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「───というわけ」
名前はここで一呼吸おいた。周りの野球部は、何とも表現し難い表情でその場に立ち尽くしている。だがすぐに、その沈黙を泉が破った。
「それで…それから阿部とは何か話したのか?」
「ううん、何も」
「だよな…」
その時、丁度休み時間終了を告げるチャイムが教室に響いた。
「あ、ごめんね長居して。じゃあ教室に戻ります!」
名前はじゃ、と手を降って9組から姿を消した。
それから時間がたち、部活も終わって阿部達は部室で着替えをしていた。勿論部活中も阿部と名前の態度は変わらず、ずっと重い空気が流れていた。そんな時、部室のドアが開き、篠岡が1人、制服姿で現れた。手には鍵が握られている。
「あれ、名字は?」
花井が辺りを見回すが、どう見ても篠岡しかいない。
「名前ちゃんなら先に帰ったよ。今日は自転車じゃないからって」
「は?1人で?」
「うん」
篠岡の言葉に花井だけではなく全員が驚く。そして、栄口がポツリと恐ろしい言葉を呟いた。
「駅まで行く道の途中にさ、今不審者が彷徨いてるってさっきシガポが言ってたよな…」
その言葉に一番に反応した人物がいた。阿部だ。
阿部は急いで荷物を持って部室を出た。自転車の篭にエナメルをぶちこみ、必死でペダルを漕ぐ。周りはもう真っ暗で、自転車のライトだけでは無事に名前を見つけ出せるかどうかわからない。
「くそっ…ぜってー見つけてやる…!」
そしてろくに左右の確認もせずに角を曲がった時、目の前に女子高生の姿が見えた。間違いない、あれは名前だ。
「名前!」
いきなり後ろから名前を呼ばれて、名前は足を止めた。振り返ると、そこには今一番顔を合わせたくなかった人物が額に汗を浮かべて立っていた。
「……なに…」
極力目を合わせないようにしながらポツリと言う。
「お前な、今不審者が彷徨いてんの知らねぇのか?」
「知らない…」
「はぁ…まぁとりあえず、無事なんだな」
いまだに目を合わせようとしない名前。しかもすぐ帰れるようにか、体は進行方向を向いている。
「名前」
阿部の声にぴくりと体が反応した。だがまだ顔を上げない。
「無事で良かった」
「…っ、ちょ…」
しかし今度ばかりは顔を上げざるを得なくなってしまった。だって阿部の腕にそっと抱かれているのだから。
「…ごめん」
頭上から思いもよらない言葉が聞こえて、名前は「…えっ…」と小さく声を洩らした。頭を上げてもう一度確認したかったが、阿部の腕で押さえられていて、それは叶わない。だからそのままの状態で次の言葉を待った。
「俺が悪かった。ごめん…」
「隆也…」
名前は阿部の胸元を軽く叩いた。それによって腕を拘束が緩み、そこから名前は顔を出した。
「悪いのは私だよ。ごめんね」
「いや、元はと言えば俺があんなこと言わなきゃ…」
「ううん、酷いこと言ったのは私だもん。でもそれはさ、隆也と離れてみて初めて気づいたんだよ。あぁ、私隆也を傷つけちゃったんだって」
「名前…」
「だから、本当にごめんなさい」
「名前!」
阿部は咄嗟に名前をきつく抱き締めた。
「あー…やっぱりお前がいないとダメだ」
「ふふ、私だって」
そう言って、2人はお互いに笑いあった。
ホントはわかってる
(本気じゃなかったことくらい)