「それじゃ行ってきますね」
「おう。荻原によろしくな、今度家連れてこいよ」
「いってらっしゃーい!」
玄関で黒子を見送ると、黄瀬と火神はリビングへ向かった。これから黒子は小学校以来の友人である荻原に逢うらしい。疎遠になっていたものの高一のウィンターカップ以後また連絡を取るようになり、年に数回は逢うようになっていた。時刻は昼過ぎだが二人で逢ってから昼食にするということで、せっかくの休みではあるものの今日は黄瀬と火神二人きりでの食事だった。
「火神っちこれ美味しいっスね、なんてやつ?」
「それか?クロックムッシュっていうんだよ、中身はチーズとハムだから単純だけどな」
「へー。名前まで詳しいんスね」
上に目玉焼き乗せるとクロックマダムって名前になるんだぜ、と食べながら豆知識を披露してくれる。一緒に暮らすようになって知ったのは、火神はいわゆる勉強やテストは苦手だけれども、料理だとか英語だとか、得意とするものに関しては飲み込みも早いし情報量が多い。興味のあることには自分から進んで知ろうとする姿勢もあった。
「火神っちのお弁当ランチに持っていきたいっス」
「機内食はなー。でも選べんだろ?」
「選ぶっていったってせいぜい二種類だし、機長が優先っスもん。俺はその余りっスよ」
バスケ部という縦社会で生きてきた黄瀬にとって、副機長としての暗黙の了解にさほど不満がある訳ではないし、そもそもフライト中は緊張状態が続くため食事を味わう余裕はあまりない。それでもこうして一緒に食事をしていると、これが常であってほしいという欲が出てしまうのは当然のことだった。火神が作る料理が美味しいというだけでなく、火神が作るものだから、自分のために作ってくれるから、という二つの理由がよりその価値を高めるのだった。
「あ。黄瀬、ちょっと動くなよ」
「ん?」
「ついてる」
素直に動かないままでいる黄瀬に身体を寄せると、ぺろりと火神の舌がその頬から舐め取る。一瞬のことにそのまま固まっていると、パンくずついてた、と言って気にした様子もなく火神はコーヒーを飲んだ。
けれど同時に、黄瀬の中にある欲が刺激されたのは確かだった。頬にはまだ舐められた感触が残っていて、それはいつもの行為を思い出させた。火神っちと最後にしたのいつだっけ、と思い巡らすと、つい数日前にしたばかりだという記憶よりも、昨夜聞こえた火神と黒子の行為が強く蘇った。耳に残る二人の声を思い返して、ぞく、と奥底で何かが疼くのが分かった。
「火神っち食べ終わった?」
「ん? ああ」
「それじゃあさ……」
手をついて火神にもたれ掛かると、眠くなったか?と気にした様子もなく言う。火神にその気はなかったのだろうが、煽られた黄瀬は生まれた衝動を抑えるつもりはなかった。そのまま身体に腕を絡めてゆっくりと口付ける。唇を重ねる直前、少し驚いたような火神の目が視界に入った。舌を自分のそれで絡め取る瞬間、ぴちゃ、と音がして、背筋がぞくぞくと期待に震えた。
「ねえ……、しようよ」
「片付けしねぇと」
「後で俺も手伝うから」
嘘だろ、と笑いながらの指摘を否定はしない。大抵行為の後には疲れて眠りに落ちてしまうからだ。そんな時も火神は先に起きて身体を拭いたり先に片付けておいてくれたりする。その優しさが嬉しいのも事実であり、けれど起きた時隣にいないのは少し寂しくもあった。そのまま眠って夜中、ふと目を覚ました瞬間に自分を抱いたまま寝ている火神を見つけると、なんだか得をしたような気分になって妙に嬉しくなっていた。
「部屋行くか?」
「ん、ここがいい」
だって火神っちの部屋は昨日黒子っちと使ってたし、と出かけた言葉を飲み込む。三人で暮らしてから頻繁に行われている行為は、頻度も相手も決まっている訳ではなく、火神と黒子、黄瀬と黒子、火神と黄瀬が求めるままに身体を重ねていた。どちらかで取り合うということはなく、自分以外の二人が行為をしていることに気付くと終わるまで静かにしている、というのが常だった。
欲を言えば、昨日は黄瀬にとって数日ぶりに帰ってきた家であり、どちらかと寝たいと思っていた。けれど夜遅く家に帰った黄瀬の耳に入ってきたのは二人の行為の音と声だった。風呂や片付けを済ませて火神の部屋を覗くと二人はすでに眠っていて、ドアの音に薄目を開けた火神がおかえり、と声を掛けた。黒子は黄瀬と同じで一度眠ると滅多なことで起きないため物音にも気付かないまま寝ていて、だから黄瀬は火神の隣に潜り込んで背中に抱きついたのだった。せめてその体温を感じたまま眠りたかった。すると火神が振り返って、抱きしめ返して口付けてくれた。それが大きかったのかもしれない、羨ましいと思う少しの気持ちは一晩経つとすっかり消えていて、包丁の音と共に目覚めると火神の姿はなく、代わりに黒子が黄瀬に寄り添って眠っていた。その額に口付けるとゆっくりと目を開けて、おはようございます、おかえりなさいと微笑んだ。そんな黒子が愛しくて、火神が起こしに来るまで二人で抱き合いながら喋っていたのだった。
愛情の等しさには代わりはなく、それでも昨日抱かれなかったことの心残りと、今火神に抱かれたいと思っているのは事実だった。
「っん、……ふ」
絡め合う舌は互いに熱を帯びていて、思わずくぐもった声が漏れる。キスを交わしながら待ちきれずに火神のシャツに手を掛けて脱がしていく。黄瀬の手をきっかけに自分から脱ぎ捨てると、火神が黄瀬のシャツをめくってその肌に舌を這わせた。
「あ、……っぁ、あ、っ……!」
啄むように優しかったそれは首筋に近付くにつれて吸う力が強くなり、やがて黄瀬の乳首を口に含むと舌で転がし始めた。途端に高い声が上がったのを確認すると服を脱がせ、首筋に噛みつくように口付け始めた。
「っん、ぁ、……したも、さわって……」
火神の腰を両足で挟んで擦り寄せる。デニムの上からでも分かるくらいに黄瀬のものは勃っていて、少しでも刺激を与えなければもどかしくておかしくなりそうだった。いつもより興奮しているのが自分でも分かった。火神の手が股間に触れただけでさらに大きくなる。ゆっくりと撫でられるとその力の弱さに黄瀬の腰が揺れた。
「っは、……ぁ、ん、っ……」
脱がすぞ、と呟くくらいの小さな声が聞こえて、ジッパーを下ろしてデニムが下げられた。リビングの床に投げ捨てると火神も自分でデニムを脱ぎ、ラグの上で荒く息をついて横たわる黄瀬に覆い被さる。つう、と下着の上から指先でその性器をなぞると、クチュ、と小さな音が響いた。
「ぁっ、あ、……っ」
や、と続いたその声は決して嫌という意味ではなく、その先を待ち望んでいると分かるからこそ火神は薄く笑った。黄瀬の性器ははっきりと形が分かるほどでその頭は下着からはみ出ており、その先端を火神が指先で擦るとじわじわとカウパー液が滲んでいく。やがてそれは性器を伝って下着に染みを作った。火神が下着を脱がそうと片手で外しながらもう片方で黄瀬の性器を押さえた瞬間、直接触れられた刺激に、黄瀬があ、と大きな声を上げた。
「あっ、あ、……っ」
勢いよく精子が飛び、身体を起こしていた黄瀬の顔と身体に跳ねて白い跡を残していった。いつもは触れただけでこんなに早く達することはない。黄瀬の性器は出したばかりなのにまだ硬さを帯びたままで、火神が握ってゆるく上下に動かすと精子が絡んでクチュクチュと水音が立ち、やあ、と黄瀬は甘ったるい声を上げた。言葉とは裏腹に目は潤んで口元は笑っていて、再び性器は大きくなっていく。やっぱり昨日したかったのかと火神は記憶を巡らせた。昨晩黒子との行為の最中、玄関のドアが開く音が聞こえた。すぐに火神の部屋のドアが小さく開いて光が差し込んだかと思うと、やがて閉められて遠ざかる足音が聞こえた。黄瀬が帰ってきた瞬間に出迎えられなかったことを悔やみながら、キスをねだる黒子に口付けていた。仕方のないことだと分かっていても、お帰りと言ってやりたいと思っていた。
「火神っち、ちょうだい、……っ」
首に腕を回して黄瀬が口付けてくる。黒子同様に黄瀬もねだるのが上手だった。揺れる腰が押し付けられ、先ほどの精子が二人の身体を汚していく。絡んだ舌が火神の上顎をくすぐる。組み敷いた体勢で正常位でいいか、と火神が尋ねると、扇情的な目付きのまま黄瀬は押し黙った。
「黄瀬?」
「……昨日黒子っちとはどんな体位だったの」
「………バックと、正常位だけど」
「じゃあ、違うやつがいい」
火神は拗ねたような物言いに苦笑すると、じゃあ上乗るか、と声を掛けた。途端に嬉しそうに黄瀬は笑うと、火神に口付けたまま勢いよく押し倒してくる。腰を打ちそうになって腕で押さえると、愛情のままに口付けを落としてくる黄瀬に犬みてぇだな、と心の中で小さく笑う。火神の上に股がった黄瀬は、差し出された指を黙って口に含んだ。まるで性器のように、愛しいもののように唾液を絡めて舐めていく。火神に抱きつく形で馬乗りになっている黄瀬の腰を浮かせて、後孔に指を宛てがいゆっくりと入れていく。幾度となくほぐされたそこはいとも簡単に、けれど締め付けながら飲み込んでいった。
「っん、ぁ、あ……っ」
黄瀬の内壁を指先で擦るように動かしてやると、強く目を閉じてその快感に身を委ねる。前立腺の辺りを刺激すると、だめ、と小さく漏らすように訴えてきた。いつしか溢れていた先走りが黄瀬の性器を伝い、火神の手を濡らしていく。興奮しているのが見て取れた。
「火神っちの、いれて、……っ」
「分かったから」
とは言え火神のものもすでにそそり立っていて、今すぐにでも挿れたいと思っていた。了承のしるしに頭を撫でるとまた嬉しそうに笑い、火神の性器を愛おしむようにひと舐めすると、自分で宛てがってゆっくりと腰を沈めていく。あ、あ、と声を漏らしながら。違うのは、黒子は感じることが恥ずかしいというかのように目を閉じて挿入するが、黄瀬はそれとは正反対に、入り込む僅かな痛みに時折顔を歪めながらも、気持ちよくてたまらないというかのように妖艶な笑みを浮かべながら性器を飲み込んでいくところだった。ぜんぶはいった、と微笑んで言うと、ゆっくりと腰を自分で動かしていく。
「っん、ぁ、あっ」
自分の好きなところが判っているようで、ずちゅ、ずちゅ、と水音を響かせながらその声はやがて大きくなっていく。少しだけ起き上がって見てみると、結合部から自分のものが黄瀬の穴を出し入れしている様子が見えて、その妙な興奮に火神は射精感が高まるのが分かった。
「っ黄瀬、」
「っん、ぅ、……っあ!ぁ、ぁ、……っ、」
火神が腕を伸ばすと倒れ込んで口付けてくる。そのまま抱きしめて突き上げると、その声はひときわ高いものになった。
「黄瀬、俺もう、……っ」
「……ダメっスよ、まだイっちゃ、……っ」
そう言いながらも黄瀬の性器からは先走りが止まらずに溢れ、伝って火神の腹に垂れている。黄瀬のものに指を絡めると突き上げる動きに合わせてぐちゃぐちゃと音がして、甘く切なげな声を漏らす。火神が身体を起こして繋がったままに黄瀬を抱きしめる。密着して抱き合ったままでいられるのが嬉しくて好きな体位だった。突き上げに体勢を崩して火神の肩に倒れ込んできた黄瀬の耳元で、一緒にイこうぜ、と囁くと、うん、と泣きそうな声で返事をして、黄瀬が腕を絡めてしがみついてきた。
「っあ、俺、も、……っぁ、……あ、……っ!」
「っ、く……」
黄瀬の精子が勢いよく飛び、互いの身体に散っていった。射精した後も貪るように火神に口付ける黄瀬の頭を優しく撫でる。やがて唇が離されると、だいすき、と黄瀬が小さく呟いた。返事をする代わりに、今度は火神から唇を重ねた。
黄瀬くん、と呼ぶ声が聞こえた。それは愛しい彼の声だった。
「……黒子っち」
「すみません、起こすつもりはなかったんですが」
すぐそばに黒子が座り、黄瀬の髪を撫でていた。微笑むとかがみ込んで、黄瀬の頬に口付けを落とす。まるでいつもとは逆の光景だった。
「もう少し寝てて大丈夫ですよ」
「んー、起き……起きる……」
ふにゃふにゃと力の入らない身体と声に黒子は笑みを浮かべる。いつの間にか火神が服を着せてくれたようだった。キッチンへ顔を向けると、エプロンをつけた火神がフライパンを片手に何か作っている。
「黒子っち、こっち」
「はい」
身体を屈めて隣に横になった黒子を抱き寄せる。ん、と小さく身じろぎすると、場所が定まったのか黄瀬の腕にすっぽりと収まって、安堵するかのように深呼吸した。
「黄瀬くん、すみません」
「うん?」
「昨日、せっかく君が帰ってくる夜だったのに」
申し訳なさそうに黒子が呟く。その頭を撫でると気持ち良さそうに目を細めた。いいんスよ、と口にしながら抱きしめると黒子の腕が背中に回された。黄瀬くん、僕も、と言う呟きにその顔を覗き込む。
「……君としたいです」
「うん。俺も」
恥ずかしいのかすぐに下を向いて顔を隠そうとする黒子の顔を、盗み見ようと角度を変えて動いていると、あれ、という火神の声が聞こえた。
「黄瀬、起きたのか」
「火神っち。服とかありがとう」
「身体平気か?」
「うん。……あれ?なんかいい匂い」
「ホットケーキですね」
言いながら黒子が顔を上げる。その表情はいつもの黒子のものに戻っていて、やや期待するような目付きをしていた。火神が手にした皿には分厚いホットケーキが数枚重ねられていて、片手にはメープルシロップを持っている。黒子を抱いたまま身体を起こして、パンケーキとホットケーキって何が違うんスか、と黄瀬が尋ねる。パンケーキのが薄いよな、と皿を並べながら火神が答え、家で作るのはホットケーキな気がします、と黒子が言った。丁寧に切り分けると用意していたボウルから生クリームを乗せ、ほら、と火神が声を掛けた。
「食べよーぜ」
「美味しそうっスねー!」
「豪華ですね」
お揃いのプレートにマグカップ、そんな些細なものにさえ愛しさを感じるのはきっと。三人囲んだテーブルは昼間よりも狭くて、けれど今の方がより幸せに思えた。
「いただきまーす!」
黄瀬の明るい声と共に二人の声が重なる。嬉しそうにフォークを運ぶ黄瀬の姿に、その様子を眺めながら黒子と火神が目配せをして微笑んだ。
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20170828