街のファッションビルの巨大広告の中で、彼が好きだと言っていた女優が笑っていた。
 ふわっとした黒髪に、透明感のあるナチュラルな笑顔は、それだけで着飾る必要がないくらいかわいい。
 あたしは、最近カラコンを控えている。
 外見だけで選ぶ人だとは思わないし、思いたくない一方で、変えられるところはちょっとでも彼の「好き」になりたいと思ったから。
 我ながら浅い理由だな、と思う。子どもっぽい考えかもしれない。でも、自分の一部だと思っていたものを剥がしてしまえるくらいには、あたしは彼のことが好きなんだ。
 化粧を落としてカラコンを外して、素の自分の姿で鏡を見たところで、彼の「好き」には、ほど遠いのだけど。


三好 美香の場合



 それなりに着飾っているせいか、街を歩くとしょっちゅう知らない男から声をかけられる。いわゆるナンパやキャッチ。もちろんすべてスルーするけれど、たいがいしつこいのでうんざりする。
 自業自得だと言われたらそのとおりかもしれない。でも、だからといって、それで着飾ることをやめようとは今まで一度も思わなかった。化粧もカラコンもヘアカラーも、身につけてしまえば、それらすべて最初から自分の一部だったような気さえする。むしろ着飾っている状態のあたしこそが「自分」だと思えてしまうほどだ。
 この先も、おばさんになったって、あたしは変わらないだろうと疑っていなかった。
 それなのに、彼の笑顔一つで、あたしの軸は一瞬でひっくり返してしまったのだった。
 三好美香、恋におちた。
 あっさり見事に、一目惚れである。

「あ、美香ちゃーん」

 日曜日の夜八時過ぎ。繁華街の一角にある大型古着屋のドアをくぐると、さっそく彼があたしを見つけてくれた。
 いらっしゃいませ、と向けられるさわやかな笑顔が今日もキラキラとまぶしい。ああ素敵。かっこいいし、かわいい。その笑顔がたとえ営業用だとしてもかまわない。

「秋吉さん、こんばんは!」
「こんばんは。あれ、今日は美香ちゃん一人?」
「はい、学校の友だちと遊んだ帰りなんで」
「なんだ、それなら友だちと来てくれたらちょっとはサービスしたのに」
「あはは。でも買い物っていうか、秋吉さんいるかな〜って思って来ただけだから……」

 言いながら、ハッとした。
 やばい、口が滑った。これじゃあ「あなたに会いに来たんです」って好意がまる出しじゃないか!
 咄嗟に自分の口元を手で隠す仕草なんかしたのが悪かったのか、彼――秋吉さんは、あたしの失言を聞き逃してはくれなかった。

「そっかぁ。美香ちゃん、俺に会いに来てくれたんだ? うれしいな」

 うちの愛犬みたいに可愛い目をして、にこっとさわやか笑顔。その実どストレートに言われてしまい、あたしはいろんな意味で言葉に詰まった。もうなんて返したらいいの。
 そうです、あたしはあなたに会いに来たんです。一目でも顔が見たくて、あわよくば話がしたくて、そしてあわよくば……ってむりむりむり! そんなことまで素直に言えるわけない! 妄想しただけで恥ずかしすぎる!

「あははっ。美香ちゃんって、ほんと反応かわいいよね」

 そう、秋吉さんは、笑顔でさらっとそういうことを言う人だ。
 かわいいなんて言われたら、それはもう鼻血出そうなくらいうれしいけれど、でも少しだけ複雑な気持ちにもなってしまうのだ。あたしだけじゃないんだろうな、とか。そもそも女としての「かわいい」じゃないのかも、とか。その他諸々。そんなあたしの情緒不安定な恋心なんて、秋吉さんは知る由もないのだろうな。はあ、せつない。
 アルバイト店員と常連客。大学生と女子高生。秋吉さんとあたしのなんとも微妙な関係が、近いようで、果てしなく遠く感じる。
 この片思いに奇跡なんてあるのかどうか……。

「そうだ、美香ちゃん」
「あ、はい?」
「もう暗いし、帰り送るよ」
「……えっ!?」
「外のコンビニで待ってて。すぐ行くから」
「は、はいっ!」

 やった! ラッキー! 閉店ギリギリに来てよかったー! 一分前のせつなさが一気にふっ飛んだ。あたしは心の中でガッツポーズをキメる。

「……あれ?」

 と、ふいに、秋吉さんがあたしの顔を至近距離で覗き込んできた。危うく女子らしからぬ変な声が出るところだった。
 永遠に続きそうな一瞬の沈黙のあと、秋吉さんが口を開く。

「美香ちゃん、カラコンやめたの?」
「えっ。えっと、やめたっていうか……今はちょっと控えてるっていうか……」
「青も似合ってたけど、素のままのほうが好きだな」

 俺はね、と小さく一言付け足して、あっさりあたしの前から離れていく。去っていく背中を見つめたまま、あたしは呆然と立ち尽くす。
 わかってる。その「好き」に、決して深い意味なんてないことを。
 わかってるけど、わかってるけどおおお!
 またそんな鼻血出そうなことをさらっと言うから、あたしはあなたにかんたんにもっていかれてしまう。天然なのか、それともまさかぜんぶわかって言っているのか。ああもうどっちでもいいです。結局あなたならなんでも好きです。

 三好美香、十七歳。前途は多難だけど、絶賛片思い中。
 ちなみにこの日、カラコンを卒業しました。


 next

back
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -