緑間の一日は朝6時に始まる。
目覚ましが鳴るのと同時にスイッチを止め、躊躇うことなく布団から身体を起こす。この習慣はいつからだったか。
カーテンを開けると眩しい光が差し込む。開けた窓からは蒸し暑い風が入り込んできた。廊下に出ると音はなく、まだ家人たちは眠りについているらしい。階段を下りる音が静かに響く。

家人たち、と称した自分を心の中で小さく笑う。かつてチームメイトであり、一度は互いに距離を置き、また集い。やがてそれは良きライバルであり友人という形になり、そして今は。

「おはよう、緑間」

「…赤司か。早いな」

声に顔を上げると、グラスを片手にキッチンから姿を現した人物。赤司だ。喉が乾いて目が覚めてねと話しながら飲み干すと、この時間でも暑い時期になったんだな、と続ける。

「今日は何限からだ?」

「二限からだよ。まあ二度寝してもいいんだが、そんな気分にはならなくてね」

「コーヒーを淹れるが飲むか?」

「ありがとう、頂くよ」

コーヒーメーカーに水と豆を入れてセットすると同時に携帯が鳴った。高尾から連絡が入っている。こんな時間に珍しいと思いながら開くと、朝からやけに高いテンションの文面が飛び込んできた。
『真ちゃん朝からビックリしたー?したっしょ?ちょっと聞きたいことあってさ、去年真ちゃんが取ってた教養の生物学俺も取ってて、その課題のことで聞きたいことあるんだけど今日どっかで会えない?ついでに昼飯食おーぜ!夜でもいいけど』

読み返すだけでまるですぐ傍で高尾が喋っているような文章だった。夜か、と思いながら冷蔵庫に掛けてあるカレンダーを眺める。スペースぎゅうぎゅうに色とりどりのペンで書き込まれており、今日の日付の欄には緑色で"買い出し"、その下に黄色で"カレー"と書いてあった。それぞれが違う色でスケジュールや決定事項を書く決まりになっていて、買い出しと書いたのは緑間だった。

『夜は無理だが昼なら空いているのだよ』と返信を打っていると、抽出完了を告げる電子音が鳴った。もう一つマグカップを用意していると、また高尾からの返信が届いた。早い。食堂に席を取っておくという内容を確認すると、携帯をしまってコーヒーメーカーに向き合った。

「待たせたな」

「いや。良い香りだ」

ソファに座る赤司にマグカップを手渡すとテレビの電源を入れる。鈍い音を立てておは朝が映し出された。番組の中で時間をおいて二回放送される占いは、一回目がちょうど流されるところだった。

『今日の3位はかに座!友人の頼み事を聞いてあげると今まで以上に友情が深まりそう。ラッキーアイテムはコーンスープ!』

赤司は特に興味もなさげに眺めている。自分の星座の順位は気に留めた様子もなく、コーンスープか、と呟いた。今日の昼食は決まったなと言う赤司に、食堂にコーンスープがあったかどうか考えを巡らせながら、持ち運ぶだけでもいいのだよと緑間が返す。


「おはよーっス!」

「おはようございます」

一人で数人分の賑やかさを持つ明るい声と、正反対に落ち着いた静かな声。黄瀬と黒子が揃って現れる。

「おはよう、二人とも」

「今日は授業だったか?」

「俺たち一限からっスよ。イギリス文学史」

一限からって電車ラッシュだから辛いんスよねえ、とうんざりした様子で黄瀬がコーヒーを注ぐ。この住まいはそれぞれの大学からの中間地点に当たる場所にあるが、黄瀬と黒子、赤司と緑間は同じ大学だった。黄瀬と黒子に至っては学科まで同じである。進路の時期になり黒子が私立大文学部の推薦入学を決めたと知った黄瀬が、わざわざ同じ大学を受験したのだった。ちなみに高尾も緑間や赤司と同じ国立大学に通っているが、学部は全員違う。ただ先ほどのように高尾が頻繁に連絡をしてくるものだから、ほぼ毎日学内外で顔を合わせていた。

「二限空くけど黒子っちどうする?」

「図書館に行こうかと。取り寄せていた本が入ったそうなので」

じゃあ俺も、とはしゃぐ黄瀬を見て赤司が薄く微笑む。相変わらずだとでも言うかのように。時間割までほぼ同じなんですよ、と入学時話していた黒子は今それが当たり前になったようで、空き時間も一緒にいようとする黄瀬を邪険にすることなく一緒に過ごしているようだった。

「はよー」

「青峰くん。珍しいですね」

「今日のは落とすと終わんだよ。緑間、メシ」

「用意しているのだよ」

タンクトップに半ズボンで、今この場にいる誰よりも涼しげな格好をしながら青峰があちーと手で扇ぐ。冷房つけてるっスよ?と黄瀬が不思議そうな顔で尋ねると、いつの間にか夜中にクーラー切れてて朝めちゃくちゃ暑いんだよ、と青峰が噛みつく。何を隠そう、一晩中冷房をつけていようとする青峰の部屋に侵入し、寝ている青峰を横目にタイマーをセットして立ち去っているのは緑間だった。そもそもこの家は赤司が自由に使っていいと明け渡してくれた一軒家であり、家賃を払う必要はない。それでも光熱費は自腹であるから、夏場に6人が自由に使う電気代ほど恐ろしいものはなかった。おそらくこの家でそういった金銭的概念を持ち合わせているのは緑間と赤司くらいのものだから、率先して緑間が動かなければコントロール出来ないのだった。

火を使っている自分の方がよほど暑いのだが、と緑間は心の中で独りごちる。放っておくと皆コンビニや外食で済ませようとするから食事は当番制にすることにした。それでも朝に弱い面々は当番を強いたとしても朝食を作れるはずがなく、必然的におは朝を見る習慣のある緑間が作ることになっていた。緑間自身授業や実習の準備があるため朝は簡単なものと決めている。

「スクランブルエッグにした。サラダとパンは大皿から各自取ってくれ」

テーブルに皿を置くと自然と集まってくる様子は、口にはしないけれどまるでペットに餌をあげているようだと緑間はいつも思う。低血圧の紫原も文句を言うことなくもそもそと完食する。その様子を見ていると、母親はこんな気持ちなのだろうかと考えるほどだ。

「テツちゃんと野菜食えよ。倒れんぞ」

「青峰っちドレッシングかけすぎじゃないっスか?野菜との割合おかしくないっスか?」

「赤司くん、パンどうします?」

「クロワッサンをもらえるかな」

野生児のようにがっつくかと思えば、青峰は意外にも綺麗な食べ方をする。赤司の食べ方は言わずもがなだ。ともにコーヒーではなく野菜ジュースを選ぶあたり、青峰と黒子の好みは一致していると思われた。もっとも黒子は朝一番にコーヒーを飲むと胃が痛くなるらしい。食べ始める前に朝食の写真を撮ってSNSに上げている黄瀬に、早く食べないと遅刻しますよと黒子が注意した。

「あれ、皆揃ってんの?」

「紫原っち。おはよっス」

「お前の分もあるのだよ」

お前授業は?と尋ねる青峰に、午後からだけどお腹すいて目覚めた、と返しながら席につく。6人の中で家からもっとも遠いのが紫原が通う大学だが、赤司が誘ったことで迷うことなく同居を決めたのだった。一緒に住んで一年半、おおよその好みを把握した緑間は紫原に尋ねることなくカフェオレを作る。甘くないと不満を言う彼が満足する量は角砂糖3つ。


「そういえば今日は買い出しじゃないスか、何時に待ち合わせる?」

「ごめん〜俺終わるの6時」

「すまない。俺も同じくらいだ」

「僕たちは大丈夫ですよ。青峰くんも行けますよね」

「4時くらいなら駅着ける。スーパーで会えばいいだろ?」

「財布は俺が持っていくのだよ」


席を立ってコーヒーを注ぎながら、そういえば今日俺の当番だけど、と黄瀬が振り返る。

「カレーにしようと思うんだけど何カレーがいいっスか?」

「肉食いてぇな」

「何肉ー?」

「量を考えると豚肉が適当だろうな、緑間?」

「ああ」

「夏野菜はどうですか」

「いいっスね!トマトとかズッキーニとかいっぱい入れて」


代わりに俺が後片付けをしておくよ、と赤司が言って立ち上がった。食べ終わったら手伝うよ、と紫原。
共同生活は協力が必要で、けれどそれ以上に大切だと思われるのは理解と妥協だった。"その時出来る人が行う"という一見おおざっぱな約束は、出来ないことを責めない、出来なかった場合は何かで埋め合わせる、という意味を暗に含んでいた。当番制という形も絶対的なものではなく、授業や用事で難しい場合は交代など行動を縛らないことを前提としている。


「黄瀬くん、そろそろ行かないと」

「あ!ごめん、二人とも片付けありがと!緑間っちもね!」

「ああ。気をつけて行っておいで」

「また後でなー」


行ってきますと慌ただしく出ていく二人を横目に、自分もそろそろ支度しなければと青峰と緑間が動き出す。のんびり食べ終わった紫原ががんばって、と声をかけた。

「なんかさー、慣れたよね」

「何がだ?」

「赤ちんも思わない?昔と同じみたいな。違うんだけど」

「そうだな。これが日常になったな」


おはようからおやすみまで、なんて良く言ったものだが、実際その通りで生活することは彼らにとって何の違和感もなく。

例えばそれは風呂掃除をサボる青峰に緑間が怒るという光景、それを優雅に紅茶をすすって眺めている赤司にお菓子を食べて気にも留めない紫原、仲裁に入る黄瀬であり。皆で揃ってダイニングで過ごす夜、ホラー映画を見ながら黒子が消えたかと思ったと騒ぐ黄瀬に、ずっと隣にいたと不服そうにしてみせる黒子であり。そして今日のような朝の風景であり。きっとこれからも変わらない。


「緑間一緒に出るか?」

「ああ。待ってくれ、念のため」

「はぁ?コーンスープの粉末持ってってどうすんだよ」

「今日のラッキーアイテムなのだよ」

「あー、はいはい」


赤司は微笑む。こんな未来を予想していたか、と誰かに聞かれたことは今までになく、けれど望んでいたかと言われれば嘘ではないと思いながら。


「行ってくるのだよ」

「二人とも。また夜に」

「戸締まり頼むわ」

「いってらっしゃーい」



そうして今日もまた、6人の一日が始まる。















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