「海未ちゃんとケンカでもしたの?」

 すっかり目が覚めてしまった。開き直って、コーヒーでも飲むかと俺はキッチンへ向かった。カップをちゃんと二つ用意する俺ってやさしい。
 二人分のインスタントコーヒーを淹れながら返答を待っていたが、しばらく間を置いて返ってきた言葉は、俺の質問からはずいぶん逸れたものだった。

「唯太、どれくらい経つっけ……」
「え、何の話?」

 カノジョ、と気だるげ且つ眠たげな声で、慧太が言う。
 質問ガン無視された俺は、ええーと思いながらも、たしか二年ぐらいじゃね? と我ながら律儀に返していた。

「二年か……」
「なんかさー、唯太っていつのまにカノジョいてるよね。高校んときもそうだったじゃん」
「二年って長いな……」

 振ってきたくせに会話をする気がまるでない、無糖ミルク派の慧太の分のコーヒーに砂糖をドバドバ投入しておく。
 そして、図星かな、と思う。

「こんなとこで唯太の話してないで、帰ったほうがいいんじゃないの?」

 そう言いながらも、慧太の分のコーヒーをテーブルに置いてやる俺ってほんとやさしい。少しは貴重な友人に感謝してほしい。
 ローテーブルに湯気の立つカップを置いて、胡座をかく。相変わらず俺の言葉に対しての返答はない。
 自分の分のブラックコーヒーに口をつけながら、俺はぼんやりと高三の夏休みを思い出していた。
 あれは夏休みの後半だったっけ。
 今みたいに疲れた顔をした慧太が、「泊めて」と言って、突然深夜に俺の家にやってきたのだ。
 だけど今は、あのときみたいにあからさまに女物の香水の匂いなんかさせていない。
 そうだ、慧太は最近、女の子と遊んでいる様子がない。なんて、実際は俺の知らないところで遊んでいるのかもしれないけど。ほんとうのところは知らないけれど、俺はそれがちょっとうれしかった。
 同時に、海未ちゃんのさみしそうな顔が脳裏に浮かんで、どうしようもなくもどかしくなってしまった。

「……海未ちゃん、今日のライブの帰り、元気なかったんだよ。さみしそうな顔してた」

 反応を窺うように視線を下へ向ければ、慧太は腕を顔にのせて、寝てるんだが起きてるんだかわからない格好になっていた。
 俺の話を聞いてんだか知らないけど、かまわずに続ける。

「八月にさ、夏祭り行ったじゃん。あのとき、慧太がはぐれて、唯太が探しに行ったからさ、俺は海未ちゃんと二人で待ってたんだけど……」

 まだあどけなさの残る彼女には少しミスマッチな缶ビールを飲みながら、流れる人波を見つめていた。さみしそうな横顔で。
 ライブを観終えたあとも、海未ちゃんはあんな顔をしていた。俺も唯太も何も訊かなかったけれど(唯太は、俺と別れてから海未ちゃんを送っていったから、もしかしたら訊いたかもしれない)、海未ちゃんは、ステージ上の慧太を見て、慧太のことを遠くに感じたのではないだろうか。
 そんなふうに思考を巡らせたところで、結局俺の憶測の域を出ない。
 でも、きっと、海未ちゃんは慧太のことを――。

「そのとき海未ちゃん、『慧太といっしょにいたい』って言ってたんだよ」

 俺が言うべきではないな、と思った。
 けれどそう理性が働いたのは口にした後だったし、ああもういいや、と開き直る。俺の悪い癖だ。海未ちゃん、ごめん。

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