死にたくなければ黙っとけ



「あっ…慧君……。」

「北森先生。顔色が悪いが大丈夫か?」


慧君の隣に那智君はいない。

それだけで、

ただそれだけで、安堵している自分がいる。


――言いたい。言いたい。

那智君にされたこと、全部慧君に言って――…


手のひらをそっと握りしめ、慧君の方を見る。


「北森先生?」

「慧君…あのねっ……」


――声が震える。

何でだろ……?

何で――…?


「北森先生、本当に大丈夫か……?」

「大丈夫……。ねぇ、慧君…那智君がっ……」

「な〜に?真奈美せんせい、おれのこと呼んだ〜?」


聞き慣れた那智君の"表"の声。

恐怖心から、どんどん上昇して行く心拍数。


「ねぇ、真奈美せんせい。おれ、せんせいに小論文の添削してもらおうと思ってたんだ〜。」

「えっ……?」

「ってことで兄さん。真奈美せんせい借りてくね〜。」


――ダメだよ、慧君……。

引き留めて、引き留めよ……。


そう願いながら、ずっと慧君の方を見ていると、引っ張られている腕に力が込められる。

那智君の方を見ると、不敵な笑みを浮かべていて――…。








「ね〜え、せんせい。さっきさ、慧に何言おうとした?」

「何って…べっ別に……。」

「……しらばっくれんなよ。おれのこと、言おうとしたんだろ?」


言い当てられて、上手い逃げ道が見つからずに黙り続ける。

すると那智君は、壁際に追いやってきて――…


「ねぇ、せんせい。慧ってさ、おれの大事な兄弟なんだよね〜。」

「うっ…うん……」

「だからさ……」


那智君がその先を言わず、重苦しい沈黙が続く。

すると、不意に私の耳元に口を近づけて囁く。





「……死にたくなければ黙っとけよ……。」





そう言って、那智君は私の首筋に吸い付く。

ツキンという鈍い痛み。

きっと、赤い痕が付いているだろう。


「じゃあね、真奈美せ〜んせい。」


高笑いと共に、那智君は私の前から去っていく。

他言無用。


逃げ道なんて、何処にもない。

ただ、それを悟るだけ――…。







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