海未は、今日も相変わらずTシャツ一枚だ。
 ちょうど尻まで隠れるオーバーサイズのTシャツは、俺のおさがり。裾をつまんでペロッとまくってやったら、きっと下着のパンツしか身につけていないのだろう、相変わらず。
 ほぼパンイチ。決して「起きたばかりだから」などという理由ではなく、これが海未の基本装備なのだ。

「けーた」

 デコピンで撃退したのに、海未は懲りずにまた俺に近づいて、わざわざ耳元で話しはじめる。

「けーた、お仕事おつ」
「……うん」
「ごはん食べた?」
「食ってないけど、べつに食欲な、」
「いっしょに食べよ。あたしが食パン焼いたげるよ」

 人の話聞けよ。
 デコピンの痛みは引いたのか知らないけど、けろっと泣きやんだ子どものような顔をして、海未は立ち上がった。
 立ち上がると、寝ている俺からは微妙な角度で、あー、パンツ見えそう……。

「……また水玉かよ」
「なんかゆった?」
「……べつに」

 なんも、とおざなりに返す。
 寝返りを打って、海未から背を向けた。ぺたぺたとフローリングの上を歩く裸足の足音が遠ざかっていく。それを聞きながらようやく俺は瞼を下ろす。伏せられた視界で、夢の続きが見れそう、なんて気色の悪いことを思った。

「けーた」

 ……ほっぺ、なんかついてる。
 十分も経たないうちにまた寝室に戻ってきた海未の頬には、なにやら赤いものがついていた。ああ、ジャムか。海未は冷蔵庫からジャムを出すと、決まって中身をつまみ食いするのだ。

「じっとして」

 腕を伸ばす。指先が、白い頬にふれる。海未は言いつけ通りじっとしている。いいこ。
 拭ったそれを自分の口へ運ぶと、甘酸っぱい苺の風味がした。そういや、苺ジャムの賞味期限、いつだったっけ。

「けーた、朝ごはんいっしょに食べよ」

 そんなことを考えていると、ベッドの縁に小さな手を置いて、海未が言う。

「トースト、何ジャムぬる?」
「……」

 食べないという選択肢はどうやらないらしい。
 朝飯ぐらい勝手に食ってろ、とは思うのだけど、それさえ口に出すのもめんどうだ。

「……苺」

 目をつむっていても、海未がうんと頷いたのがわかった。きっと、少しだけ満足そうにして。
 裸足の足音がまたキッチンのほうへフェードアウトしていく。それからすぐに、トーストの匂いが漂ってくる。
 ……まぶしい。
 リビングへ続く寝室のドアが開かれている。めいっぱいの朝日が差し込む狭い寝室は、照明も点けていないのに馬鹿みたいに明るく、閉じた目にもまぶしいから、ああもう、寝れない。
 上半身を起こすと、くしゃみが出た。

「けーた、おはよ」
「……オハヨ」

 トーストとバターの匂い。ジャムの甘酸っぱい匂い。顔を出したリビングは、思いっきり朝飯の雰囲気。
 懸命に二枚のトーストにジャムを塗っていた手をとめて、猫のような目が俺を見て笑う。
 そんないつもの朝だ。
 朝は苦手だけど、嫌いじゃない。


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