サスケくんが風邪を引いたようです



 サスケは、夢を見ていた。
 それは、ずっと昔。自分の母が、風邪を引くといつも額に手を乗せてくれた。ひんやりとした冷たい手のひらは、水に浸したタオルを乗せるよりも気持ちがよかった。もう、随分と前のことだが、サスケはまだその感覚を覚えていた。
 それ以外にも覚えている。すった林檎を食べさせてくれたり、寝ている間、ずっと手を繋いでいてくれたり……。

 そんな優しい母の手を、サスケは今も額に感じているような気がした。
 もう、母はいないのに……。

   *-*-*

 体中に熱を感じながら、サスケはゆっくりと目を開けた。額に感じた冷たさは、今はもうない。

 台所に誰かいる気配を感じることができた。身体がだるいので、目だけで見た。
 視界の隅に、桜色の頭が目に入る。見覚えのあるその頭。サスケは瞬時に理解することができた。それが、サクラの頭であるということを。

 だが、そこで一つの疑問が生じる。なぜ、サクラが自分の家にいるのか、ということだ。
「おおおお?」
 サクラではない、でも、聞き覚えのある声がした。目の前に、ナルトの顔がヒョッコリと現れた。

 なぜ、ナルトもいるのだろうか。サスケの頭の中は、疑問でいっぱいだ。
「……なぜ、ここにいる……ウスラトンカチ」
 息絶え絶えに話しかけると、弱っているサスケを見るや、ナルトはにんまりと笑う。そして、得意げに説明する。
「今日は休みだからよー。サスケ誘って、一楽行こうって、サクラちゃんと約束したんだってばよ。でもよ、お前んちドア開いてるし、サスケは寝込んでるし……」
 つまり、サスケを遊びに誘いに来たら、サスケが寝込んでいたので、看病することにした。ということのようだ。

 サスケが目を覚ましたのに気づき、サクラも台所から戻ってきた。サスケのエプロンを身に着け、短い髪を二つに結んでいる。
「気分はどう? あ、そうだ。エプロン、勝手に借りちゃったの。ごめんね」
 サクラの手に、お盆。その上には、サスケの家の質素な器が乗せられていた。
「……まだ、気持ち……悪ぃ」
 苦しそうなサスケを見たサクラ。彼女もまた、苦しそうに顔を歪めた。そして、サスケの近くに座り、お盆の上の器を持つ。

 サスケが目だけで覗き込むと、そこにはすり潰された林檎があった。幼き日の母と同じ、あの林檎だ。
 サクラが林檎をスプーンで救い、サスケの口元に近づける。食べろ、という指示だということは分かっている。だが、サスケは恥ずかしくて食べることができずにいた。サクラの後ろでは、「あー! サスケ、ずるいってばよぅ」とナルトが駄々をこね始めた。

「自分で、食う……」
 近づけられた、スプーンを持った手を、サスケが押し返す。だが、サクラは再び口元に近づける。
 サスケは僅かに躊躇い、仕方なく差し出されたスプーンを口の中に入れる。林檎の酸味と甘さが舌に溶け、幸せな気持ちになる。それ以上に、なんとも言えぬ恥ずかしさがサスケに襲い掛かる。
 一方、素直に食べてくれたサスケを見て、サクラは嬉しそうに微笑む。美しい、聖母のような微笑。

 ナルトは文句を言うのにも疲れ、座って黙り込んでいる。この状況で邪魔に入れば、きっとサクラにぶっ飛ばされると考えたからだろう。ナルトにしては、賢明な判断だ。
 林檎を全て食べさせた後、サクラはサスケの額に手を載せる。夢を見たときと同じ感覚――サスケは、すぐに分かった。やっぱり、あの手はサクラだったのだと。
「まだ、大分熱があるね……。今日は、わたしとナルトで泊り込みで看病するから!」
「泊まりっ……!?」
 サスケが、頬を赤く染めて驚く。ナルトはともかく、女の子が自分の家に泊まるのは、生まれて初めてのこと。

「わーい、サクラちゃんと泊まりだってばよー!」
「バカね、やましいこと考えるのはやめなさい!」
 もし、これがサクラ以外の女だったら――きっと、サスケは泊めることを拒むだろう。だが、サクラは特別だった。恋愛でも、友達でもない。母のような、不思議な感覚。
 なんだかんだいっても、ナルトもサスケを心配していて、サクラと一緒にサスケの寝室で寝るといった。「うつるからやめろ!」と言ったが、二人は一向に聞く耳を持たない。

 その夜、サクラの静かな寝息と、ナルトの五月蝿い鼾が寝室に響いた。サスケは、風邪の気持ち悪さのせいで、中々眠れずにいた。
「サスケ、く、ん……」
「サスケー」
 サスケはびっくりした。二人を見ると、まだ寝ているようだ。どうやら、寝言のようだ。
 これほどにまで温かい夜を、サスケは久々に感じた。
「……二人とも……ありがと、な」
 風邪もたまにはいいものだ。サスケは、心からそう感じた。














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