さ く ら
春の音。
流水の音、虫の声、森のざわめき。
桃色の髪の、揺れる音。
*-*-*
今日は、サスケとサクラの二人で任務を行っていた。ナルトとカカシは、人手が必要だという任務についていた。サスケは、どちらかといえば、カカシ側につきたかったのだが、そんなこと言ったらサクラが悲しむだろうと、渋々子守りの任務につくことになった。
依頼人は有名な名家で、内容は、他国の名家との対談の間、娘を預かっていてほしい。とのことだ。
娘の名前は、シオンと言った。紫の長い髪が印象的な、可愛い娘だった。
「わたしはサクラ。こっちはサスケくん。今日は一日よろしくね、シオンちゃん」
サクラの笑顔を見ると、緊張していたシオンの表情が僅かに緩んだ。サクラは、幼い子によく懐かれる。
シオンは、サクラ越しにサスケのことを見つめた。彼の表情が冷たいせいか、すぐにサクラの背に隠れた。サスケは、なんとなくそれが気に食わなかった。だから嫌だったんだ……苛々が募る。
サスケの苛々を感じ取ったのか、サクラは慌ててシオンに言い聞かせる。
「あのね、サスケくんは凄く怖そうな顔してるけどね……、そんなことないんだよ! すっごく優しいんだから」
お前にだっていつも冷たいのに、サスケの心の中はモヤモヤし始めた。仲間という立場に甘えた、曖昧な関係。サクラのことは嫌いなわけではないが、拒んでしまう自分。
そんなサスケを他所に、サクラはシオンの手を握った。シオンの大きな瞳が、サクラを見上げる。
「だいじょうぶだよ」
シオンの目線が、サスケに移る。
「……サスケおにいちゃん」
ゆっくりとシオンが名前を呼ぶ。ここまでサクラが安心させてくれたのに、それを台無しにするわけにはいかない。
「悪かったな、怖い顔で……」
「ぷっ」
サクラが吹き出した。嬉しそうに笑うサクラの頬は、ほんのりと赤く染まっている。サスケは、慌てて目を逸らした。
サクラが、目線を落とすと、そこにはシオンの笑顔があった。
「シオンちゃん、どっか行きたいところ、ある?」
「えーっと……」
*-*-*
シオンのリクエストで、桜の綺麗な森に行くことになった。
途中でシオンが欲しそうに見つめていた、花の髪飾りを買ってあげたとき、「いいね、家族水入らずかい?」店主のおじいさんに茶化された。どう考えても、サスケとサクラが夫婦のような年齢には見えないのだが……。そのおじいさんは、目が悪いことで有名だった。
例え任務で、見間違えでそんなことを言われたとしても、サクラにとってはとても嬉しい言葉だろう。案の定、サスケが横目で見ると、嬉しそうに顔を真っ赤にしていた。
その後、シオンを間に挟んで手をつないで森へと向かった。
「サスケおにいちゃーん!」
サクラと花の冠を作っていたシオンが、サスケに向かって手を振った。だいぶ慣れてきたようだ。
任務とはいえ、さすがに子供とニコニコしながら遊ぶのは己のプライドに反するため、サスケは二人から少し離れたところで座っている。
和やかな雰囲気が流れている。だが、サスケは普段通り周りに気をつけている。シオンは金持ちの一人娘、身代金目当てで彼女を狙っている輩は、たくさんいるだろう。シオン――そしてサクラを危ない目に合わさないようにと、警戒は怠らなかった。
だが、周りには気配もなく、ここは里の内部のため、サクラで捌ききれないほどの事件は起こらないだろう。サスケは、微笑みながら一息ついた。
「シオン。喉、渇いたか?」
長い時間遊んだシオンに、サスケが話しかける。アッ、と思ったシオンは、喉に触れた。喉の渇きも忘れるほど、夢中になっていたようだ。
「じゃあ、わたしお水買ってくる」
膝についた草を払い、サクラが歩き始める。サスケは、サクラの白い手首を掴んだ。
いきなり腕を掴まれたサクラは、バランスを崩した。サスケは、慌ててサクラを抱きとめる。サクラの真っ赤な顔を見た途端、サスケはなんだか恥ずかしくなって目線を逸らす。サクラを立たせると、
「俺が、……水、買ってくる……!」
「う、うん」
サスケは、走って丘を駆け下りた。
*-*-*
水と少量のお菓子を手に、サスケは二人のところへと足を進める。
先ほどのサクラの肩の感触を思い出したサスケは、慌てて首を振って掻き消した。
舞い落ちた桜の花びらが視界の隅に入り、サスケは顔を上げた。二人がどこにいるか探した。――だが、どこにもいない。
「……シオン? サクラ?」
名前を呼んだが、返事はない。サスケの脈が、早鐘のように鳴り始める。
どこか別の場所に行ったのだろうか……。いや、もしかしたら攫われたのかもしれない。人質はシオンで十分だ、サクラは殺されている可能性もあるかもしれない……!
嫌な想像ばかりが、頭の中を駆け巡る。
「シオン! サクラ!」
サスケは、徹底的に探し始めた。もし、何かあったら……、そう考えると、嫌な汗が湧き出る。
「シオン……! サクラッ」
サスケが叫んだとき、後ろから何か物音がした。驚いて振り返ると、そこには二人が仲良く寝ていた。
二人の体のあちこちには、桜の花弁がついていた。安心したサスケは、ため息をつく。自分らしくもないくらいに慌てていた、そう感じた。
ゆっくりと歩み寄り、寝ているサクラの隣に腰掛ける。
サクラが起きないように、そっと髪に触れた。甘くていい香りが広がり、サスケの鼻をくすぐる。
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