裏口から外に出ると、びゅっと夜風に体を煽られた。一気に頭の奥まで冷ましてくれるような空気が、今の俺には心地よかった。
 通勤バイクを停めている狭い駐車場は店で流しているUKロックがかすかに聞こえてくる。
 こんな微妙な時間に帰るのは久しぶりだな、と思う。正確な時刻を確認しようと、上着のポケットからケータイを取り出した。しかし、ディスプレイの時刻表示よりも先に目が向かったのは、着信を報せる表示だった。
 着信、三件。いずれも秋吉からだった。
 発信ボタンを押す一歩手前、ケータイが振動をはじめた。

「もしもし」
『おっ、やっと出た』

 そんな電話口からの第一声。安堵したように笑い、耳に慣れた声はすぐさま訊ねてくる。

『今電話してへいきなの? 休憩中?』
「いや、強制早退」
『あら〜』

 やっぱり? と、苦笑する秋吉。その表情が自然と脳裏に浮かぶ。
 俺はケータイを耳に当てたまま、自分のバイクに軽く寄りかかった。

「まあ、クビにならなかっただけありがたいよ」
『でもだいぶ怒られちゃったっしょ?』
「いや……笑われた」
『なんでよ』
「『いやー、鈴木クンもキレるときはキレるんだね〜』って、店長が。笑われたっていうか、なんかしみじみされてしまった」
『ぶっ』

 噴き出したのちに爆笑される。
 ケータイ片手に、大袈裟に身を折って涙まで浮かべて笑う秋吉の姿が、まるでそこにいるかのように想像できる。

『あはははっ! マジで! いい店長じゃん! はははっ、は、腹いてー!』
「そんなに笑われると傷つくなあ……。そういえば、秋吉今どこ? もしかしてまだ店にいる?」
『え? もうすぐ駅前だよ。待ってようかとも思ったけど、さすがに帰ったよね。二人いつ出てくんのかわかんなかったし。なんで?』

 俺は改めて耳を澄ます。電波にのせてかすかに聞こえてくるのはUKロック――いや、さすがにそれは定かではないのだけど、バーのBGMによく似ていたのだ。

「音楽聞こえてくるからさ」
『音楽? あー、これかな? さっきまでヘッドホンで聴いてて、今外してんだけど、たぶんこれの音漏れ。けっこうでかい音で聴いてたから』
「……ああ」

 そういえば、結局訊きそびれたな……。

『そうだ。これさー……あ、俺が聴いてた音楽ね。これさ、慧太が俺に選んでくれたやつなんだよね。高校んときに』

 思い出にふけるように、懐かしそうに秋吉が話す。

『ほら慧太って、洋楽好きじゃん? 俺はそれまでぜんぜんだったからさ、なんかオススメしてよ、俺が好きそうなのって、半分冗談で言ってみたらさ、次の日マジで持ってきてくれたんだよね。CD』

 そんなエピソードに耳を傾けながら、よみがえるのはあの頃の情景。口元が自然と笑みのかたちになる。

「……偶然だな。俺も、似たようなこと言って選んでもらったことあるよ。高校のときに」

 秋吉は少し黙ったあとに、ははっと短く笑った。苦笑でも爆笑でもなく、可笑しさとうれしさが入り混じったような笑い方で。

『慧太ってさ、実はそういうとこあるよね』
「なんかカレシみたいだよな」
『ぶはは! その説でいくと俺ら二股されてんじゃん!』
「たぶんだけど俺が本命だと思うよ。慧太くん、あきらかに秋吉より俺に対してのがやさしいもん。これは自信ある」
『お、俺にだって年一ぐらいでやさしい瞬間あるもんねー!』

 不毛な張り合いをしながら、なんとなしに空を見上げた。建物に挟まれて見える空は小さかったけれど、星がひとつだけ見えた。日中は曇り空だったのに、いつのまにか晴れていたらしい。冬が近い、秋の澄んだ夜空。

『で、俺らのカレシは?』

 秋吉が訊く。冗談めかしているけれど、ほんとうはずっとそれを訊きたかったのだと思う。

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