愛したのは思い出でした



 うちはサスケが木の葉の里に帰ってきたのは、ほんの数ヶ月前。
 彼の帰還に至るまでの道を語るには、多くの時間が必要なため、ここで語るのはやめよう。
 サスケが里に帰り、愕然としたことがある。木の葉の里が変わりすぎたことだ。
 戦争で多くの人が死に、自分のことを想ってくれていた乙女は、もう一人の仲間と結ばれていると聞いたとき、自分がいなくても、時は止まることなく進むのだと実感した。
 そして何より、里を裏切ったサスケに対する、民の冷たい目線、態度。自分は、それに値する行為をしたのだと、自身に言い聞かせる。
 いつものようにあの二人がサスケ宅を訪れたのは、寒い冬の朝のことだった。

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 サクラとナルトは、毎日やってくる。二人の時間を削り、いつもサスケに会いに来る。
 サスケにとって、これほど嬉しいことはなかった。だが、せっかくの二人きりの時間を自分が邪魔をしているのではないか、と思うと、非常に申し訳のない気持ちになってくる。

 今日もいつものように、三人で他愛のない話をする。丸テーブルを囲んで、お茶を飲みながら、サクラの作ったお菓子を食べながら、ゆったりとした時間を過ごす。
 そんな間も、サスケはずっと二人のこと――そして、サクラのことについて悩んでいた。
 里を出るとき、自分を止めようと、そして自分について来ようとした、あの泣き虫な乙女はもういない。そして、強くなったサクラは、自分のいない間、長い時間を過ごしたナルトに惹かれ、恋をした。

 まだ下忍だったころの自分たちには、決して想像の出来なかったであろう未来。だが、それは全てが現実であると思うと、気が遠くなる。
 サスケがお茶を飲みながらサクラに目をやると、気づいているのかは定かではないが、彼女は微笑んだ。昔は、自分だけに向けられていた笑顔。それはもう、サスケに対するものではない。
 今思えば、全てが淋しく感じられる。

 サクラが食器の片付けをするといい、席を立った。ナルトと二人きりになった途端、サスケは何も喋れなくなった。話題が底をつき、黙り込む。
 ゆっくりと顔を上げたナルトが、決意を目に話し始めた。
「サスケ、俺な……。サクラちゃんと、別れた」
 唐突の告白。耳にした言葉が信じられず、サスケは目を見開く。

 愛し合っている――という風には見えない二人だったが、普通の恋人程度に仲はいい。喧嘩というわけではないだろう。そもそも、今の二人は、一方的にサクラに好意を抱くナルトでも、ナルトのことを邪魔者扱いするサクラでもない。互いに互いを信頼し合い、共に戦ってきた仲間だ。
 ――仲間。サスケは、どうもその言葉に違和感を感じた。

 それを知ってか知らずか、ナルトが自嘲気味に笑った。
「俺とサクラちゃんは、やっぱりコイビトなんてもんじゃないと思うんだってばよ。友達でもない、恋人でもない――仲間だって、気づいた」
 サスケの違和感は、見事に的を射ていた。
 ナルトの話によると、その違和感に気づいたのはナルトだという。サクラは、いつも彼女を支えてくれたナルトに対する感情を、恋愛だと勘違いしているんだと、ナルトは予想していた。女心が解らなかったウスラトンカチは、いつの間にかここまで成長していた。

 全てを話し終えると、サクラが居間に戻ってきた。「何々? 何の話?」と興味津々で聞いてくるが、ナルトは「男同士の話だってばよ!」と笑い飛ばした。
 サスケは僅かに口角を上げながら、そんな二人のやりとりを見ていた。ナルトの話を聞いてから、昔の七班の記憶と、目に映る風景が一致するように思えた。

 気がつけば日が沈みかけ、鴉たちが鳴き始めた。時計は、午後五時三十分をさしている。今日はここで解散しよう、誰からともなく、そういう話になった。


 
 ナルトは火影に呼び出されていると言い、サクラとサスケを置いて走り去った。残された二人は、微妙な居心地の悪さを感じた。

 だいぶ暗くなったので、サスケが送ると言うが、サクラは遠慮して、中々頷いてくれない。それから数分後、折れたサクラは、サスケに送られることになった。昔だったら、言い合いでサクラに勝てるはずがなかった、サスケはまたもや過去と比べた。

 閑散とする道を歩く。サクラは、色んな話をしてくれた。
 ナルトが火影の候補に挙げられていること、サクラは幻術がだいぶ上手くなったということ、短かった髪をなんとなくもう一度伸ばそうと思ったこと、いのがサスケに会いたがっていたこと……。話題はつきないが、サクラの家までの距離は段々短くなる。

 横を歩くサクラに目をやると、後ろの高い位置で縛られた髪が目に入った。中忍選抜試験前には及ばないが、随分と髪が伸びた。
 ふ、と前を見ると、既にサクラの家は目の前だった。サクラもそれに気づいたのか、
「ここまででいいよ。送ってくれてありがとう、サスケくん」
 そう言って、駆け出そうとした。サスケは、それを拒むように腕を掴んだ。

「最後に、これだけ聞きたい。お前は、まだナルトが好きか?」
 サスケは、なぜ自分がこんな質問をしたのか、自身もよく分かっていなかった。だが、頭に浮かぶ前に、口走っていた。
 一瞬驚いた顔をしたサクラだったが、寂しげな笑みを浮かべながら、ゆっくりと答える。
「好きよ」
 心を刺すような、昔の思い出を裏切られたような、なんとも言えぬ痛みがサスケを襲う。何のため躊躇いもなく、サクラの唇から零れた言葉。

 サクラは続ける。
「サスケくんも、大好きだよ」
 その言葉に、サスケはハッと我に帰った。気づいたのだ、サクラもまた、ナルトと同じだということに。
 サスケが腕を放すと、サクラは彼の方を向く。家の光が、彼女を照らし、その表情を見せてくれた。
「ナルトから、聞いたのね」
 寂しそうな笑顔は変わらず、サクラは話し始めた。
「わたしがナルトを好きだと勘違いしたのは、きっと……。ナルトは、昔から変わらないからだと思うの。身長とか、強さじゃなくて、ナルトの中心は、ずっと変わってないの。わたしもサスケくんも――そして、七班自体が変わってから、わたしは昔の残像を探したの」
 いっきにそこまで話しきると、一息置く。

 サスケは、信じられないほどの罪悪感に押しつぶされていた。自分が知らぬうちに、サクラがこんなにも辛い思いをしていたのかと思うと、心が痛んだ。
 サクラはまた続ける。
「わたしは見つけたの。ナルトの中に残る、昔の残像を。でも、それを恋と勘違いした。だから、わたしとナルト、キスもしてないの。ナルト、最初から知ってたから」
 先ほどの笑顔とは一変、カラッとした清々しい笑顔で「笑っちゃうわよね。そんなんで恋人だなんて」と言った。

 サスケは、何も言えずにいた。ただ、目の前の桜色の仲間を見つめるばかりだ。
「だからね、サスケくん」
 僅かに頬を赤らめるサクラが、恥ずかしそうに言う。
「また、サスケくんに恋したら、ガンガンアタックするから! そのつもりでよろしく」
 サスケの反応も見ぬままに、サクラは家に帰ってしまった。ドアが閉まる音で、サスケはようやく我に帰る。

 何もかもが変わってしまった。そう思っていたサスケだったが、変わらぬものがここにあると、そう感じた。














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