「今日は来ないですね、ゴマさん」
いつもコンビニの駐車場に姿を現す野良猫は、どうやら今日は予定があるらしい。猫集会かな、と思う。
俺の横で閑散とした駐車場を見つめる岡部さんは、どことなくさみしそうに見える。そんな姿にきゅんとしてしまう。俺もさみしがられたい。
ジーンズのポケットから自転車の鍵を取り出す。手のなかで、鍵につけられた猫のキャラクターのチャームがころりと転がった。
ペットボトル飲料のおまけだったやつだ。学校の女子に人気らしいかわいい猫のキャラクターは、ちょっと岡部さんに似てる。と、なんとなく思ってから外せなくなってしまった。
「そういえば、日向くん」
「うわあっ!」
いつのまにか俺のすぐ目の前に立っていた岡部さんに狼狽える。カッコ悪い悲鳴まであげてしまい、岡部さんはびっくりしたように目を一層まんまるにした。けれど、あ、驚かせてごめんね、と謝っただけでそこまで気にする様子はなかった。それが少し切ない。
ああ、俺、ちっとも意識されてないな……。
この二ヶ月後と二週間で思い知っている悲しい事実である。
「……日向くん? ごめんね、そんなにびっくりさせちゃったかな」
「あ、いえ、大丈夫です。すいません、なんですか?」
「今日は制服じゃないんだなって思って」
俺の服装を見てか、岡部さんが言う。
「ああ、今日は午前授業だったから……。着替えてきたんです」
「そうなんだ。私服だとほんとに高校生に見えないよ。大人っぽくていいね」
「え……」
瞬時にかあっと高まる体温。
大人っぽくていいね……。褒められた。
いつもと変わらないおっとりとした口調から、きっと岡部さんにとってはなんとなく発した、日常会話の延長線のような言葉なのだとわかる。
わかる、けど。
単純な俺は、そんなたった一言さえ馬鹿みたいにうれしくなってしまうのだ。
「……お、岡部さん!」
恋をしている。
完全な片思いだ。おまけに高校生で年下だし、バイトしてるのに金ないし、愛車は自転車だけど。
「あの、よかったら、これからいっしょにご飯食べに行きませんか? おっ、俺が奢ります!」
でも、可能性はゼロじゃないはずだ。
名前も知らなかった彼女と今こうして話せている現実が、俺をがむしゃらに動かしている。
岡部さんがすきだ。
どうしても俺は、彼女に近づきたい。
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