夢のような



 木の葉の里に雪が降った。それは、非常にめずらしいことで、下手をすると”雪“という存在を見ぬままこの世を去る人もいるくらいだ。
 こんな日は、家の中でぬくぬくしたり、山中花屋で雑談をしながら時間を潰すのが一番だと思っていた。だが、そんなことを考えていた少女の行動は、思考とは相反するものだった。

 家のドアを開けて待っていたのは――白い頬を、僅かに紅潮させている少年だった。
「あー……。その、暇……か?」
 呼び鈴が鳴ったとき、ナルトが「サークラちゃん! 遊ぼうってばよ!」と誘いにきたのかと思っていた。余りの予想外の展開に、質問の意味を理解できない。

 中々答えを言わないサクラに、サスケは苛々しながら近寄る。
「もういい、お前の用事なんて知るか。来い!」
 乱暴にサクラの手首を掴み、白銀の世界へ連れ出す。サクラはぼんやりとした思考の中、駆け落ちをする二人の恋人を想像した。
 最初は緊張と興奮の余り、熱く感じていた体温が、外の寒い気温と風のせいで、寒さを感じ始める。

 握り締めていたサクラの手首が冷めていくのを感じたのか、サスケは足を止めて、自分のマフラーを外す。混乱中のサクラには、その行動の意味を理解できずにいた。
 サスケはマフラーをサクラに投げつけ、目で何かを訴える。
「え? マフラー……風邪ひいちゃうよ、サスケくん!」
「何寝ぼけたこと言ってんだ、このウスラトンカチ」
 冷たい言葉に、サクラは胸を痛めた。その言葉でようやく混乱が冷めたのか、彼の行動を意味を把握することができた。

 ――風邪ひかれたら困るから、それでもつけていろ。

 きっと、彼なりの優しさなのだろうと、サクラは理解することができた。
 言葉は冷たいが、それに秘められた意味は非常に温かい。サクラは、緊張しながらマフラーを巻く。ほんのりと、サスケの残り香と温もりを感じる。
「ありがとう」
 サクラがふんわりと微笑むと、サスケは目を背けた。
「別に……」
 それから、二人並んで歩いた。

 サクラが一方的に話しかけ、サスケは気が向くと短く返事をする。傍から見れば、可愛そうな女の子だ……と思われるかもしれないが、サクラにとって、今ほど幸せな時はない。



   ***



 サスケがつれてきたのは、木の葉の里で一番有名な甘味処である。
「あれ、サスケくん、ここ――」
 「サスケくんの嫌いな甘いものしかないんだよ」という言葉を続ける前に、サスケは無言で暖簾を潜ってしまった。サクラも、慌ててそれに続く。

 雪が降っているというのに、暖簾の奥は賑わっていた。熱燗を飲む大人や、一生懸命お汁粉を冷まそうとしている子供。サスケは、既に奥の席に座っていた。
 心の中で首を傾げつつ、サクラもサスケの前の席に座る。
「ねえ、どうしちゃったの、サスケくん? サスケくんからデートに誘うなんて……」
「ふ、深い意味はない……!」
 ”デート“という言葉を聞いて、否定したいのか、はたまた恥ずかしいのか、サスケは慌てて言った。
 とはいえ、サクラからしたら、これはデートである。普段は誘っても断るサスケが、なぜ自分から――しかも、自分の嫌いな場所へと連れて来たのか。

「早く選べ、誰かに見られたくない」
 てんぱりまくるサスケを見て、サクラは、くすくすと笑いながらメニューに目を通す。普段だったら白玉餡蜜(アンミツ)を頼むのだが――何せ、今日は雪が降っている。店内とはいえ、何か暖かいものを頼みたい。

 サクラは、ふとあるものに目がとまる。
 ”冬季限定、ホットチョコレートミルク“だ。サクラはこれするとサスケに告げる。サスケは快く承諾し、店の娘に声をかけ、注文した。
「メッセージはどうしますか?」
 娘は、営業スマイルで訊く。
「は?」
「では、こちらで勝手に書かせていただきます」
 理解できないまま、娘は店の奥へと去ってしまった。サスケが「ちょっと待て!」と呼び止めたが、何しろこの賑わい――娘の耳には届かなかったようだ。

 サクラは暇つぶしに、もう一度メニューを眺める。すると、ホットチョコレートミルクの下に、何か小さな注意書きのようなものが書かれている。
「……恋人限定。お好きなメッセージをミルクの表面に書いて、告白しましょう……?」
 サクラは、思わず声に出して読んでしまった。そして、ハッとして自分の口を両手で塞ぐ。

 だが、遅かった。サスケはしっかりとそれを聞いてしまったようで、驚いて目を白黒させていた。
「ご、ごめんね! 迷惑だよね、違うやつに変えてもらおうよ!」
 サクラが娘に声をかけようとしたが、人手不足のせいで、中々暇そうにしている人が見当たらない。
 そんなこんなで重い無言が続き、ついにホットチョコレートミルクが木製のお盆に乗って、二人の前に現れた。サクラは恐る恐るカップの中を覗いてみた。

 ――好きだ。

 その一言だけだったが、サクラは嬉しくて泣きそうになった。もちろん、これはサスケが頼んで書いてもらったわけでもないし、二人は付き合っているわけでもない。
 そんなサクラの気持ちを汲んだサスケは、否定するように言葉を発する。
「……この前、家で作って余ったって言って、もらった煮物――そのお礼だ」
 サスケが最初に言っていた「深い意味はない」という理由が分かった。サスケは意外と律儀で、ささやかなお礼を渡してくる。

 お礼でもよかった。サスケからもらえるものは、サクラにとって宝物だから。
「えへへ、今日、どこにも出かけてなくてよかった」
 サクラは、熱々のミルクを冷ます。自分の体内の熱も逃がすように、何度も息を吐く。
 そんなサクラを、サスケは何も言わずに見つめていた。














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