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▼ Commonplace&Significant

今日は祝前日の火曜日。しかも明日は明後日からテスト週間に入るという事で部活が休みだ。野球も勿論大事だが、あくまでも学生の本分は学業であり、それが疎かになってしまうと試合に出る事はとてもじゃないが許されない。それだけは阻止せねば、と監督が悩んだ末に出した結論が丸一日休みにするというものだった。そういう事で、今日は練習の最後に「明日は朝からみっちり勉強出来るのだから絶対に赤点回避しなさいよ」とそう監督が念を押し、本日の部活は終了した。
その後、先に仕事を終えた篠岡と部室前で別れ、名前は一人用事を済ませに部室へと足を運んでいた。今ではマネージャー二人とも平然と出入りができるようになった部室だが、初めの頃はお互い気を使っていたな、なんて唐突に思い出しながら名前はドアノブに手をかけ、戸を開けた。

「入りまーす」
「名前どうしたのー?」
「ちょっと、忘れ物」

田島に軽く笑みを返すと、着替え途中の阿部と花井の間をすり抜けて棚をゴソゴソと漁る。確かここに仕舞った筈だと少し屈めば、お目当のものはすぐに見つかった。それを引っ張り出し、踵を返そうとしたところで不意に名を呼ばれ、名前は足を止めた。

「名前」
「なに?」
「今、また皆で集まって勉強やろうって話が出てんだけど」
「そうなんだ」
「今日確か百合さんいねーっつってたよな」
「…うん、そうだけど…あっ、場所の話?」
「ああ。また三橋ん家に行く案も出てたんだがさすがに迷惑だよなって事になって」
「そういう事なら全然構わないよ。お母さんいないの一日だけだからお姉ちゃんにも今日は来なくていいって言ってあるし」
「そうか、助かる。つーことで花井、こいつん家でもいいか?」

すぐそばで二人を傍観していた花井は急に自分の名前を呼ばれて、肩を跳ねさせた。全く身構えていなかった事もあり、少しばかり返答が遅れる。

「…あ、ああ…助かるわ。悪いな、名字」
「気にしないで。でも、三橋君家よりちょっと遠くなるけど大丈夫?」
「それは問題ねーと思うけど…なぁ、お前ら大丈夫だよな?」

いつの間にか三人へ視線を向けていた他のチームメイトに花井が言葉を投げかけると、大丈夫だと皆が一様に言葉を返してきた。そこで一際目立つ返事をしたのが田島で、名前の家で出来る事が余程嬉しかったのかその勢いのままとんでもない言葉を発した。

「だったらそのままお泊まり会しよーぜ!」
「ばっ、何言ってんだ田島!ダメに決まってんだろ!」
「そんなのわかんねーだろ花井!な、名前のかーちゃんいねーんだろ?じゃあお泊まり勉強会やりてー!」
「…ふふ、いいよ」
「やりー!」

目をキラキラと輝かせて言う様に名前はつい笑みを零し、二つ返事で引き受けてしまった。実際の所家には誰もいない上に、こういう事には百合は寛大だ。一言連絡さえ入れておけば何の問題も無いだろう。

「だ、大丈夫なのか?」
「うん」
「阿部も勿論泊まるんだよな…?」
「たりめーだろ」
「じゃ、決まりね」
「いやでもかなりの人数だぞ?」
「私は平気。というか多分全員泊まるって事にはならないと思うよ、それぞれの生活もあるわけだし」
「お…そうか…じゃあ来れる奴らだけでって事で」

そう言ってまた謝罪を言葉の終わりに付けるものだから、気にしなくてもいいのにと名前は控え目に笑った。しかし花井は申し訳なさが募るばかりらしく、結局彼の声明によって今すぐ名前の家に集まる事はせずに一旦全員自宅へ帰ることとなった。なんでも、泊まる人は迷惑がかからないように入浴その他諸々を自宅で済ませてから来いとの事。案の定田島から文句の声が上がったが名前がなんとか取り成して、最終的に泊まらず今日のうちに帰宅する人はこのまま名前の家に直行し、泊まり込みで勉強会に参加する人のみ準備をしに帰ると言う事で話はまとまった。








「じゃ、そろそろ皆集まってきたしご飯作り始めるね」
「全員分作らせちまって悪いな…」
「気にすんな」
「何で隆也が返事するのよ」
「…ああ、つい」
「もう…まぁいいや。花井君、あり合わせの物で作るしかないから期待はしないでね」
「いやいやいや、俺らが邪魔してんだから作ってもらえるだけで有り難いっつーの」
「…やっぱり梓ちゃんいい子だね」
「っ、ちょいちょい名前呼び挟むな…!」
「可愛いのに」
「可愛くねェ!」
「ほら、そろそろ勉強始めねーと田島達の気が変わっちまうぞ、梓ちゃん」

悪い笑みで花井の肩を叩いた阿部は、一足先に皆が集まっている客間へ踵を返した。

「ったく…阿部まで俺で遊びやがって」
「私は遊んでないよ?本気」
「それはそれで何だかな…」

至極楽しそうに自分を見上げる名前を見下ろし、困ったように息を吐いて花井も阿部の後を追った。一方で一人残された名前は、今ある材料で何が出来るかと早速献立を考え始めた。初めはご飯は其々で摂る事になっていたのだが、家の人も居ないし折角なら、と名前自ら提案し、皆で揃って夕飯を摂る事となった。以前阿部が怪我をした際に田島と三橋と弟の旬を含めた四人に振舞った事はあったが、ここまでの人数にはまだ経験がない。しかしこれもいい機会だと、名前は張り切って台所に立ち腕捲りをした。


それから約一時間が経過した。
今回も例に漏れず西広先生に教わっていた田島と三橋だったが、急に田島が体を起こして台所の方に顔を向けた。

「いー匂い!」
「田島集中しろよ」
「だって腹減ってきたし、いー匂いしてきたし!」

今にも立ち上がり台所へ走り出さんばかりの田島を、泉が制する。それに渋々従って大人しくなった田島を見、安堵の表情を浮かべた西広は解きかけの問題の説明を再開させたのだが、食欲を唆る匂いに引き付けられたのは田島だけでは無いようで。次々と周りがそわそわし始める現況に、西広は流石に匙を投げた。

「…一旦中断しようか」
「そうだな…」

心中の動揺を紛らせるように笑う西広に、田島を抑えていた泉は呆れ顔で頷いた。それを見ていた田島は、待ってましたとばかりに三橋を引き連れて脇目も振らずに匂いの元へと駆けて行く。そんな彼を先頭に、続々と食卓のあるリビングへ足を踏み入れると、丁度テーブルの上に料理を並べ始めているところのようだった。

「あ、いいタイミング。そろそろ呼びに行こうと思ってたの」
「すげー美味そう!」
「大したこと無いよ…ごめんね、私なんかの手作りで」
「必要以上に自分を卑下すんな。ほら、これ運んでいいのか?」
「…隆也」

いつの間に台所まで足を運んでいたのか、名前はいきなり隣に現れた阿部に目を瞬かせた。彼の言葉に反応しきれずにいると、返事を待たずに阿部はせっせと準備を進める。名前も結局慌てて準備を再開させる事となり、なんとなく心中にもやもやを抱えたままの夕食となった。





「名前ちょー美味かった!」
「お粗末さまでした」

名前の料理は予想通りに栄養バランスをしっかり考えて作られた物だった。とてもあり合わせの物で作ったとは思えない出来で、阿部は勿論のこと他の皆も揃って舌を巻いた。

「名字、片付けは今日泊まる奴等でやるよ」
「えっ、私やるから大丈夫だよ?」
「いや、流石に食べっ放しは…」
「もう…花井君は本当気配り上手というか気を遣いすぎるというか…」
「…それ褒めてんの?貶してんの?」
「憐れんでる」
「何でだよ!」
「…ふふ、冗談だよ。まぁとにかく、片付けまで私やっちゃうから皆は勉強に戻っ…」
「名前」

早々に席を立って台所へ向かおうとする名前だったが、不意に腕を引かれて押し止められてしまった。その腕の持ち主は言わずもがな阿部であり、それをわざわざ確認などする必要もなかったので名前は大人しく腰を下ろした。

「俺達別に世話をかけようと思ってお前ん家に集まったわけじゃねーよ」
「でも…」
「いいから、後は俺達に任せて風呂でも入って来いって」
「…ん、ごめん…ありがと」
「あ、脱衣所の鍵はちゃんと閉めろよ。田島辺りがうっかり開ける可能性もあるからな」
「流石に開けねーって!」
「もしも、って事があんだろ」
「阿部は心配性だなー」
「…あははっ、じゃあごめん、行ってくるね」

自然と口元が綻ぶのを感じながら、名前は阿部の言葉に甘えて準備をし、風呂場へ向かった。ドアを挟んで向こう側からは騒がしく後片付けをする音が聞こえてくる。それをBGMに名前はゆっくりと入浴を済ませた。
入浴後は名前も加わり、勉強会を再開させた。結局残った人数は阿部を含めて五人。親がいない栄口や勉強する必要の無い西広ならいざ知らず、まさか沖や水谷、巣山まで帰宅してしまうとは。名前が風呂から上がった頃からぞろぞろと帰り始め、あっという間に半数になってしまい客間が妙に寂しく感じられた。

「さてと、西広も帰っちまったし…満遍なく教えられねーで悪ィが、数学からでいいか?」
「ええー、阿部厳しいからやだー」
「厳しくやんねーと身に付かねぇだろうが」
「じゃあせめて俺達の目の前で見張るのだけはやめろよ。自分達で色々やってみて、わかんなくなったら聞くからさ!」
「…それでもまぁ別にいいけど」

田島の発言に三橋もおどおどしつつも頷いた。それを目の当たりにしてしまった阿部は反論する気にもなれず、言われるがまま近くに腰を下ろした。

「…じゃあ、一先ず一時間やるか」
「うーい」

花井が腕時計を確認しながら合図を出す。それを皮切りに各々が机に向かい、ペンを走らせ始めた。

「…あ、そうだ。わかんねーことあったら英語は俺、数学は阿部に聞いてくれな。特に田島と三橋」
「はーい」
「わ、わかっ…た」
「後は…現国と古典は名字いけるよな」
「うん。それと…その二つには劣るけど現社と世界史もなんとか」
「マジで?助かるわ」
「名前すげー!」
「いやいや…寧ろ私教えてもらいたいものの方が多いよ…グラマーとオーラルもだけど生物が今一番やりたい。明後日生物からだし」
「生物は俺も無理なんだよな…阿部出来ねーの?お前この中じゃ一番勉強出来るだろ」
「生物は得意じゃねーな…つーか俺あんまり好きじゃねぇんだよ生物」
「あー…西広が帰った事が悔やまれる…」
「俺、生物やれるぜ」
「えっマジで!?」

西広の帰宅を嘆いている最中に、泉が静かに手を挙げた。これぞ天の助けだと、花井は目を輝かせて振り返る。

「まぁ…出来るっつっても西広とかには及ばねーけど」
「全然いいって。よっしゃ、これである程度は進められるな」

嬉しそうに息巻く花井に続いて名前もホッと一息ついた。それでは早速、と名前は泉の隣に移動し、ノートを広げる。花井は自分の勉強を始める前に結局田島に捕まり、阿部も三橋が数学相手に苦戦している様子を見るに見兼ねて、助けに入っていた。その後も今のような状況が続き、教える相手や教わる相手、教科をちょこちょこ変えながらそれなりに充実した時間を送る事が出来た。

「ーーーで、これを代入して計算すれば答えが3に…おい、三橋起きろ」
「…っ、あ…ごめ…」
「…今日はこの辺りで切り上げるか?どうする、花井」
「ん、ああもうこんな時間か。集中してるとあっという間だな…そうだな、今日はそろそろ終わりにすっか。田島もそろそろ限界っぽいし。残りはまた明日だな」

気が付けば、もう23時を回った所だった。取り敢えず一時間の予定で始めたが、あれから約三時間はぶっ通しでやってしまったようだ。普段ここまで詰め込んで勉強をする機会がない三橋や田島からすると、眠気が襲ってくるのも道理である。

「私達も今丁度キリのいい所だし終わろうか」
「そうだな」

先程とは打って変わって泉に教える側へ回っていた名前の提案に、泉も素直に頷きペンを置いた。

「…そうだ、寝る場所なんだけどここでいい?リビングよりはマシだよね」
「ああ、俺達はどこでも…」
「あと、布団なんだけど…ごめん人数分は無いんだよね…三組しか用意出来なくて…五人で三組ってやっぱりきつい?」
「三組か…俺がお前の部屋で寝たら四人になるから、それならなんとかいけんじゃねーか?雑魚寝でも問題ねーだろ、最初の合宿でもそうだったし」
「四人で三組なら問題ねーよ」
「ああ、そうだな」
「良かった…待ってね、布団持ってくる」
「名前、俺も手伝う!」
「じゃあ俺も」

そう言って名前の後を田島と泉が付いて行く。残された三人は勉強道具を片付けてテーブルを動かし、寝る場所を確保した。








「……慌ただしい一日だった…」
「ふふ、でも楽しかった」
「呑気だなぁ、お前」
「でもこんな風に野球部の人達が泊まりに来る事ってなかなか無いし、家がいつもより賑やかで私は凄く嬉しかったよ」
「うるせーくらいに賑やかになるのは確かだな」

ようやくひと段落付いて、ベッドへ潜り込んだ二人。目紛しく過ぎて行った今日一日を思い返しながら、阿部は仰向けになって腕を額の上に乗せた。

「…まだ下から声聞こえるね」
「田島辺りが騒いで周りが巻き込まれてんだろ。ったく…さっきまであんなに眠そうにしてたくせに田島のやつ」
「いーなぁ、楽しそう」
「…やめとけ、下で一緒に寝たりなんかしたら田島の寝相がスゲーぞ」
「そんなに?」
「あいつは人の上でも平気で眠れるやつだからな…」
「さすが田島君」

阿部の隣でうつ伏せになり、肘をついた状態で名前は至極楽しそうにクスクスと笑った。

「ね、やっぱりみんなで寝ない?」
「流石にそれはダメだろ」
「…だよね」
「俺は良いとしても、お前まで一緒に寝るのは色々問題があるぞ」
「ですよねー…」
「俺が一緒に寝るんだから、それでいいだろ」
「あははっ、何よそれ」
「…名前さんは俺では不満なのですか」
「いいえ、そんなことありませんわ」
「それは良かった」

急に戯けた言い回しをしてくる阿部に名前も乗っかって、そんな滑稽なやり取りに二人して笑い出す。

「くく、あーもー寝ようぜ。馬鹿なことやってねーで」
「隆也から言い出したんでしょ」
「はい、おやすみ」
「ちょっと!」

うつ伏せだった名前を引っ張り、阿部は無理矢理自分の腕の中に彼女を収めた。急な事で一瞬反応が遅れたが、名前は重要な事をまだ伝えていないと、くぐもった声で彼の名を呼んだ。それに気付いた阿部は、拘束を緩めて言葉の続きを促す。

「どうした」
「まだ、お礼言ってなかったから」
「何の」
「夕食の前に、卑下すんなって気遣ってくれたこと」
「ああ、そんな事。別にお礼を言われるようなモンでもねーよ。俺は本当の事を言っただけだからな」
「ううん、私の方こそ本当の事を言っただけなのに」
「…またんな事言う。ほら、もう寝るぞ」
「うん。ありがとう」
「おやすみ」
「…おやすみなさい」

彼の優しさにはいつも助けられるな、と名前は先に目を閉じた阿部を静かに見つめた。今の関係が続けられるのは決して当然の事などでは無いし、阿部の優しさに甘えて驕った態度を取ってしまうのだけは避けたいと名前は常日頃から思っている。与えられた分は、自分も返せるだけ返したい。そんな事を胸の内に秘め、名前も瞼を閉じて阿部の胸元に擦り寄った。






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