「ッテーな〜……」
長田のやつ力有り余り過ぎ、とぼやきつつ、廊下を歩く昼下がり。
腕時計を確認すると、昼休みはもうあと十分もなかった。俺まだ昼飯食ってないんですけど。なんで毎回呼び出すの昼休みなんだよ。しかしバックれない俺って偉い。
長田の必殺・プリント類丸めたやつで脳天チョップを食らった患部をさする。あー、なんか頭凹んだ気がする……。
三年三組の教室が見えてきたところで、俺はふと立ち止まった。
「……」
うちのクラスの出入口のところに、なんか、張りついてる。いや、貼りついてる?
廊下を往来する生徒たちや、外から帰ってきたクラスメイト数人が教室に入る際、皆明らかに不審そうにそれを見やっていた。
それっていうか、女子である。
黒髪をサイドで一つ結びにした、特に派手な見た目でもない「女子生徒A」という感じの女子生徒。
扉のところに張りついて、どうやら教室の中を窺っている様子だ。おそらくうちのクラスの誰かを探しているのだろうが、しかしそれがかなりそわそわと落ち着きがなく、挙動不審で、なんつーかまあ、怪しい。ここが学校じゃなかったら通報されてるんじゃないかと。
「あのー、誰か探してんの?」
「ヒッ! ギャアアア!」
非常に教室に入りにくい為、近寄って声をかけたら、奇声をあげられた。思わずビビる。
つーか、ヒッて。ギャアアアて。俺は幽霊か不審者かよ。不審者はあんただろ。
不審女子が怯えた様子で俺を見上げた。……ん? なんか、どっかで見たことあるような気がする。たしかめようと顔を近づけたら、またヒッとか言って後ずさられた。ずいぶん失礼な女子である。
「な、な、なんですか……!」
「いや、なんですかって、あんたが何なの? 人のクラスの前で。入りにくいんですけど」
「あ、あ、あたしは、ああああの」
「どもり過ぎじゃね? 誰か呼びたいなら呼んでやるけど……あ」
呼び出し、でふと思い出した。今までも何度かこういう場面に遭遇したことを。緊張した様子で、うちのクラスの前に立っていた女子生徒の姿。
ああ、なるほど。はいはい理解した。
「遥〜呼んでる……って、うおっ!」
騒がしいクラスの中、窓際のあたりでのんきに笑っているであろう告白され常習者の友人の名前を口にしたら、突然後ろからものすごい力で引っ張られた。バランスを崩した俺は、廊下に尻もち。
「イッテーな、何だよ!?」
「ちょっ、ちょっと! だだだ誰を呼ぼうとしてるんですか!」
血相を変えた不審女子が小声で叫ぶ。
シャツの裾を引っ張られ、強制的に教室から隠れるように床に座らされている。何だこの図は。俺まで不審者みたいじゃん。
ていうか、誰をって。
「遥でしょ? あんたが用事あるのって」
「ハルカって誰!?」
「誰って、日向遥だろ。……え? あんた、遥に告りにきたんじゃないの?」
「ちちちち違いますよ!」
いや、だから、どもりすぎだろ。
「じゃあ、誰」
「…………くん」
「え、なに? 聞こえないって」
「だ、だから! ひ、ひ、廣野くんに……その、よ、用事がありまして……」
やっと聞き取れたその声だが、しかし彼女が言う「ヒロノくん」を理解するのに、数秒かかった。