コートからは真新しいにおいがする。
 予定より早い時間にバイトへ向かっている。昨日お給料で買った、新品のコートを着て。フードのついた紺色のダッフルコート。
 軽くて、あたたかくて、知らないにおいのするコートを着て歩いていると、このまま遥か遠く、世界の果てまで行けそうな気がした。

(……ばかな)

 うろ覚えの歌詞を小さくハミングしながら線路沿いの道を歩いていく。けれどじわじわと喉が焼けるように熱くなるのを感じて、すぐに唇を結んだ。
 あたしの横を、電車が通り過ぎる。
 足を止めて、それをぼんやり見送るなか、電車の窓から女の子の姿が見えた。カーキ色のモッズコートを着た女の子。耳にイヤホンをはめて、きっと大好きな音楽を聴いているのだろう。
 無鉄砲で無防備で、ばかみたいで、でも胸がドキドキしていたのを憶えている。車窓から見える景色がどんどん変わっていって、これから未知の場所へ行こうとしている自分に、ほんの少しの期待があったのだ。

 変わりたいと願ってた。いつか変わることを信じていた、十八歳のあたし。
 今、線路沿いの道を立ち止まっている、十九歳のあたし。
 あたしは、どうしてここに来たのだろう。

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