すれちがい for you

※付き合ってる設定
※この時期の高3はほとんど学校に来ないのではというツッコミはいりません

バレンタインSS


『──手作りで伝えよう、あなたの愛を!』

CMの中でハート型のチョコレートを持ちながらとびきりの笑顔を見せる若手女優。

「あぁ、バレンタイン……」

そういえば、クラスメイト兼初めての彼氏である壮五と付き合ってから初めてのバレンタインだ。別に彼女だからあげるのが仕事だとかは思わないが、せっかくだから手作りのお菓子をプレゼントしたい、が。

「でも……甘いもの苦手だったかしら」

そう、彼は極度に辛いものが好きなのだ。葉月はお寿司のわさび程度なら大丈夫だが、壮五ほど好んでいない。
おまけに、葉月はお菓子作りはあまりしない。難しいものはともかく、ある程度の難易度の料理ならよく作っているが、お菓子は年に一度のバレンタインデーにしかしない。ゆえに、そのレパートリーも少ない。
バレンタインまであと少し。そろそろ作るものを決めなくてはならない。

―――

次は3年生のフロアにある移動教室での授業のため、そこへ向かって歩いている時のことだった。

「よう、葉月」
「こんにちは、三月先輩」

教室から三月が出てくるところだったのだ。挨拶をしたらお互いそのまますれ違うつもりだった。が、葉月は友人に先に行っててと伝え、三月を追いかけた。

「三月先輩! あの、お願いがあるんですけど」
「おう、どうかした?」
「あれ、三月さんだ。 こんにちは」
「壮五だ」
「え? ……そそそそ、そっ、壮五くん!?」

壮五が現れた瞬間、明らかに慌てる葉月。何か二人の間に気まずいことでもあったのだろうか。

「えーっとーっ、や、やっぱり後でラビチャしますね。 では、私はこれで」
「おう、じゃあな……?」

葉月はぺこりと会釈をすると、逃げるように軽く廊下を駆けて行った。

「ああっ、葉月ちゃん行っちゃった…では僕も失礼します」

壮五も葉月の後を追って廊下を歩いているところを、三月は見ていた。
そして、お願いの内容とはなんだったのだろうか。

―――

その日、葉月は帰宅してすぐにスマートフォンのアプリである、ラビットチャットを開いた。

葉月:三月せんぱいっ
葉月:昼間の件なのですが

メッセージを送ってすぐに既読がつき、返信も送られてきた。

Mitsuki:おう!どうした?
葉月:バレンタインにつくるお菓子のことで相談に乗って頂きたくて。
Mitsuki:もしかして、壮五にあげるやつか?
葉月:はい…彼、甘い物苦手でしたよね…?
Mitsuki:そういえばそうだったな
葉月:味見もするので、私も食べられそうなものを作りたいのですが、なにかいいものないですかね?

既読がついて時間を置いてから、またメッセージ。考えてくれたのだろうか。

Mitsuki:今ちょっと考えてみたんだけど、───

どちらかというとお菓子というより料理に近い気もするが、お砂糖もホイップも使わずに作れるから、確かに二人とも美味しく食べられそうだ。

葉月:なるほど。いいですね!それにします

レシピの詳細を教えて欲しい、と送ろうとして入力していると、またメッセージが送られてきた。

Mitsuki:よかったら、ウチで作るか?
葉月:いいんですか!?お願いしたいです!
Mitsuki:了解!日程はバレンタイン直前の休みの日でどうだ?
葉月:はい、大丈夫です。ありがとうございます!

作るものの案を出してもらって、さらには一緒に作る約束まで取り付けるとはまさに渡りに船といったところか。三月に相談してやはり正解だ。

―――

最近、葉月に避けられている気がする。
ラビチャでは普通に話すが、直接話しかけると明らかに逃げられている。今日だって三月とは普通に会話をしていたようだが、自分が現れた瞬間にライオンに追われたうさぎのようにぴゅーっと走っていった。
もしかして三月と二股かけられ───いや、葉月のようなタイプの女の子がそんなことをするわけない。と思いたくても自覚はないようだが、男女問わず葉月に好意を抱いている人は少なくない。眩しい笑顔や清純な見た目に見合った控えめな性格ともマッチして、相手に好印象を抱かせる。実際、壮五が興味を持ったきっかけがそれなのだが。
そして三月は見た目こそ自分より小柄だが、誰よりも男らしい。筋肉もついて身体はがっしりとしている。それに比べて自分は華奢で、頼りない。体つきも、心も。そんな自分に呆れて三月に惹かれた、となれば話はかみ合う。考えすぎなのかもしれないけれど、今の気持ちだととにかくネガティブな方向にしか考えられなかった。

―――

「そーちゃん」
「……」
「なぁ、そーちゃん」

ある日の放課後、環は壮五を誘って学生ホールと呼ばれるスペースで勉強していた。このところの壮五は上の空。呼んでも今のように返事を寄越さないことも多々ある。

「おーい、そーちゃん」
「…あぁ、環くん。」

名前を呼び始めて3回目、かかった時間はざっと10秒程度か。分からない問題を聞きたくて呼んでいたのに、前に座る年上の少年に対して別の質問が浮かんでしまう。

「俺ずっとそーちゃんのこと呼んでたのに……。 なんかあった?」
「いや、別に何もないよ」

こちらに笑顔の硬いこと、誰が見ても何かがあったことはバレバレだ。

「もしかして、はーちゃんのこととか?」

その瞬間、壮五の瞳は見開かれた。

「……な、んで」
「そーちゃん分かりやすいもん。何かあったらすぐ分かる」

薄い唇から息を吐くと、意を決して口が開かれた。

「最近、───」

壮五から話の粗筋を聞き、脳内で咀嚼する。

「俺は」
「うん」
「俺は、はーちゃんはあんまし言わねぇかもしんねーけど、そーちゃんのこと結構好きだと思う」
「え……」

唇から零れた音の形のまま、壮五は顔をぱっとあげた。それに構わず環は続ける。

「だから、何でそーゆー風になったかは知らないけど、多分大丈夫だと思う」
「そうだといいんだけど……」
「それに、はーちゃん真面目だし。 そーちゃんの気持ちもわかるけど、とりあえず信じてやんな。 あと、気になる事があるならちゃんと聞かねーと」

考え込んだあと、壮五はひとつ頷いて息を吸い込む。

「そうだね。 とりあえず葉月ちゃんを信じてみるよ。 ありがとう、環くん」
「おー」

その顔は心なしか、少しスッキリしたようにも見えた。

―――

「こんにちは」

丸い小窓のついた木目のドアを開けると、上についたウインドチャイムが揺れ、チリンチリンと可愛らしい音が鳴る。

「いらっしゃい。 よく来たな、葉月」
「いえ、今日はよろしくお願いします、三月先輩。 一織くんもこんにちは」
「綾瀬さん。 今日はゆっくりしていってください」
「ええ、ありがとう」

和泉兄弟の家のケーキ屋《fonte chocolat》。今日は厨房をお借りして、バレンタイン用のお菓子を作る日だ。
派手すぎず、地味すぎず。内装はケーキ屋さんらしく可愛らしく、それでいて落ち着きのある空間になっている。

「わぁ、かわいい…」
「だろ? 細かいところまで親がこだわってるんだ」
「はい。 すごく気持ちが伝わってきます」

会話をしながら通された厨房は自分の家のキッチンよりも何倍も広く、業務用冷蔵庫の隣に並ぶシンクはピカピカに磨かれ、清潔に保たれていた。
指示されたところに荷物を置き、コートを掛けてエプロンを着けて準備完了だ。

「じゃーやるか!」
「はい、お願いします」

冷凍パイシートを始めとした材料を出してきた。調味料は既にシンクに並べられている。

「お店に出すならパイ生地から作るんだけど、今日は葉月が初めて作るからパイシートを使おう。 充分これでも美味いしな」
「はい」

「じゃあ、まずは玉ねぎをみじん切りにしようか」
「わかりました」

皮を剥いた玉ねぎをまな板に乗せ、縦に半分になるようにして包丁の刃を当て、下ろす。根っこの部分をそれぞれ外し、平面を下にして切込みを入れる。それに対して垂直になるようにして、細かく刻む。

「お、手慣れてるな」

それを見ていた三月が感心したような声をあげた。

「ふふっ。 お菓子を作ることはあまりないんですけど、料理は親に手伝わされてきたのて……それにこういう事は三月先輩の方がもっとお上手でしょう」
「ハハッ、お前は口が上手いなぁ」
「もうっ、私は本心で言ってるんですよ〜!」
「分かった分かった。 じゃ、次の工程にいくぞ」

*

会話も挟みつつ、全ての工程を終えてオーブンから取り出したソレはとても美味しそうに焼けていた。友達へ配る分もあるから、かなりの数である。
粗熱を取ってラッピングも完了。味もばっちり。ここまで来たらあとは渡す日を待つだけだ。

「三月先輩」
「ん?」
「これ、どうぞ。 一緒に作ったものですけど、いつもありがとうございます」

帰り際、コートを羽織った葉月に手渡されたのはさっき焼いてラッピング袋に詰められたもの。

「おう、ありがとな! 今日はよく頑張った。 きっと壮五も喜ぶな!」
「はい、美味しく作れたので自信を持って渡せます! 本当にありがとうございました」

―――

「明日の私の部活終わった後、会えないかな」

昨日の休み時間に葉月にそう言われて、部活終了時間に合わせて学校の近くまでやってきた。
最近の葉月が忙しそうだったことや、それとなく避けられているせいで、結局あまり話せずにいた。
そろそろ来る頃かと腕時計で時間を確認していると、「壮五くんっ」とこちらに向かって一目散に走ってきたのは可愛い恋人。

「お待たせしました」
「ううん、今来たところ」

背中に背負われたぴかぴかとした菫色の楽器ケースは重そうで、歩き始める前に自分が代わりに持とうとしたけれど「これだけは私が持っていたいから」とかわされてしまった。

「葉月ちゃん」「壮五くん」
「あ…」「あ…かぶっちゃったね。 じゃあ、葉月ちゃんから」

ありがとう、というとトートバックから何かを取り出して、壮五に差し出した。

「あのね、これ」

その白い紙袋の中を覗くと、赤いリボンが結ばれた箱が見える。

「これは…?」
「バレンタインでしょう、今日。 もらって欲しいわ」
「え、そうだっけ」

慌ててポケットに入れていたスマートフォンで日付を確認すると2/14、やっと今日になって思い出した。

「そっちか…あ〜、よかった……」
「そっちって…それ以外何があるの」
「別れてくれとでも言われると思って」
「……ど、どういうことかしら…」

隣を見ると、本当に意味が分からなさそうな様子である。

「君に避けられている気がしたのと、もしかして三月さんとかの方が良くなったのかと思って。 僕は三月さんほど男らしさには欠けるし、それに…」
「み、三月先輩?」
「だって、二人でよく話していたじゃないか」
「ちょ、ちょっと、誤解されてそうだから、説明させて」
「誤解…?」

こくりと葉月が頷いて、説明を始めた。

「まず、渡すまで内緒にしておきたくて、ポロッと言ってしまわないようにちょっと避けてしまったわ。理由はあれど悪かったと思ってる。ごめんなさい」

しゅんと眉根を下げ、葉月は視線を地面に向ける。

「次に、三月先輩。 先輩は相談に乗ってもらって、これを一緒に作ってもらっただけ」

足を止めると、先程は下を向いていたアーモンドアイはいつの間にかこちらに向けられていて、目を逸らせない。

「……それに私が一番かっこいいって思っているのはその…壮五くん、だから」
「えっ……」

だんだんと恥ずかしそうに葉月の目は左下に落ちていった。暗がりの中でも頬が染まっているのが良く分かるけれど、その科白を言い終えるとまた見つめられて、更には身長差のせいで上目遣いしてるようにも見える。

「というか、あんまり私にこんなこと言わせ……きゃっ!」

ああ。ニコニコしてるだけじゃなくて、こういう真っすぐなところにも惹かれたんだっけ。気づいた時には既に彼女を抱き締めていた。

「ありがとう」

目の前にあった耳元へ囁くと、葉月が腕の中で身じろいだ。返事の代わりに壮五の背中にも彼女の腕がゆっくりと回される。

「あと、疑ったりしてごめん。 君がそんなことするはずがないのに」

君にはかなわない。

「お返し……期待、してる、わ」

彼女が恥ずかしそうに絞り出した声は壮五にとってチョコレートよりも、生クリームよりも甘かった。


2月14日バレンタインデー、二人の“すき”は強くなった。


2018.2.14

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