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「確かにあるはずなんだ。
俺がまだ子供の頃、確かに地下の物置きで見た記憶がある。」



僕は、父さんと一緒に金細工の仕事をしている。
僕らが暮らすのは片田舎の寂れた町だ。
住む人も少なく、気の利いた店や面白いものなんて何もないけど、静かで自然がいっぱいで、僕はそんなこの町のことを嫌いだと思ったことはない。
でも、兄さんはこんな田舎にいても仕方がないと、もう何年も前に都会に出て行ってしまった。
母さんは僕がまだ小さい時に死んでしまったから、僕は父さんと二人暮らしだ。
父さんはけっこう腕の良い職人で、わざわざ遠くの町から父さんに仕事を頼みに来る人もいる。
父さんの父さん…つまり、僕のおじいちゃんも細工職人だった。
僕はまだ二人の足元にも及ばない新米で、ろくな仕事はさせてもらえない。
一人前の職人になるにはまだまだだと、父さんには毎日叱られてばかりだ。



ある日、父さんが僕に探し物を命じた。
なんでも、僕のおじいちゃんが以前作ったブレスレットを参考にしたいとのことで、それを地下の物置きから探して来るようにということだった。
僕がまだ小さかった頃には、兄さんとそこで遊んだこともあったけど、大きくなってからは行く事はめっきりなくなった。
元々その部屋は、以前住んでいた住人が酒蔵として使っていた部屋だということだった。
おじいちゃんはそれほど酒を飲む方ではなかったので、そこを物置きとして使っていたようだ。
昼間でも暗くひんやりとしたその部屋は、子供の頃にはけっこう怖い場所だった。
それでも、どこか秘密めいていて、不思議な魅力があり、僕と兄さんはその場所を秘密基地のようにして遊んでいた。



(ここに来るのは久し振りだな…)



僕は、地下に続く扉を押し開けた。
途端に、黴臭いにおいが鼻をくすぐる。
カツカツと妙に響く自分の靴音を聞きながら、地下への階段を降りて行くと、幼かった昔の記憶がぼんやりと脳裏をかすめた。



(そうそう…兄さんと遊んでる時、ランプの油が切れて急に真っ暗になったことがあったな。
あの時、僕も兄さんも怖くて死にそうになって、ものすごい声で泣き叫んでたら父さんが来てくれて…
確か、あの時を最後に地下には下りなくなったんじゃないかな…
そうだ…その前から、父さんには地下には行っちゃだめだって言われてたのに、僕達は言う事を聞かなかったんだ。
でも、そんな怖い目にあってからはもう行きたいとも思わなくなった…)


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