side:Umi


 日向くんと晩ごはんを食べに行くことになった。
 駅前通りにはろくに足を踏み入れたことがなかったけれど、遅くまで営業している飲食店が多く、夜の十時を回っているのに明るい。

「いいにおい……」

 日向くんに連れられて入った店は、小さなカフェのようだった。
 壁が白いレンガで、内装がオシャレだと思った。静かに流れる洋楽も心地いい。なにより店内は、とてもいい香りに溢れていた。クラムチャウダーのような美味しそうな香りがする。そういえば、今日は朝も昼もちゃんとごはんを食べていなかったのだ。さすがに空腹が限界だ。

「日向くん、ここはよく来るお店なの?」
「あ、いや、実を言うと一回だけで……。前に偶然見つけたんですけど、遅くまで開いてるみたいだし、おしゃれな雰囲気だなーって思って、それで……あれ?」
「あれ、遥?」

 案内された奥の二人席に向かい合うかたちで座り、メニューを眺めつつ会話をはじめたときだった。日向くんが何かに気づいたように視線を上げたので、つられて目を上げてみると、ずいぶん派手な外見の男女があたしたちの席の横で立ち止まっていた。

「ミーちゃん」

 日向くんが言う。
 ミーちゃん。かわいいあだ名だ。しかもどうやら、男女のうち男のほうがそうであるらしい。彼は日向くんのことを遥、と名前で呼んだ。

「ビビったぁ。遥なにしてんの? 今日バイトあるっつってなかったっけ」
「あ、うん、バイトはもう終わったんだけど……。ミーちゃんたちこそ、なんでここにいるの?」
「なんでって、ふつうにお茶しに。もう帰るとこだけど。ねー、美香ちゃん」
「日向くん久しぶり〜」
「あ、美香ちゃん久しぶり……」

 けーたより派手だ、と思う。
 二人とも、左右の耳に同じデザインの大きなピアスつけていて、日向くんに「美香ちゃん」と呼ばれた女の子も、ミーちゃんも、そろってまぶしい金髪である。でも、ガラの悪いヤンキーにはあまり見えない。都会的な雰囲気が漂っているし、むしろおしゃれに見える。
 日向くんの友だち……ということはもしかして、二人もまだ高校生なのだろうか。
 日向くんも含めて、いまどきの高校生ってみんな大人びている。去年まであたしも同じ高校生だった事実のほうがフィクションみたいに思えてくる。

「今日は映画観てきたんだよねー、美香ちゃん」
「そうそう。美央ったらさぁ、一番いいとこでポップコーンこぼすんだもん。信じらんなくない?」
「ごめんて〜。だって超興奮しちゃってさ」

 そんな報告を日向くんに楽しそうに話しながら、仲良さげに寄り添うふたり。
 恋人同士、なのかな……。

「で、そっちは、遥のカノジョ?」

 と、ここで突然、ミーちゃんの視線があたしに向けられた。
 どうやらカラコンを入れているらしい青い瞳に射抜かれて、あたしはすっかり恐れをなして微動だにできない。

「ち、違うよ! 同じバイト先の人!」

 店内に日向くんの声が響いた。
 水を打ったように周りがしんとして、店員さんや他のお客さんたちの注目を集めているのがわかる。ミーちゃんも美香ちゃんも、そしてあたしも、ぽかんとしていた。
 日向くんの怒ったような大きな声をはじめて聞いた。日向くんはいつもやさしい声で話すから、あたしは驚いてしまった。
 そうっと様子を窺ってみると、日向くんは耳まで真っ赤になっていた。

「……ま、がんばってね」

 ミーちゃんが、日向くんの肩をぽんと叩いた。
 なにを“がんばる”のだろう。
 日向くんにかけられた小さなエールを不思議に思っていたら、ふいにまたミーちゃんと目が合って、彼はあたしに軽く会釈をした。

- 61 -

prev back next
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -