高二、初夏。

「唯太」

 パックの烏龍茶をストローから吸い上げながら、開け放たれた窓から入ってくる風を浴びるでもなく浴びていた、昼休み。
 背後から呼ばれた声に振り向けば、クラスメイトの男子がこちらへ歩み寄ってくるところだった。彼の手には、俺と似たようなパック飲料がある。青い水玉模様のカルピスソーダ。

「唯太、ひとり? 秋吉とかは?」

 彼は教室を見回しつつ、俺に訊ねてくる。

「購買行ってる」
「ふーん……。唯太は行かねーの?」
「俺は弁当あるし」
「弁当だけじゃ足らなくね?」
「鈴木家の弁当でかいから、わりと足りる」

 ストローを前歯で挟みながら笑ってみせる彼とは、同じ中学校出身で部活も同じだった。
 二人で遊ぶほど親しくはなかったけれど、秋吉も入れた数人でなら遊んだことは何度かある。同じ高校に進学して、二学年ではじめてクラスがいっしょになっても、俺と彼の「友だち」と呼ぶには正直微妙な関係性は変わっていない。
 他愛ない会話が途切れると、不自然な沈黙が訪れる。
 俺は、彼の次の言葉を待っていた。
 貴重な昼休み、彼が弁当談義をするためにわざわざ俺に話しかけたわけではないことは、なんとなくわかっていた。

「……あのさ」

 程なくして、彼は切り出した。

「唯太と秋吉、なんで来栖とつるんでんの?」

 若干声を落として、落ちつかなそうに視線を泳がせながらも、はっきりと発せられた言葉だった。

「来栖って、うざくね?」

 俺は黙って聞いていた。とくに気分を害したわけでもなく、ただ傍観的な気持ちで。
 彼は一度口火を切ってしまうと饒舌気味に、まくし立てるように話し出した。

「だってあいつ、愛想とかまるでねえじゃん。感じ悪くね? つうか唯太たちだって知ってるだろ、来栖のタチ悪い噂いろいろ。性格最悪だし、女関係もひでーって話」
「まあ、うん。知ってる」
「だったらなんで? あいつとつるんでたって何もいいことねえじゃん」

 同意しろとでも言うような厳しいまなざしに真正面から問われる。
 ――なんで?
 考えるでもなく反芻しながら、自然と机に寄りかかる体勢になっていた。
 陽当たりのいい窓際のうしろ。ここは、慧太の席だ。先日の席替えで、慧太がこの宝くじ一等並みの特等席を引き当てたのだった。
 教卓に近い席に当たってしまった俺は、この席がひどく羨ましかった。試しに慧太に「代わってよ」と持ちかけてみたところ、「は?」という一言で当たり前のように断られた(なに言ってんのおまえ、馬鹿なの? というニュアンスがありありと含まれたわかりやすい「は?」だった)。などと、この期に及んでそんなどうでもいいようなことを思い出していた。
 午後の斜陽を持て余す机上には、イヤホンが刺さった音楽プレーヤーが放られたように置かれてある。
 ああ、そういえば俺、慧太からCD借りっぱなしだったな……。

「……『なんで』とか、わからない。今まで考えたことないから」

 シャツ越しの背中にさらさらと風を感じる。なんとなしに窓の外へやった視線の先には、揺れる葉桜。その先に見える空は、なんの間違いもないように青かった。
 前の席からたまに振り返ってみると、この席で慧太はたいてい突っ伏して寝ているか、片頬杖をついて窓の外を見ていた。

「慧太は、べつにふつうだよ」

 彼に向き直り、俺にしてははっきりとした口調で、言った。
 学校中から目の敵にされているような俺の友だち。でも、俺にとってはほんとうにふつうの、友だちなのだ。
 あの頃も、今も。

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