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「こんにちは、テイラーさん。」
「おっ、アベルじゃないか。
親父さんのおつかいか?」
「そうなんです。
足りない材料があるそうで…」
僕は父さんから預かって来た書付けをテイラーさんに手渡した。
僕がここに来るのは久し振りだ。
いつもは、テイラーさんが作業場に材料を届けてくれたり、特別なものは父さんが自分で見に来るから。
僕もそれなりの知識はあるけれど、まだ父さん達に比べたら足元にも及ばないから、僕では役に立たないんだ。
「それと、アベルさん…
そう高くないもので良いんだけど、女性向きの石はありませんか?
えっと…指輪に使えそうな物。」
「それなら、そこにたくさんあるけど、どういうものが良いんだい?
ほら、たとえば色とか…」
「色……」
僕は、ファビエンヌの姿を鮮明に思い浮かべた。
「……色は、青…
そうです。青が良いです。」
僕は彼女の深い湖のような瞳を頭に思い描いた。
「青か、じゃあ、ターコイズはどうだ?」
テイラーさんは箱の中から色鮮やかなターコイズを取り出し、手の平に載せて僕の目の前に差し出した。
「ターコイズ…か…悪くはないんですが……
テイラーさん、もう少し落ちついた青はありませんか?
……あ…」
僕は、箱の隅にあった深い青の石を手に取った。
「テイラーさん、この石は…」
「そりゃあ、カイヤナイトだ。
綺麗な青だろ?」
「ええ…とても…
この石は高いんですか?」
「いや、ここにあるのはみな半輝石だからそう高くはないぜ。」
「カイヤナイト……」
その石はファビエンヌの瞳とそっくりだった。
ガラスのようなつるりとした光沢を持ち、深い湖を想わせる。
「あ…アベル…
もしかして、好きな女でも出来たか?」
「ち…違いますよ!
そ、そろそろ僕もちゃんとしたものを作ってみようと思っただけで…」
テイラーさんは僕のその言葉に大きな口を開けて笑った。
「アベル、そのくらいのことで真っ赤になるなんて、おまえは本当に可愛いな。
だが、おまえも好きな女の一人でも作った方が良いぞ。
そういやぁ、おまえ、いくつになったんだ?」
「え…二十歳です。」
「二十歳!?
そりゃあ、いかん。
二十歳にもなって好きな女もいないなんて、男として異常だぞ。
そのためには、もっとどんどん外に出なきゃいけないな。
そうじゃなきゃ、あっという間に年取っちまうぞ。」
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