友達以上、恋愛未満
サクラは、毎日俺に「好き」という。
スリーマンセルを組んだ最初のうちは、恋愛の好きだと分かっていた。だけど、仲間としての絆が深まるたびに、それは仲間の「好き」なのではないかと思うようになった。
別に、俺はサクラのことを好きでもないし、嫌いでもない。――だが、多分、どちらかといえば好きだ。きっと、それも仲間としての好きなんだと思う。
そんな関係が一番良好なのだと、自分に言い聞かせる。
友達以上、恋愛未満。
***
今日の任務は、火の国の名家の夫妻を、別荘まで護衛する任務だった。怪しい輩との遭遇は多かったが、どいつもこいつも弱いやつばかりで、負傷者は出なかった。
無事に任務も終わったが、体力は限界。日も沈み始めたため、宿をとることにした。
今日も、今までと同じ、サクラが一部屋使い、男三人で一部屋を使うと思っていた。
だが、今日の宿屋は随分と繁盛しているらしく、一部屋しか借りることができなかった。
カカシは、申し訳なさそうにサクラに訊いた。
「サクラ、俺たちと一緒でもいい?」
サクラは、花が咲いたような笑顔で、
「全然いいわよ! 一人って、寂しいし」
俺には理解できなかった。
男とか、女とか、そういうのを気にする年齢なのに、なぜ「いいよ」などと簡単にいえるのか。カカシはともかく、俺とナルトはそういう対象に見られていないのか。
とりあえず、温泉に入る前に、それぞれの荷物を片付けることにした。
サクラが、温泉セットを取り出した。とはいえ、急な宿泊だったため、いつものようにシャンプーセットははいっていない。
俺とナルトは、寝巻き用の浴衣とタオルだけ持った。カカシは、里に連絡を入れたりしてから入るというので、俺たちは三人で温泉に向かう。
男と女と書かれた暖簾の下でサクラと別れ、俺とナルトは男の暖簾を潜る。
「なあ、サスケ」
ナルトは、服を脱ぎながら俺に話しかける。
「何だ?」
俺も、服を脱ぎながら答える。
「俺たちってばさぁ、サクラちゃんに男として見られてねぇのかなあ」
……こいつも、俺と同じこと考えていたのか。
サクラは、こいつが自分に好意を抱いていることは知っている。しかも、彼女の恋路の邪魔をしていることだって知っている。
なぜ、嫌そうな顔一つせず、快く受け入れることができたのだろうか。
俺は、ふと、ある思考にたどり着いた。
「……無理してる、とか?」
口に出して言うと、ナルトがびくりと肩を揺らした。
サクラは非常に気丈な性格だ。俺とナルトの足を引っ張りたくないがために、自分を犠牲にすることが多い。俺たちは、まったくもってその心遣いに気づかない。
今回も、サクラの無理な我慢だったとしたならば、非常に申し訳ない。
俺は、ナルトと顔を見合わせる。
「後で、聞いてみるってばよ……」
とりあえず、湯に浸かることにした。
温泉は普通に気持ちよかったが、サクラのことを考えると、俺たちは気が気でなく、せっかくの温泉を堪能することができずにいた。
身体と頭を洗うと、即行で脱衣所に戻り、浴衣を着始める。
俺たちの浴衣は、いつも以上に着崩れが激しかったが、気にすることなく、男の暖簾を潜る。
***
女の風呂は長い。とよく言うが、本当にサクラの風呂は長い。
もう三十分以上待ち続けているが、一向に出てくる気配はない。ナルトはすっかり待ちくたびれてしまい、周囲を探索し始めた。
女の暖簾の奥に気配を感じたため、サクラかと思ったが、まったく別の女だった。その女は、俺とナルトを見るや、笑みを湛えながら近寄る。
「あなたたち、サスケくんとナルトくん?」
どうして名前を知っているのだろうか。俺は警戒しつつも頷く。ナルトはのん気に「そうだってばよ」と元気に返事をした。
女は、サクラから伝言を預かっているとのことだ。
「髪のお手入れとかに時間がかかるから、先に部屋に戻って欲しいって……。わたしは、それだけ伝えに来たの。じゃあね」
一方的に用件だけ伝え、女は部屋の方に去っていった。
ナルトもまた、部屋に向けて歩き始めた。俺は、一度女の暖簾を振り返ったが、そこに人の気配はなかったため、ナルトの後を追う。
なんとなく嫌な予感がしたが、恐らく気のせいだろう。
そう心に言い聞かせながら、俺は年季の入った床を踏みしめる。念のため、もう一度振り返る。やはり、人の気配はしなかった。
部屋に戻ったが、カカシはいなかった。途中ですれ違ったわけでもないから、まだ何かしているのだろう。
さすがに、上忍のことなど心配する必要もないため、俺たちはサクラを待った。カカシが来ないと、料理も出してもらえないため、暇な時間が過ぎていく。
時折、ウスラトンカチとの口喧嘩を交えつつ、サクラを待った。だが、サクラは中々戻ってこない。
二時間が経った。さすがに遅すぎると思った俺は立ち上がる。ナルトもそう思っていたのか、俺の後に続いた。
ちょうど二つの暖簾が見え始めたところで、悲鳴交じりの怒鳴り声が聞こえた。
「ちょ、ちょっと! 何すんのよーー!」
サクラの声だ!
それに続いて、男の声がした。
「静かにしろ! 誰かに気づかれたらどうすんだ!」
「助けて、サスケく――」
サクラの声が、俺の名前を呼びかけたところで途切れた。俺とナルトは、向かう先が女湯ということも気にかけず、勢い良く暖簾を潜る。
潜った先には、二人の男に服を剥がれそうなサクラがいた。瞳には、大粒の涙が浮かんでいて、既に何本も零れた跡が残っている。
サクラの白い肌が目に付いた。サクラと二人の男、それから俺とナルト以外には誰もいない。
俺の中で、プツリ――と何かがぶち切れた。多分、ナルトも同じだろう。
俺とナルトは何の合図もなしに、互いの拳を軽くぶつけ合った。そして、怒りに身を任せ、男たちに殴りかかる。
「サクラちゃんに……!」
「サクラに……!」
二言目は、同じタイミング。
「「何してんだあああああああああああああっ!」」
最初に映ったのは、男たちの驚嘆の顔。次に映ったのは、鮮血。最後に映ったのは、緑の瞳をぱちくりさせたサクラの顔。
男たちが動かなくなるまで、俺とナルトは殴り続けた。
***
騒ぎを聞きつけた客によって、男たちは木の葉の里へと連行された。
女湯に入ってしまった俺たちだったが、それに関して後ろ指を指されることはなく、むしろ「よくぞ、野蛮なやつから女の子を守った!」と称えられた。
カカシは二人の頭を軽く叩き、
「やり過ぎたけど……まあ、サクラにそんなことするやつは、死も当然だもんねぇ」
と笑い飛ばした。
しばらくすると、ようやく落ち着きを取り戻したサクラが、浴衣姿で部屋に戻ってきた。
その目には、もう涙はなかった。だが、目が僅かに赤い。
「ありがとう、二人とも……! こ、怖かったよぅ!」
三人の顔を見て安心したのか、今度は安堵の涙を流し始める。俺とナルトは、慌てて涙を拭い、だいじょうぶだと言い聞かせる。カカシは「本当に可愛いなあ」と呟きながら、俺たちのことを見ていた。
サクラが再び落ち着きを取り戻したところで、今晩の料理を持ってきてもらうことにした。
部屋には笑い声が響くようになり、俺はどうしても訊きたかったことをサクラに訊く。
「おい、サクラ……。無理、してないか?」
サクラはきょとんとした顔で俺を見つめ、何がと言わんばかりに首を傾げる。俺の顔が赤いことに気づいたのかは分からないが、サクラはくすくすと笑った。質問の内容を理解したようだ。
「確かに、みんな男だけど……。カカシ先生はお父さんみたいなもんだし、ナルトもサスケくんも、男とか女とかっていうまえに、大事な仲間だもん」
そして微笑みながら「だいじょうぶだよ」と付け加える。
その微笑が余りにも綺麗すぎて、俺もナルトも見惚れてしまった。
友達以上、恋愛未満。サクラの笑顔が見られるのならば、そんな曖昧な関係も悪くはないな……そう思った。
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