ドアノブに手をかけると、中から聞こえてきたのは女の子の声だった。もう一度プレートを見直す。放送室、合っている。
急用ができたからと週番の代理を頼まれていたのが昼休みのこと。部活が終わって、急ぐ彼を見送って、下校時刻を告げる校内放送も先ほど流れて。もう終わった頃だろうかと、放送室まで迎えに来たのだ。
握ったそれを回してドアを開けると、見えたのは火神くんの他にもう一人いた。こちらを見て、黒子、と声を上げた火神くんと一緒に振り向いたのは、確か同じクラスの女の子だ。名前は、と頭の中で考えていると、じゃあね、と手を振りながら横をすり抜けていった。
「…楽しそうですね」
「あ?余ったからってくれたんだよ」
見ると、彼の手元にはラッピングの包み。ピンクのリボン、透明な包みの中に見えるのはクッキーだろうか。
「良かったですね」
「おー、ちょうど腹減ってたから」
モテて良かったですねって意味ですよ、と厭味を込めて言ってみると、は?と不思議そうな声を上げて首を傾げた。
「お前何言ってんの?」
「あの子、わざわざ会いにここまで来たんじゃないですか」
もう去ってしまった彼女に特別な感情があるかは分からない、でも。お菓子を渡す光景がまざまざと浮かぶ。きっとあれが本来あるべきものなんだろう。同じ役を僕が演じることは決して出来ない。
そう思いながら眺めていると、ふいに顔を覗き込まれた。
「どうした?」
「何でもないです」
「食いたいならお前にも分けてやるから」
「…別にいいです」
どこまで鈍いんだろうこの人は、彼に向けて愛情が向けられているかいないか、そんなことを考えることさえ嫌気がさしているのに、僕は。帰ります、と聞こえないように呟いた言葉は彼の耳に届いたのか、部屋を出ようとした腕が後ろから掴まれた。
「離してください」
「嫌だ」
腕を掴む力は強くて、無理やり離そうとすればぎりぎりと痛む。振りほどこうと振り返った瞬間腕を引かれて、そのまま身体ごと抱きしめられた。
「離してくださ、…っ、ん、」
唇が重ねられる、顔を背けようにも顔を掴まれていて動かせない。滑り込んできた舌に頭がぼうっとする。どうにか意識を保とうと離れようと背中を拳で叩くと、ゆっくりと身体が離された。
「…学校ですよ、やめてください」
「して欲しいって言ってる」
「言ってません、」
「言ってる」
「言ってな、……っ、ん、」
反論しようとするとまた塞がれて。歯列をなぞられて、舌を絡め取られて、思わず漏れてしまった声に。両腕で思いきり身体を押しやると、どうにか唇が離された。
「…何お前、妬いてんの?」
「違います」
「別に告白された訳でもねぇだろ」
「…そうですけど」
覗き込んでくるその目と視線を合わせたくなくて横を向いていると、口付けられた。半ば強制的に視界に入ったその顔は。
「…なんで笑ってるんですか?」
「お前も嫉妬とかするんだなと思って」
「違いますってば、…っ」
また唇が塞がれる。微かに笑いながらというのが悔しくて、滑り込んできた舌先を小さく噛んでやったけれど、また笑ったのが分かった。
「…っん、……ふ」
角度を変えながら口付けられて、時折絡んだ舌が水音を立てる。彼の手が隙間から滑り込んでいたことに、触れられるまで気付かずに。
「っ、ぁ…!」
下着越しにゆるゆると扱かれて、逃げようとした腰が瞬間的に押さえ付けられた。隙間から滑り込んだ指が先端に触れた瞬間、ぬるりと指が滑った。
「っゃ、触っちゃ、っぁ、…!」
顔を背けると顎を掴まれてまた口付けられて、逃げようとした身体は壁に押し付けられて逃げられない。掴まれた手首が熱い。
「っや、駄目、…っ」
「お前これどうすんの」
ゆるゆると扱かれて質量が増していくのが分かる。先走りが自身を濡らす感触に、同時にそれを掬う指。
「っぁ、…あっ」
小さく音を立てながら指が潜り込む、入り口の浅いところを擦られてぞくりとして。後ろ手をついた壁が音を立てた。
「っん、ん、……っ」
掬っては塗り込んで、を繰り返して、ほぐれた後孔からはぐちゅぐちゅと音がする。どん、と壁に強く押し付けられたと思うと片足が持ち上げられて、スラックスが引き抜かれた。見上げた瞬間もう片足も抱えられて、壁を背にして抱き抱えられる形になって。
「入れんぞ」
「待っ、…っぁ、あ、あ…っ」
当てがわれて、ずぶずぶと音を立てながら下から潜り込んでくる。柔らかくなった後孔が飲み込んでいく。恐らく防音であろう部屋、それでもいつ誰が入ってくるかは分からない。
「っん、あ、っぁ…」
腰が押し進められるにつれて、圧迫感が増していく。塗り付けられたカウパー液が潤滑油になって、それでも飲み込む質量の多さに内壁が擦れて音を立てる。全部入りきった瞬間、下から突き上げられて。
「やっぁ、…っあ、ぁ…!」
ずり落ちそうになって瞬間的に抱き着く。身体を支えているのは壁と火神くんだけで。
「っあ、ぁ、っぁ…」
彼のものでいっぱいになって、思考も埋め尽くされていく。彼も同じだろうか。彼もそうあってほしい、埋め尽くしたい、僕のことで。思考も身体も。独占したいと思うどす黒い気持ちが感情を占める、醜さに嫌気がさすくらい。
「んっ、ぁ、あぁ…っ」
打ち付ける腰に声が揺れる。時折合う目線のこの表情ひとつだって誰にも渡したくない、お菓子を渡しに来た女の子が脳裏をよぎる。いっそのこと彼女に見られてしまえばいい、行為をしていると分かるこの光景を。彼が僕のものだと見せつけるくらいに、
「き、もちいい、ですか、」
「っ、…ああ」
結合部からぐちゃぐちゃと音がする。僕が感じている音、彼が欲情してくれている証拠。
「っぁ、ん…っ、…ふ、」
エゴだと言われたって構わない。僕だけを見て欲しい、その感情だって当然のことだと思えるのは、求めてしがみつくと抱き留めてくれるから、首を引き寄せれば口付けてくれるから。
「あ、ぁ、…い、くっ……!」
「っん、……っ」
果てる瞬間抱きしめる力が強くなって、それは彼なりの愛情なんじゃないかと頭の片隅で思いながら。注ぎ込まれた彼のものの熱さに、絡めたままの身体の熱さに頭が真っ白になった。
「…女の子のところ、行っちゃ嫌です」
「行かねーよ」
「僕クッキーとか作れませんから」
「知ってるよ」
「余ったって言って渡すことも出来ませんから」
「わーってるよ」
頭をぽんぽんと叩く手は、そのまま何も言わずにいると、やがてゆっくりと撫で始めた。
「お前んとこ以外には行かねーよ」
「…言いましたね」
「?言った」
「じゃあもう二度と女の子と喋りませんね」
「…え?」
「プリント渡すのだって駄目ですよ、受け取る場合は僕がやります」
「いや、無理だろそんな…」
「大丈夫です、あ、カントクは例外ですよ。部活に支障が出ますから」
「…女と関わるなってことか?」
「そういうことです」
「……お前そんな独占欲強い奴だったの?」
「こんな僕を選んだのは君でしょう?」
そう言って首を傾げるとまた抱きしめられて、小さく溜息をつきながら。そうだよ、と言って。
「僕自身が変わるつもりはありませんから」
「はいはい」
腕の中でのやり取りは全て笑いながら返ってきて。
今日笑いすぎじゃないですか、そう尋ねながらぶつけようとしていた不満は。
喜んでんだよ、と返ってきた答えによって、かき消された。
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黒子が嫉妬して、でも甘く終わる火黒、とリクエスト頂きました。
実は嫉妬深い黒子と、それを嬉しく思う火神だといいと思います。
星花様、素敵なリクエストをありがとうございました!
20121027