!同棲設定






薄く微笑んで、そっか、と呟いた、その横顔は寂しげで。
だから僕は、もう一度繰り返した。



「そんな顔しても無駄ですよ」

「つれないっスねもー!黒子っち!」


鍋を両手にテーブルに向かう数メートル、その間にも後ろから彼の両腕が巻き付いて、ずるずるともたれ掛かったまま着いてくる。

後ろから抱き着いてくる身体の重みによろけて、手にした鍋がぐらりと揺れて。スープが零れそうになって、傾いたそれを水平に戻す。夕飯抜きですよ、と呟くと、慌てたように腕を放した。


「いつ見てもいいっスねー、黒子っちの手料理」

「鍋は料理って言うほどじゃないですよ」


そんなことないっス、笑いながら野菜を口に運ぶ動作さえもどこか綺麗で。仕事上スタイルを気にかけているのか、引き締まっていて無駄がない。筋肉がつきにくい自分にしてみれば、適度についた二の腕が羨ましい。そう思って眺めていると目が合った。


「なんスか」

「いえ、綺麗な身体をしてるなと」

「黒子っち誘ってるの?」

「誘ってません」


空になったグラスに水を注ぐ。黄瀬くんのも注ぎますか、と尋ねると、ありがとう、と言って渡されて。そんな短い間にも黒子っち優しいだとか可愛いだとか。身に余る賞賛は絶え間なく続く。

以前、好きだ好きだと言いすぎじゃないかと指摘したことがある、そうしたら、ただ溢れるだけだと彼は答えた。気持ちがいっぱいになって勝手に口から出てくるんス、と。グラスを手渡すとありがとうと言って笑う、今みたいな顔をして。


「ね、駄目っスか?」

「何がですか」

「だからお風呂!今日一緒に!」


眉を潜めると、向かいの彼の眉は反比例するかのように悲しげに下がった。懇願するような表情を浮かべて。


「一緒に入る意味が分かりませんよ」

「たまにはいいじゃないっスか!」


騒ぐ彼を無視して空いた食器を片付ける。一緒に棲むようになって三ヶ月、新鮮だった感覚は段々と薄れて。一人じゃ広いからと同棲のきっかけになったこの部屋も、今ではもう狭くすら感じる。ああでも、それは彼が必要以上に動き回るからかもしれない。

お風呂なんて二人で入る意味が分からない、さして広くもない浴槽に男二人で入る意味がどこに。そう思いながら空いた食器を持って立ち上がる。キッチンに向かっていると、持つっスよ、という声と一緒に斜め後ろから腕が伸びて。左手の重みが消えた。


「自分で持てますよ」

「俺が持ってくっスよ」


いいんです、いや俺が、と取り合いを繰り返すうちにキッチンに着いて。彼といると片付け一つでさえ騒ぎになる、見上げるとなぜか嬉しそうに笑っていて。


「…何笑ってるんですか?」

「いや、幸せだなと思って」


理由を聞いたらまた賛辞が飛び出すんだろうと思ったから聞かずに黙っておいた。すると今度は食器を洗い始めて。食器洗いは日替わりで交替と決めているから、これにも何も言わずにいた。


「どうスか、俺の家庭的な一面は」

「…まあ、意外でした」


ろくに手伝わないのかと思いきや、家事には協力的で。最近は前よりも積極的になっていて、やりくりをしようとスーパーのチラシと睨めっこしているのを見たことがある。

これで火神っちみたいに料理が出来ればな、一人呟きながらスポンジの水気を切って。それは無理でしょうと言いながら隣で食器を拭き始める。


「黒子っち」

「は、……」


呼ばれた声の方向を向いた瞬間、触れるだけのキス。数歩離れていた距離はいつの間にかなくなっていて、また唇が重ねられて。

互いに食器を手にしたまま。出しっぱなしのお湯の音だけが響いて、しばらくして唇が離れた。


「…突然どうしたんですか」

「んー、近くにいたから」


キスくらいいつだって出来るのに。そう思ったけれど黙っていた。俺、こういう何でもない時間が大好きなんスわ、と言いながら。また嬉しそうに笑うから。


「だからダメ?お風呂」

「……それじゃ、明日の夕飯の支度してくれたら」

「任せて!それじゃ俺待ってるっスから!先にあっちで!」


黄瀬くん、と止める間もなく出て行って。よく考えたら自分以上に料理のできない彼に、夕飯の支度を交換条件にするのは間違いだったかもしれない。けれど言い出したのは自分だったしあんなに喜んでいたから。溜息をつきながら食器をしまった。



「お待たせしました、黄瀬く…」

やけに静かだと思ったら、浴槽にもたれて眠っていて。黄瀬くん、と呼びかけても目を覚まさない。のぼせますよ、と揺らしても起きる気配は全くない、睫毛が揺れて、ん、と小さく呟いたけれど、またそのまま寝息を立て始めて。仕方がないからとりあえずお湯に浸かることにした。

疲れているんだろう、バスケと仕事の両立と。彼が手を抜かない真面目な性格だということは誰よりも知っている。

いつも屈託なく笑っておどけてみせて。きっとそれは仕事場でも、大学の部活でも。



「…頑張ってるの、知ってますよ」


髪を撫でる。柔らかくて明るい色。

もし、こうしていられるのが僕の隣だけなんだったら。撫でていた手を止めて除き込む。いつも同じ言葉を、可愛い、好き、と繰り返し紡ぐ口。斜め下から覗き込んで、そっと口付けて。

本当はとても嬉しくて。こうして一緒に過ごせて、帰ったら笑って抱きしめてくれて、ご飯を美味しいと言って笑って、そんな些細なことでさえ。



「幸せですよ、僕も」


きっとそれは彼だから。





「…ほんとに?」

突然目が開かれて、言葉を発した。


「、わ」


思わず引いた腰に湯舟が揺れて、溢れたお湯がざぶりと浴槽の外へ流れていった。


「いつから起きてたんですか」

「んー、髪撫でられたくらい」


随分と前のことだ、ということはさっきの言葉も聞かれて。恥ずかしくて浴槽から出ようと手をかけると、伸びた腕に掴まれて引き寄せられた。


「逃げちゃ駄目」


その動きにまたお湯は溢れて。
文句を言うことは叶わなかった、




「ありがとう。大好き」


耳元で囁くから。こうしたら動けなくなることを知っていて彼は。
動くつもりだって本当はない、僕は。

滑り込む舌に反抗する術はない。身体が暑いのは室温のせいだけじゃない、



「っん、…」

「ここでしていい?」


湯気に、絶え間無く重ねられるキスに酸欠になったみたいに、世界は薄くぼんやりと廻って。
嫌です、とどうにか呟くと。分かった、と小さく返事が聞こえて次の瞬間、水しぶきと共に勢いよく広がる視界。見ると腕に抱き抱えられていた。


「じゃあベッド行こ、身体はあっちで拭いてあげる。ね」


歩く度に床が濡れていくのを彼の首に掴まりながら横目で見て、身体拭く必要あるんですか、と尋ねると、そっか、と呟いて。


「むしろまたお風呂入らなきゃ駄目っスね」

「…ですよ」


見上げると視線がぶつかって、互いに笑って。

また口付けが落ちてきた。





















*******
同棲でいちゃいちゃしている黄黒とリクエスト頂きました。


家の中でもずっと黒子にくっついている黄瀬と、呆れた顔をしながらもそのままでいる黒子だといいと思います。


ゆきみ様、素敵なリクエストをありがとうございました!


20120926
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