昼の一時から入って、上がりは夜の十時。そのうち休憩が一時間。時給は八百五十円。
借り暮らしのニートから、フリーターに昇格にして、一週間が経った。
早一週間。まだ、一週間。
「ありがとうございましたあー」
店内に響き渡る明るい声にハッとする。少し遅れてあたしも、ありがとうございました、と小さく口にする。きっと誰にも聞こえてなんかないけれど。
夜の九時を回ったコンビニには客がいない。アルバイト初日に、この時間帯は暇なのだと教わった。
「岡部さん」
蒸気を立ち上らせる電気スチーマーへ冷凍中華まんを放り込む手を止めた。隣を向けば、同じアルバイトの日向くんが、お玉でおでん鍋の中身を一心に掻き混ぜていた。
「日向くん、どうかした?」
「あ、あの……」
何かにとり憑かれたようにお玉をぐるぐる回しながら、これから重大な発表でもするみたいに息を吸い込んだその横顔を、あたしはまじまじと見つめる。
「お、おでんの具で、何が一番すきですか?」
張り詰めた声で訊かれる。さっきの明るい挨拶の声とは別人のよう。
あたしは、おでん、と思う。
まだ残暑が居座る頃から、コンビニではおでんの売り出しがはじまる。夏日こそ多くが売れ残ってしまっていたおでんは、秋も深まる最近になってようやく売れてきた。
そんな話を思い出す。これは三日前に教わった話だ。
「……たまごかな?」
ちょっと考えてからすきなおでんの具を答えると、日向くんの緊張感漂う曇った横顔が一気に晴れやかなものに変わった。
「俺も! 俺も、たまごがすきです!」
まぶしいくらいの笑顔で、日向くんがとてもうれしそうに宣言した。
日向くん、そんなにたまごがすきなのか。わかる。たしかに煮たまごはとてもおいしいものだと、あたしは微笑ましい気持ちになる。
日向くんは、おでんの具とかすきな中華まんとか、今日は昨日より寒いとか、そういうことを、とても大事なことのように話す。あたしが答えると、それだけでうれしそうに笑ってくれる。
すらりと背が高くて、目鼻立ちもはっきりした端整な顔立ち。まるでファッションモデルのようにかっこいい日向くんだけど、実際話してみるとそんな見た目とは絶妙にアンバランスで、おもしろくて、ちょっと不思議だ。
一週間前まで大学生だと思っていたコンビニのおにいさん――もとい、日向くんは、初日の自己紹介で高校生であることがわかった。
高校二年生。で、十七歳。てっきり年上だと思い込んでいたのに、あたしより二つも年下だった。
今の高校生ってこんなに大人っぽいのか……と軽くめまいに襲われたあたしに、日向くんは「見た目詐欺ってよく言われるんで、気にしないでください!」と、よくわからないフォローをしてくれた。うーん、よくわからない……。
日向くんとはこの一週間ほぼずっと顔を合わせている。フリーターのあたしは昼から出勤するけど、学生の日向くんは夕方から。上がる時間は同じ。
学校を終えてそのまま来たらしい日向くんの制服姿を見る度に、あっ、ほんとうに高校生なんだ……と、あたしはしみじみしてしまうのだった。
「岡部さんも、高校生のときはアルバイトしてましたか?」
今はストライプのコンビニの制服を着ている日向くんが、あたしに訊ねる。声はさっきよりずいぶん明るくなっていて、たぶんこれが本来の日向くんの声なんだろうな、と思う。
「うん、してたよ。ファミレスで」
「ファっ……ファミレスって、もしかしてウエイトレスさんですかっ?」
「ううん、あたしはキッチン。厨房のほう」
「あっ。そ、そうですか。そっか、うん……。あ、あの、ごめんなさい……」
「?」
突然、なぜかものすごく申し訳なさそうに謝られて、あたしは首を傾げた。
日向くんはときどきわからない。でも、おもしろい。
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