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そろそろ気づいて



「一ノ瀬さん……?」
「何でもありません。続けてください」

彼女とパートナーになって早数ヵ月。おかしいくらい、彼女に惹かれている。今まで恋なんてしたことがなかったのに。

バンっとノックなしにレコーディングルームの扉が開く。
そこにいたのは――。

「あっ、トキヤと七海じゃん!」
「一十木くん、こんにちは」
「音也……」

やたらと私たちに絡んでくる音也。どうやら音也は彼女を気に入ったらしく。
彼女は私のものではない。だけど、どうしようもなくイライラする。
私と七海くんを代わる代わる見て音也が一言。

「そーいや七海ってHAYATOのファンなんだっけ?」
「はい!HAYATO様はわたしの憧れですっ!」
「あはは、ホント七海ってHAYATOの話するときはイイ顔するよねー」
「そう…ですか?」
「うんうん!トキヤと一緒にいるときなんて難しい顔してるのに!」

難しい顔…?
私には普段と変わらないように見えていたが、他人から見るとどうかは判らない。

「あーあ、君が俺のパートナーだったら良かったのにな」
「音也…、あなたも練習があるのでしょう?こんなところで油を売っていていいのですか?」
「あっ、いけね!じゃあねートキヤ、七海!」

騒々しい音を立ててレコーディングルームから出ていく音也。
気にしなければいいのに、音也の言葉が引っ掛かる。

――『ホント七海ってHAYATOの話するときはイイ顔するよね』

気にしないなんて出来ない。だって私は彼女のことが好きだと気づいてしまったから。

何だかおかしい。
HAYATOが好きだと彼女に言われてから、私はHAYATOなのに――

HAYATOに嫉妬してる自分がいる。



一ノ瀬さんが熱を出した。同室の一十木くんが不在だから、なんてただの言い訳にすぎない。一ノ瀬さんのパートナーなんだからわたしが看病しないと。

一ノ瀬さんの熱い額に濡れタオルを置く。はやく熱が下がりますようにと祈りながら。

「……っ…」
「一ノ瀬さん?起こしちゃいましたか……?」
「春歌ちゃん……?」
「えっ…?HAYATO様……?」

一ノ瀬さんじゃ、ない?
一ノ瀬さんはわたしを名前で呼んだりしない。それに、一ノ瀬さんはこんな優しい声じゃない。

「はっ…HAYATO、様……?」
「やはり…HAYATOですか……」
「えっ…?一ノ瀬、さん……?」

次の瞬間、一ノ瀬さんにベッドへと引っ張られ、寝た状態で抱き締められる。
布越しに伝わってくる熱い体温。それに、荒い息。

「HAYATOのほうがいいのですか…?あなたは」
「えっ…?一ノ瀬さん……?」

さっきまでHAYATO様かと思ったら今度は一ノ瀬さん。
わけがわからず混乱する。この状況にも。



聞きたくなかった。
でも彼女は言った。確かに私をHAYATOと。

「一ノ瀬さんっ、変ですっ…!」
「そうですね、確かに私は変かもしれませんね。」

自分であるHAYATOに嫉妬しているなんて変である証拠だ。
彼女は何も悪くないのに。私の気持ちの整理がつかないだけなのに。

今ここに音也はいない。いないということは、彼女と二人きり。
思考が狂う。自分の意思とは裏腹に手が動く。

「っ…ぁ…ん、ダメです……!」
「へぇ。なかなか可愛い声出すんですね……」

彼女のカットソーの中にそっと手を入れ、下着を押し上げ胸に触れる。
軽く触れただけなのに固くなる胸の突起。そしてそれを摘まむとピクッとはねる彼女。

「っ…やぁっ…ん……」
「面白いくらい反応しますね。下、すごいことになってるんじゃないですか…?」

そう言って、下へ手を伸ばそうとすると小さな嗚咽が耳に入ってくる。
彼女の流す涙があまりに綺麗で純粋で。伸ばした手を引っ込めた。

「……七海くん、出ていってください」
「えっ……?」
「これ以上ここにいると私はあなたに何をするか分かりません」

失礼しました、そう小さく言い部屋を出ていく彼女。
言ってしまいたかった。私がHAYATOだと。だけど言えなかった。
HAYATOと言われたのが癪で、彼女に最低なことをした。

――すべてを熱のせいにしてやりすごせばいい。

自分の中で悪魔がこう囁く。
ハッキリしている意識の中で、次彼女に会ったとき、どう声を掛けようかなんて考えながら。


そろそろ気づいて
(あなたへの想いが止まらなくなるから)

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