二人は寄り添いながら店を出ていった。その頃には店内はもとの穏やかな空気を取り戻していた。
知らない洋楽の、静かなBGMがあたしたちの間に流れる。
あたしは少し間を置いてから、学校の友だち? と、日向くんに訊いてみた。
「そうです……。同じクラスの………あ、美香ちゃ――女の子のほうは違うクラスなんですけど」
「そうなんだ。二人とも大人っぽいからびっくりしちゃったよ。日向くんもだけど」
日向くんはまだ少し赤い顔のまま、弱々しく首を横に振った。
「あの、ごめんなさい。でっかい声出しちゃって……」
と言って、あたしの向かい側で日向くんが項垂れた。
しょげる姿がまるで、叱られた子どもみたい。
あたしは思わず笑った。ぱっと顔を上げた日向くんが、なんで笑うんですか、とちょっと怒ったような声で言う。ごめん、と謝りながらも、おかしくて、あたしは笑い続ける。
「……俺、岡部さんの笑った顔、すきです」
ふと、むっつりしていたはずの日向くんがそう言った。
春の陽ざしのようなあまりにもやわらかい声だった。いつのまにかすごくやさしい顔であたしを見ていた日向くんに、あたしは戸惑ってしまう。
「……あっ。す、すいません! なんか俺、へんなこと言っちゃって……」
「……ううん」
目のやり場に困って、視線を落とす。
テーブルの上に広げられたメニューの、トマトソースらしい赤いパスタの写真がぼんやりとした輪郭で視界にうつる。
あたしはたぶん、褒められ慣れていないのかもしれない。やさしい言葉はどう応えたらいいのかわからない。それに少しだけ、胸が痛い。
「……ありがとう」
かなり遅れて、あたしは答えた。
視線を戻した先では、日向くんがまた顔を赤くしていた。トマトみたいに真っ赤だ。
日向くんって、もしかして赤面症なのかな。そうかな。よく赤くなるし。
日向くんがカルボナーラ、あたしはクリームソースのかかったオムライスを頼んだ。お互い料理をのんびり食べながら、バイトの話をしたり、日向くんの学校の話を聞いていた。
さっきの二人が恋人ではなく仲のいい双子の姉弟だという話には、飲んでいたオレンジジュースを盛大に喉に詰まらせた。
料理がなくなりかけた頃、なんとなく会話が途切れた。ゴマさんの話でもしようかと口を開けかけたとき、
「あの……岡部さんって、付き合ってる人はいないんですよね?」
日向くんが、おずおずとした口調であたしに問いかけてきた。
唐突な話題に、口を半端に開いたままあたしは固まってしまった。
「い、いないよ」
「そっか……。じゃあ……す、すきな人もいないんですか?」
すきなひと。
一瞬、呼吸を忘れた。
頭の片隅で、なにかがキラリと光った気がしたのだ。
日に当たったときに、キラリと星のように光るピアス。まるで流星を見たように、その瞬間呼吸することを忘れる。鼓動が少しだけ速くなる。
あれ、と思う。
どうして今、そんなことを――。
「……いないよ」
その言葉に対してあまり意識を向けないように、あたしは答えた。
銀のスプーンでオムライスを掬おうとするけれど、どうしてか手元が覚束ない。うまくいかない。スプーンからほろりとこぼれ落ちてしまう。
「そっか……」
向かい側から、ほっと安堵したような声が聞こえた。
「……日向くんは、カノジョはいないの?」
「えっ?」
「だって、モテるでしょ。かっこいいし、告白とかいっぱいされるでしょ」
「な、さ、されないですよ!」
ぜったいうそだね、とあたしがいじわるに笑うと、日向くんは困った顔をする。トマトのように耳まで真っ赤になって。
日向くんが困ったり、赤くなると、あたしはちょっとだけ安心する。大人びてる彼は十七歳なのだと思い出すから。しょうもないけれど、自分のほうが年上なのだ思うと、心に少し余裕が生まれるのだ。さすがにそんなこと、日向くんには打ち明けられないけれど。
それからあたしは、自分でもよくわからないくらい饒舌になっていた。黙ってしまうと、またなにかがフラッシュバックのように頭をよぎりそうで、こわいと思ったから。
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