「……大事にするって……」
ややあって、かすれた声が聞こえてきた。
「大事にするって、なに……?」
格好は相変わらずだ。寝てるんだが起きてるんだかわからない慧太の、寝言のような言葉に俺は目をまるくした。
「……え、今なんて?」
「…………」
「ちょっと、慧太寝てんの?」
緩慢に動く唇から、寝てる、と発せられる。いや寝てないじゃん。
「なんか、わかんねえ……。苛立つし……でも、じゃあ、どうしたらいいんだよ……」
寝言のような言葉がぶつぶつと続く。
何言ってるのかさっぱりわからん。今さらだけど、やっぱ慧太酔ってんの? 酔っているのだとしても、慧太のこんな姿を俺は見たことがない。
でもはじめて見る姿だからこそ、もしかして、と思い当たる。ともすれば、俺のほうがなんだか高揚してしまう。
つまり、慧太は、海未ちゃんを大事にしたいの?
それってつまり、もしかして、そういうこと?
「……とっ、とりあえず、帰っていっしょにいてあげなよ!」
なんで俺がこんなにドキドキしなくちゃならないんだ。いやだって、慧太が? あの慧太が? 口癖は「バカ」「うざい」「どうでもいい」のヤリチン代表の慧太が?
ずっと一匹狼みたいだった慧太が、特定の“誰か”を大事にしたいとはじめて口にしたのだ。その意味が示すところなんて、もしかしてもクソもない。
「ちょっと、慧太ってば! 聞いてんのかよ!?」
死体のように動かなくなった慧太の肩をゆさぶり、何度か呼びかけるが返事がない。
ああだめだ、意識がない。とりあえず救急車。人口呼吸。心肺蘇生法は心停止から四分以内に行わなければ……。
って、おい。
「……おおーい」
寝てるし。
――大事にするって、なに?
――いっしょにいたいよ。
二人の姿が重なって見えた。そして、どうしようもなくもどかしい気持ちになる。
だって、似ているのだ、二人は。
「あああもう……。がんばれよ、慧太……」
聞こえていないのは承知で言う。そしてやっぱり、返答はなかった。
慧太が起きたら、湯気がとうに消え失せた砂糖たっぷりのコーヒーを眠気覚ましに飲ませよう。せいぜいがんばれ。それしか言えない。結局肝心なことは、なにも。失言が多くたってそれぐらいは空気読みますよ。
俺は所詮二人にとって、ただの友人Aですから。
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