※トキヤはもうすでに主人公に完全に惚れているという前提で読んでください。
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「あのさ、七海!この部屋入ってくるときさ、ノックとか要らないよ!」
音也がそう彼女に向けて言葉を発した。
私も同じ気持ちだったため、音也に同調する。
「そうですね。別にやましいことはしていないので、自由に出入りしてもらって構いませんよ」
私のパートナーである春歌。2人で曲を作る以上、話さなければ始まらない。
私の意見を聞きに、頻繁に寮の私たちの部屋に訪れる春歌に、私と音也は自由に出入りしてもらっていいと確かに言った。
――だけどこう言ったのを、後に後悔してしまう
*
HAYATOの新しい衣装が届いた。今は音也も出掛けているし、きらびやかな新しい衣装を試しに部屋で着てみる。
溜め息が自然と出てきた。
いつまで、HAYATOを演じなければならないのだろう。
鏡に映る自分を見ても、目をそらしたくなる一方で。
「おはやっほ〜…」
HAYATOお決まりの挨拶を鏡の自分に向かってする。だけど、その自分の顔に笑顔はない。
俯き、再び鏡で自分の顔を見る。
確かに、鏡越しに誰かと目が合った。
急いで振り返ると、そこには――…
「ははははははははHAYATO様…!?」
――春歌…!?
非常にまずい状況に陥った。もちろん、私がHAYATOであることを彼女は知らない。
本当のことを言いたいけれど、それは今の事務所を裏切ることになってしまう。
とっさに口から出た言葉は――…
「あっ、春歌ちゃんっ!トキヤなら今、外出中だニャっ!!」
――こんなバレバレの嘘が通るわけがない。
そう思っていた。
だけど思った以上に彼女は純粋だったようで――…。
「あっ、一ノ瀬さんは外出中なんですか!!すみません!…でででで出直してきます…!!」
本音を聞き出すために、HAYATOのフリをして彼女に会ったことはある。
だけどここまで純粋だと、何だか拍子抜けしてしまう。
「待って、春歌ちゃん!」
「なっ何ですか…?」
「お話しようよ!」
――何を言ってるんですか、私は…!!
HAYATOであるとバレないためには、今すぐ彼女をこの部屋から出す必要があった。
なのに、反対に引き止めてしまった自分がいる。
「トキヤ」と一緒にいる彼女は私の機嫌を窺っている様子なのに、「HAYATO」といる彼女は緊張しながらも自然体。
その彼女がもっと見たくて、引き止めてしまった。
「あっ、あの…。はっHAYATO様、今日お仕事は?」
「今日はオフなんだ〜。だからトキヤに会いに来たんだけどね〜!」
見るからに舞台衣装を着ているのに苦しい言い訳だっただろうか。
ヒヤヒヤしながら彼女を見ると――…
「HAYATO様はオフでもアイドルであることを忘れない服を選んでるんですね!さすがですっ!」
思わず柄にもなく、声を出して笑いそうになってしまう。
まさかここまで鈍感とは……。
何だか彼女を見てられなくて、視線を足もとに下ろした。
すると小さく息を洩らした瞬間、彼女の足がよろめく。
床に倒れそうになった彼女を間一髪、腕で受け止めた。
「春歌ちゃん!」
「あっ、すみません…。何だか寝不足で……」
「寝不足…?」
「はい…なかなか思う通りに曲が作れなくて…」
そう言って、私の方を見る彼女の目の下には、うっすらクマがあった。
1人で抱え込まずに、相談してくれれば良かったのに。
何も彼女にしてあげられない自分がもどかしかった。
こんな小さな身体で全てを抱え込んで――…。
そう思ったら止まらなくなって、無意識に強く春歌を抱きしめていた。
「はっ、HAYATO…様…?」
「…春歌ちゃん…。すき」
今まで押し殺していた「好き」という感情さえ抑えられなくて、思わず口から出た言葉。
――「トキヤ」なら拒まれるかもしれないけど、「HAYATO」なら大丈夫かもしれない
そんなずるいことを考えついて、そっと彼女の顔に自分の顔を近づける。
反射的に閉じる、彼女の瞳。
軽く重なる、唇。
――最低だ。
彼女が大ファンだというHAYATOであるということにつけこんで、想いを伝え、唇を重ねた。
――返事なんて聞きたくない。
だってそれは私に向けられたものではなく「HAYATO」に向けられた言葉なのだから。
「…HAYATO…様……」
真っ赤にしながら唇を押さえる彼女。
その目が見れなくて、HAYATOの衣装を着ているなんて関係なしに、走ってその場を立ち去った。
この嘘だらけの自分が、いつか本気で彼女と向き合える、その時を夢見ながら。
最初から嘘だった(出会った時から、嘘だらけで、)
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