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珍しい時期に、転校生が来た。
やって来たのは名前達が属する七組だったのだが、なんとその転校生は日本のプロ野球チームの投手の姪っ子だという。そこそこ有名なチームと関わりがある、とそう自慢げに話す彼女は華奢でなんとも可愛らしい容姿で、これが俗に言う一般受けする容姿というやつなのだろう。そんな、まるで白うさぎのような転校生は案の定暫く噂になった。他のクラスからもわざわざ見にくる程だ。初めは男女ともに寄って行っていたのだが、どうやら性格は男好きするようで、たちまち転校生の周りは男子生徒で固められてしまっていた。
そんな中でも野球部は相変わらずの野球バカを発揮していた。監督によって飽きる事のない練習がみっちり組まれている為、そもそもがその子に構っている暇はないというのが実際のところではあるので、殆どの野球部員が人並みには気にはなったが、固執する事はなかった。

それから数日が過ぎたある日の昼休み。
珍しく昼食をとった後から姿が見えない阿部。いつもなら特に気にしない名前だが、今日に限って主将の花井を交えて昼休みに話し合う事があったので電話をかけた。

「…出た?」
「想像はついたけど…やっぱり出ない」
「昨日阿部にも伝えてたんだけどなぁ。忘れてんのかな」
「私、ちょっと探してくるね。じっとしてるだけじゃ勿体ないし。もし教室に帰ってきたら連絡して!」
「おーわかった。頼むわ」

携帯だけを手に、名前は教室を出た。それから適当にその辺を探しながら何度か電話をかけると、ようやく阿部と繋がった。

「あ、やっと繋がった」
『悪い、気づかなかった』
「今どこにいるの?」
『最上階にいる。屋上の前』

屋上の前とは、言葉通り屋上へと続いている扉の目の前にいるということなのだろう。屋上は立ち入り禁止なので人は滅多にいない。何故そんな所にいるのだろうと名前は不思議に思ったが、深く追求はしなかった。

「すぐ戻れそう?」
『あぁ、花井と三人でミーティングだったよな。すぐ戻れるから教室で待っててくれ』

そこで、電話が切れた。名前は仕方がないので教室へ戻ろうかと踵を返しかけたが、偶々もう近くにいる事に気付いたので自然と足は阿部の方へ向いた。最上階といっても校舎自体そんなに高い訳ではないので、案の定すぐに目的の人物が見えてきた。
そこで、もう一人いる事に気が付いた。見間違いでなければそれは例の転校生だ。名前は咄嗟に足を止め、陰に身を潜めた。その時、小さい声ではあったが何故か妙にハッキリと転校生の言葉がその場に響いた。

「…あたしと、付き合って。好きなの、阿部君が」

二人の雰囲気を見ればこういう事だろうと、すぐに予想は出来た。だがこうもはっきりと言葉に出されるとさすがの名前も息を潜めて表情を硬くしてしまう。

「…こういう事はあんまり言いたくないんだけど、あたしと付き合ったら野球部にとっても良いことばっかりなんじゃない?」

続いた転校生の言葉に、名前は遂にその場から駆け出した。



その日から阿部と口をきくことが少なくなった。顔を合わせ辛いのもあって名前も避けることが多くなったというのが原因の一つであるが、何よりも阿部からもいつも以上に連絡もなければ家に来ることもなかったからである。それが一番気になった。避けられているのではないかと、そんな考えが勝手に名前の頭の中を過って怖くなったのだ。その事もあり、勿論告白現場を目撃してしまったことは話していないし、どう答えたのかも結局聞けずにいる。
そんな状況のまま更に三日が経った。不安の無い日はなかったが、名前には阿部を信じる気持ちもあった。もし転校生と付き合うことになったとしても、それを黙っているのは考えにくい。取り敢えず今のところは何も言ってこないのだから、特にまだ変化はしていないのか、もしくはまだ迷っているのだろう。それが名前の考えだった。しかし四日目を迎えた朝、「今日泊まりに行っていいか」と阿部から遂に持ちかけられた。

「…うん、大丈夫。夕飯は?うちで食べる?」
「いや、自分家で食べて風呂まで済ませて行くから少し遅くなると思う」
「わかった」

いよいよか。そう小さく零して名前は人知れず気を引き締め直した。

夕食と風呂を済ませ、母親が出て行って少し経ったところで阿部がやって来た。風呂上がりだという事は聞いていたので体を冷やさないようにすぐに迎え入れると、暖かい飲み物を準備した。

「サンキュ」
「う、うん…」

いつも通りに接しなければ、という思いは強いのだがどうにもその「いつも通り」がうまくいかない。名前はベッドを背もたれにして床に座っている阿部の隣に座る事が出来ず、少し離れてベッドの上に腰掛け、俯いた。
今まで、一度も想像した事が無いと言えば嘘になるが、実際にこんな状況に陥ってみると案外自分は脆いものなんだな、と名前は痛感していた。だからと言ってみっともなく縋って重い女だとは思われたくなくて、そんな気持ちの矛盾が余計にいつも通りの自分になるのを妨げている。その為俯いて、余計な事を口走らないようにするので精一杯だった。しかし、そんな彼女の努力むなしく阿部には名前の様子がおかしいのは家に入った時からバレバレであった。

「…名前?」

下から軽く覗き込むようにして、阿部なりに優しい声で名を呼ぶ。それでもなかなか顔を合わせようとしない名前に、もう一度名を呼んで理由を尋ねたがなかなか状況はよくならない。阿部の表情からして、今の名前の様子がおかしいのは気付いているようだが本当にその原因はわかっていないようだ。だからなのだろう、そのまま暫く無言が続いたがあっさり阿部の方が沈黙を破った。小さく息を吐き、マグカップを手に取って口を付けてから阿部は立ち上がって名前の横に座りなおした。

「…まぁいいや、取り敢えず俺の用事済ませていいか?」
「…っ」
「ここ何日か考えてたんだけど、ヘタなことするよりお前にハッキリ聞いた方がいいと思ってさ…あのさ」
「ちょ、ちょっと待って!」

ここでようやく顔を上げた。泣きそうな顔で阿部の腕に触れる。座っていたベッドのスプリングが軋む音が響いた。

「…どうした?」
「まだ心の準備が…私もここ何日か覚悟決めようと思って何回も頭の中でシミュレーションしてみたりしたんだけど…やっぱり実際に言われるのは…ごめん、すぐに持ち直すから、ごめん…」

今聞いたら、泣いてしまう。それを懸念した。阿部を最後まで困らせたくはない。

「…ちょっと待て、何の話をしてんだ?」

ここまできて、阿部は少し慌てた様子を見せた。何か名前は勘違いをしているのではないかと、わからないなりに感じ取ったのだろう。しかし逆に名前は不思議そうな顔をして腕に触れていた手を離した。

「…別れ話をしに来たんじゃ…ないの?」
「はぁ!?」

突拍子もない台詞に大袈裟なくらい声を上げた。何が、どうして、そうなった。自分には全く思い当たる節がないと、そんな顔をして阿部は名前を見つめた。

「…えっ、何でんな話になってんだ!?俺何かしたか?」
「だ、だって…転校生…」
「転校生…?」

ここまで言われて、ようやく名前の言う「別れ話」の意味が理解出来たような気がした。

「…見てたのか」
「うん…ごめん、盗み見するつもりはなかったんだけど…でもね、結局途中で逃げちゃって隆也が何て答えたかわからず仕舞いで…」

しゅん、と再び目を伏せる名前に対し、阿部は今日一番のため息をついた。両手で優しく彼女の頬を包み込み、無理矢理上を向かせる。

「ったく…あー…取り敢えず結論から先に言うわ。その時にちゃんと断ったぞ」
「……隆也」
「えーっと名前何だったっけ…まぁその転校生もな、自分と付き合ったら野球部にとってもメリットがあるとか言ってたけど」
「…うん」
「でも実際そんな上手くいく程世の中甘くねーし、つかそれで付き合うってのはまた別の話だろ?だから『付き合えない。そもそも名前と別れるつもりもない』って言ったんだぞ俺」
「そっか…ごめん。自分から聞けばよかったのになかなかそれが出来なくて…でも隆也から何も言ってこないどころかその日から何となく私の事避けてるような気がしてたから…少し不安になってたの」

ホッとしたのか微かに表情を和らげた名前は、自分の頬に触れている阿部の手の上にそっと自らの手を重ねた。

「あー…それは俺にも責任があるな。悪い。まず何も言わなかったのはな、告白されても俺自身は何の変化もなかったからわざわざ言うこともねぇかなーと思ったんだよ。そもそも俺あいつにそこまで関心無かったし…プロの選手の姪っ子なのもホントかどうかわかんねーしな。だからあの日呼び出されていきなり告白されたから正直ビビったわ。殆ど喋ったこともねぇのに何言ってんだって思ってさ。だけどまさかその場面見られてたとはな…思わなかったっつーか…」

そう言って阿部は頬から手を離して下ろし、代わりに重ねられていた名前の手を軽く握った。チラッと彼女と目を合わせると、微かに目を見開いて驚いた表情をしていたが、すぐに腑に落ちないというような顔で首を傾げた。

「じゃあ…ここ最近避けてたのは…?」
「そっちの方はな、別に避けてた訳じゃねぇんだが…まぁ…その調子じゃお前気付いてねーだろうから言うけど、明日、お前の誕生日だろ」
「えっ」

名前は慌てて壁のカレンダーを見た。確かに、明日は自分の誕生日だ。ここ数日は考える事が沢山あったためにすっかり忘れていたが、それと最近の阿部の行動の関連性が見つからず、ますます名前は困惑した。

「…まだ理解してねぇな。あのな、俺も誕生日の時は色々してもらったし、俺だって名前に何かしてやろうと思ってたんだよ。だけど俺そういうの苦手だしプレゼントとかも何やりゃいいかわかんねーからお前にバレないように色んなの参考にして計画してたんだよ。だから必然的にお前と関わる時間が減ったっつーか…だから、お前を避けてた訳じゃねーの。わかった?」
「…はい…スミマセンデシタ…」

完全に自分が早合点して勘違いしていただけだとわかり、恥ずかしさのあまりカタコトになってしまった。

「いやでも、ややこしい時に俺も誤解を招くような行動したのは悪かったよ。気をつける」
「ううん、私こそ変に一人で突っ走ってごめん…でも、良かった」
「?」
「まだ、こうやって一緒にいられる」

そう言って、ふわりと微笑んだ。久し振りの名前の笑顔に、阿部は嬉しそうに一度だけ、軽く唇を落とした。
さぁ、ここから甘い雰囲気のままベッドの中へと沈んでいってーーと阿部が淡い期待を抱いていたその時、急に名前が腕を自分との間に突っ張り、妙に距離が空いてしまった。

「…名前?」

訝しげに名を呼べば、再び疑問符を浮かべて首を傾げている名前が口を開いた。

「そう言えば、今日何をしに来たの?」

それを聞いて重要な事を忘れていた、と阿部は腕を伸ばしてテーブルの上のマグカップを掴んだ。取り敢えずそのすっかり冷めてしまった中身を全て飲み干すと、一息ついて名前へ視線を戻す。

「…さっき言いかけたんだけど…やっぱりヘタな事するよりはお前に聞いた方が確実だと思ってさ」
「何を?」
「…っ、だからな、さっきあれだけ格好つけて計画だなんだと言ったわりにはさ…いい案が思いつかなくてな…あのさ、明日さ、どこか出掛けねぇか?」
「…?」
「明日折角休みだし、名前の行きたい所、あるなら行こうぜ。欲しいモンとかもあるならばんばん言ってくれ。それ全部買うから」
「でかけるのは構わないけど…何で急にそんな」
「プレゼント、思い浮かばなかったんだよ!察してくれ…!」

頼み込むように頭を下げる阿部を見、名前は慌てて顔を上げさせた。

「そんな、いいのにプレゼントなんて!考えてくれてただけでも嬉しいし…」
「それじゃあ俺の気が収まんねーんだよ。だから…なんつーの?明日一日俺を好きに使っていい券っつーか、まぁそんな紙用意してる訳じゃねぇんだけど、そんな感じで頼む!来年はちゃんと用意するから、今年はこういう事で我慢してくんねーか?」
「…丸一日?」
「え?」
「本当に、好きに使っていいの?」
「お、おう…」

急に目を輝かせて食いついてきた名前に、阿部は一瞬前言撤回しようかと躊躇ってしまった。その位、何か恐ろしいものを感じたのだ。だが阿部も男である。一度言ったことをおいそれと覆す訳にはいかない。そもそもプレゼントの一つも用意できなかった自分が悪いのだから、もうここは諦めて明日を過ごすしか無さそうだ。

「それなら楽しそう!私特に欲しいものはないから、明日隆也と出掛けて色々やってもらおうかな」
「…何も要らねぇのか?」
「うん、隆也におめでとうって言ってもらえたらそれで十分」
「じゃ、じゃあ…」
「あっ、でも折角面白そうな権利くれたんだし、それは貰っておくね。ふふ、明日楽しみ」

ニヤニヤと、至極楽しそうに笑いながら名前は布団の中へと潜り込んだ。明日に備えてさっさと寝よう、という事らしい。だが阿部に関しては、喜んで貰えたようで嬉しい気持ちもあり、明日一体何をさせられるのか全く見当が付かない事に対しての恐怖心とが渦巻いて、何だか複雑な気分で眠りにつく事となった。






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