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 俺も今年で二十歳になる。
 周りの大人たちの視線が、「早く結婚しろ」とうるさい年頃になった。俺が里に戻ってきて、大分生活が安定してきたら、結局こうなってしまった。
 そもそも、恋人すらいない俺にどう結婚しろと言うんだ。と反論すれば、恐らくは全国から見合い相手を集めてくることだろう。

 上層部が動き始める前に、最愛の人と付き合って、結婚できればいいのだが……そんなこと、できることもなく。
「サスケくん?」
 首だけを右に向けると、大量の洗濯物を抱えたサクラが、心配そうにこちらを見つめている。
 いくら腕力が強いとはいえ、女にそんな大量の洗濯物を持たせるわけにはいかない。俺は立ち上がり、サクラの抱えている洗濯物を三分の二ほど奪い取る。
「何考えてたの?」
「別に」
 腕の中で山になっている洗濯物からは、太陽の日差しを受けたいい香りがする。
 俺とサクラは、別にやましい間柄でもない。ただ、サクラは毎日俺の世話をしにやってくる。別に、俺が頼んだわけでもない。
 そして、別に断ろうとも思わない。

 ナルトが、十九歳で火影の職についてからというもの、木の葉はより一層活発化したと思う。
 デスクワークの苦手なナルトだが、里の人々のことをよく考え、昔とは違って軽率な言動もしない。立派な忍になった。
 まだまだ、仲間内で集まると、ウスラトンカチらしい馬鹿な行動をすることも多々あるが――。

 おがげさまというか、なんというか。サクラと俺で過ごす時間は、今までの倍以上になった。
 もちろん、互いに忙しいわけでもあるし、下忍のときに比べれば、一緒に任務をこなすことも少なくなった。それでも、休日はだいたい一緒に過ごしている。
 二人きりで過ごすことも多いが、ナルトやカカシにも暇があれば、旧七班の面子で揃ったり、それに加えてサイやヤマトが一緒にいることもある。
 
 そんな中で過ごしているうちに、俺はあることに気づいた。
 きっと、俺はサクラのことが好きだ。
 昔のサクラから俺に対する好意とは違い、穏やかで僅かな想いではあるけれど、きっとサクラのことが好きなんだと思う。
 一方のサクラは、俺に対してアタックすることはなくなった。本当に大切な仲間、としか思っていないのだろう。
 昔拒絶し続けてきた女を、今更好きになるだなんて――つくづく、俺は皮肉なやつだ。

 ナルト、サスケ、サイの三人分の洗濯物を畳み終え、それぞれの服に分け、今日の洗濯は終わり。
 俺の家を使い、サクラは淡々と家事をこなす。これが、俺一人のためだけではないと思うと、腹の底に黒い感情が疼く。きっと、これが嫉妬なんだろう。

 そっと、桜色の髪を盗み見る。
 天照を得ることによって失った視力も、彼女の医術で大分見えるようになった。だが、まだ遠くのものはしっかりと見えない。
 別に、遠くのものも、人の表情も見れなくたっていい。ただ、俺は桜色の髪と翡翠の瞳さえ見れれば、視力なんて必要だと思わない。
「もうお昼ね。何か作ろうか?」
 サクラは、随分と長くなった髪を一つに結い、立ち上がってエプロンの皺を直す。それは、昔母が着ていたものだ。

「おにぎり」
「もうっ。サスケくん、そればっかなのね」
「……サクラの手料理なら、なんでもいい」
 ボソッ、と恥ずかしいことを呟いてみた。サクラは特に気にかける様子はなく、「じゃあ、勝手に作るわ」と笑みを零して台所へ向かう。
 昔のサクラだったら、今の台詞をどんなに喜んだことだろうか。
 ああ、クソッ。こんなの俺じゃねぇ。
 とか思いつつ、気がつけば心の中は桜色一色になる。俺も、人のこと言えないくらいにウスラトンカチだ。

  ---

「ところでサスケ。サクラとはどうなのか? んん?」
 サクラの師である元火影――五代目火影が、意味深な笑みを浮かべながら俺に問いかける。

 偶然、俺が阿呆面でサクラのことを見つめているところを目撃されてから、会うたびにこの質問をされる。そして、不幸なことに、今日も甘味処でお茶をしていた五代目に、偶然会ってしまった。
「なにもねぇよ」
「それが年上に対する言葉遣いか、馬鹿者」
「うるせぇ、この年増婆(トシマババア)」
 最後の言葉で怒りに触れたようで、サクラと同じように面積の広い額に、いくつもの血管を浮き上がらせる。
 サクラは最近、五代目に似てきたと誰もが口を揃えて言う。……こんな野蛮になられたら、俺は本当に困る。

 五代目は、最後のみたらし団子を頬張り、店主に金を投げつけた。めずらしく、しっかりと金を持っているようだ。
「お前たちの関係も、変なもんだな。あんなにお前のことを追っかけていたサクラが、急に冷めるなんて」
 すっかり冷え切ったお茶を啜り、五代目は僅かに顔を顰めた。生ぬるいお茶ほど不味いものはない。彼女を心の中で笑う。
「……俺が、それに値する行動をしてきたんだ。仕方がない」
「ほー。お前も随分と丸くなったものだな」
「恋をするくらい、な」
 力を求めていた頃を思い出す。決して後悔しているわけではない。だが、今が余りにも幸せすぎて、思い出すのは少しつらい気もする。
 
「お前が望むなら、サクラとの見合いを組んでやってもいいが?」
 数秒の間。
「いらねぇ」
「なんだ、その間は」
 五代目は空になった湯のみを置き、どこか雄雄し気な笑顔を見せる。
 見合いなんて組んで結婚なんてしたら、ナルトになんて言われるか……。

 俺は重いため息をついたのを見て、五代目は意地の悪い笑みを浮かべ、「冗談だ」と口角を上げる。
「サクラは愛娘のように大事な弟子だ。お見合い結婚なんて、断じて認めない」
 これは、本当の両親よりも大きな敵かもしれない。俺はくだらないことを考える。だが、事実だ。
「あんたがいるから、サクラに求婚するやつが少ないのかもな」
 立ち話に疲れ、五代目の隣に腰掛ける。
 艶やかな容姿は、今も昔も変わらない。実年齢の姿だったら、この人はどんな姿なのか――想像もつかないというより、極力したくない。
「ふん、どの口がそんなこと言えるのか?」
「そうだな」
 思わず苦笑いを零し、やはり敵わないと再確認する。

 空を仰ぐと、大きな鳥が二羽、円を描いて飛んでいる。自由の象徴のようなそれらは、なぜか眩しく見える。
「もう、過去にも縛られる必要なない。恋せよ少年、青春は呼んでも帰ってこないぞ?」
 さすがに、五代目火影を勤めただけあり、言葉に重みがある。ナルトも、いつかこんな風になのるかと思うと、なんとも言えない感情がこみ上げる。

 余談だが、俺はもう少年という年齢ではない。やはり、ものの捕らえ方は婆臭い。
 五代目は言葉だけ置いて行き、そのまま立ち去ってしまった。常に着ていた緑の羽織は、サクラに譲ってしまったため、後姿は少し寂しげに思える。
 甘味処の店内から、甘ったるい匂いが流れてくるが、俺は気にせずに座り続ける。

 恋愛なんてしたことがない。一体、何をどうすればいい? 俺の知っている恋愛なんて、過去のサクラの姿だけだ。
 終わりのない思考を、無駄に続ける。














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