…そうなの?銀時」

反対側に座っている銀時へと振り返ると、もう既に二本も団子を食べ終えているのが視界に入り、名前は目を丸くした。そして更に銀時は三本目に手を伸ばそうとしていたようで、高杉がそれを何とか阻止しているようだ。

「あん?なんだって?」
「だから、私がこの間持って来たお菓子、気に入ってくれたの?」
「…あぁ、あれか。アレは確かにめちゃくちゃ美味かった」
「ほんとに…?」
「ああ。また持って来てくれよ」
「うん!」

美味しかったと言われたのが余程嬉しかったのか、名前は足をぶらぶらさせながら顔を綻ばせた。その様子を見て、松陽はそっと名前の頭に手を置いて優しく数回撫でた。

「いいこいいこ」
「…先生?」

急に何を言い出すんだと名前は頭上に疑問符を浮かべたが、松陽は気にすることなく暫く頭を撫で回し、自分の分の団子を一本差し出した。名前は咄嗟にそれを掴んでしまったが、どういう意図があって分け与えてくれたのか、益々わからないといった顔をしてしまった。隣からは「狡い」と抗議する声が聞こえてくる。

「…貰ってもいいんですか?」
「いいんです。この団子好きなんでしょう?私の事は気にせず、食べなさい」

ここまで言われてしまったら逆に貰わないと失礼ではないか。そう勝手に言い訳し、名前はお礼を述べてから嬉しそうに貰った団子を口に入れた。
そんな二人を見ながらコソコソし合う子供が三人。

「…ほんっと松陽の奴名前に甘いよな」
「お前と比べたら何倍も可愛いからだろう」
「いや…そういうんじゃねぇ気がすんだよなぁ…なんつーか特に可愛がってる気がする」
「…なんだお前、やきもちか?松陽先生にそんなに可愛がって欲しかったなら俺が言ってきてやろうか?」
「うるせぇし違ェっつーの。高杉、お前こそ愛しの名前ちゃん松陽に取られてやきもち焼いてんじゃねーの?」
「はぁ?何言ってんだこのクソ天パ」
「うるさいぞ二人とも!」

桂のお陰でなんとか鎮静化したが、どうやら今までの会話を松陽だけは聞こえていたようで「おやおや」と悪戯っ子のような笑みを三人に向けていた。







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