体育祭も残すところ、色別選抜リレーと、ラストの応援合戦だけとなった。

「全力でいけよな、アンカー」

 ヒロは俺の背中をバシッと叩き、んじゃな、と自分の走るレーンの待機スペースへ移動していった。そこで、同中出身らしい中村さんと、なにやら話し込みはじめた。たしかあの二人はバトンの受け渡しをするのだったっけ。最後の打ち合わせ、といったところだろうか。

「俺たちも頑張ろうね! はーちゃん!」
「うわっ、びっくりした! いきなりでっかい声で話しかけてくんなよ!」

 スペースにやって来たはーちゃんを見つけるやいなや、勢い余って声をかけたら不意打ちだったらしく、叱られてしまった。あ、ごめんなさい、と犬のようにしょげる俺。
 はーちゃんも選抜リレーの選手だ。同じ青組で、俺と同じレーンを走る。ついでに言うと、アンカーの俺にバトンを渡すのがはーちゃんなのである。

「相変わらず楽しそうだね、日向」

 最後の準備体操をする俺を横目に、はーちゃんが苦笑する。

「あはは。だってなんかこの感じ久しぶりでさ〜。試合前の緊張感って感じ。てか相変わらずって? 俺、そんなにいつも楽しそう?」
「本番前はいつも楽しそうじゃん。うらやましい……」

 はーちゃんも俺の隣で準備体操をはじめた。いつも楽しそうとはーちゃんが俺に言うように、俺にとってはいつも頼もしく見えるはーちゃんの横顔が、いまはほんの少しこわばって見える。

「……はーちゃん、緊張してる?」
「そりゃしてるよ!」

 最後だもん、とはーちゃんが言う。
 最後。俺は、その言葉を反芻する。
 ああ、そっか。浮かれていて忘れていたけれど、これが最後の体育祭なんだよなあ。
 俺はもともと帰宅部で、はーちゃんも部活を引退したし、もしかしたら俺たちが思いっきり走る学生時代最後の日になるかもしれないのだ。
 けれど、それでも俺は、緊張すらも上回る感情でどこか高揚している。楽しい、とは少し違うような……。

「はーちゃん」

 はーちゃんの背中を、ぽんと軽く叩いた。

「深呼吸」

 ぽかんと俺を見たはーちゃんが、ややあって、ふっと笑顔になる。それから秋空に向かって両手をまっすぐ伸ばし、深呼吸をする。俺もそれを真似して、空に腕を高く伸ばした。
 楽しい、というより、うれしいのかもしれない。
 最後のリレーで、まるで中学生の頃のように、またはーちゃんと走れることが。
 
『これより色別選抜リレーを行います。選抜リレーは配点も高いので、現在おされている色も逆転のチャンスは十分にあります! 頑張ってください! それでは、各色の第一走者はそれぞれ位置についてくださーい!』

 頭に巻きなおした青いハチマキの、余った部分が風にゆれる。
 リレーの選手はもちろん、応援席からも張り詰めた空気が伝わってくるようだ。
 位置についてー! という声のあと、パン! とピストルが撃たれた。第一走者たちが走り出す。ワッ応援席が一斉に喚き立ち、グラウンド中が歓声に包まれる。
 走る順番は一年、二年、三年と続くので、俺たち三年の出番は後のほうではあるものの、なにせ学校の足の速い生徒が選ばれているのだ。それはもう回転が速く、俺もそろそろ位置につかねばならなくなった。

『現在トップは黄組! 黄組です! ここで三学年にバトンが渡りました! トップは依然黄組……あっ、青組速いです! トップに追いつきそうです! あれは、えっと〜……あっ、三年七組の中村凛子さんですね! 頑張ってくださーい!』

 えっ。

「中村さんってあんなに速いんだ……」

 おとなしそうな、あまり運動は好きではなさそうな印象があったので、中村さんがトップの走者と接戦を繰り広げるのを見て、俺は驚いていた。そして、僅差ではあるものの順位は変わらないまま、バトンが次の走者へと渡る。中村さんの次は、期待の星(俺談)ヒロくんである。

「そろそろアンカーの人たち位置についてくださ〜い!」

 係の人の声に、心のなかでええ〜っと思う。
 せめてヒロの勇姿はこの目でおさめておきたかったのに……。
 でもまあ、大丈夫だろう、ヒロだし。俺はおとなしく移動することした。


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