ぼんやりとした視界に広がる天井。
 仰向けに寝たまま、ここどこだろう、なんて考えるのも一瞬だった。

「……」

 痛い……。
 ごろりと寝返りを打つと、ベッドの下に昨日着ていた服と下着が抜け殻のように落ちているのが見えた。
 ベッドで寝るのなんてはじめてだな、と思う。実家の自分の部屋は畳だったし。
 また眠りに落ちるかと、しばらく寝転んだまま目を閉じていたけれど、眠れない。あたしはあきらめて、上半身を起こした。
 視線を下げてみると、あたしは素っ裸だった。今頃気づいた。そりゃそうだ。服はぜんぶベッドの下に落ちているんだから。
 ふと、ベッドの上に、Tシャツが一枚放られたように置いてあるのに気づいたので、あたしはそれを着た。
 今、何時だろう。カーテンの隙間から見える空は、明るい青だった。鳥の囀りも聞こえないし、もう昼頃だろうか。
 電車の走る音が聞こえる。

 フローリングの床にひたりと素足をつける。と、くしゃみが出た。今日は晴れているわりにTシャツ一枚では肌寒い。あたしは、さっきまでかけて寝ていた毛布で肩を覆うようにして、そのままズルズルと引きずらせながら寝室を出た。
 リビングには、誰もいなかった。
 ソファの上には、あたしがいつも使っている毛布がまるまった形で隅っこに追いやられていた。
 ローテーブルの上に煙草を見つけた。マルボロのメンソール。その匂いを、あたしは知っている。手に取って中を覗いてみると、空っぽだった。

「……いたい」

 こぼれ落ちたあたしの声が、とけてなくなった。
 痛い。重たく、けだるい体は、どこもかしこもじんじんと痛かった。特にあそこの奥のほうが鬱血しているみたいに痛む。あと、首筋。
 あたしは毛布を引きずりながら浴室へ向かった。洗面台の前に立つ。そこで、鏡にうつる自分の姿を見た。
 首筋に、そっと指先でふれる。

「首輪……」

 切り傷でも、擦り傷でもない。血色の悪い肌に映える、赤い痕。
 指先でなぞってみると、そこから痺れのように走る、鈍い痛み。けものに噛みつかれたような赤い痕がそこにあった。

 ――いっそ首輪でもつけて、縛りつけてくれたら、ラクなのかな。

 ――もしそうなったら、この不安は消えるのかな……。

 ポタッと、水滴が落ちた音がした。
 ゆるりと視線を下げる。洗面台についたあたしの手が、濡れている。ぼんやりと、しばらく自分の濡れた手の甲を見ていた。水滴の音がやまない。雨かな、と馬鹿な思考がよぎる。
 また、鏡を見た。そこにうつる、首筋に赤い痕をつけた女の子が泣いていた。無表情なまぬけ面で、両目からは涙があふれ、頬をつたい、次から次へと落ちていく。
 ばさっと毛布が床に落ちた。
 全身の力が抜けていくのを感じた。
 鏡にうつる女の子は、あたしだ。
 その場にしゃがみこんで、膝を抱えた。涙がとまらない。どうしよう。とまらない。わからない。

「……いたい……」

 痛くて、苦しい。
 こんなはずじゃなかったんだ。じゃあ、どうなりたかったんだろう。
 わからないよ。あたし、ばかだし。

「……けーた……」

 けーた、さみしいよ。おいてかないでよ。ひとりはいやだよ……。
 馬鹿なあたしは今頃気づく。たったそれだけのことだったんだ。他にはなにもいらなかった。
 首輪なんて痛いだけだった。だって、あたしは猫じゃない。
 膝を抱えて、あたしはいつまでも子どもみたいに泣いた。体が冷えていく。昨日のけーたの体温を思い出そうとするけど、そんなもの、もうどこにも残っていない。

 抜け殻のように落ちた毛布からは、かすかに知っている匂いがした。マルボロのメンソール。けーたのすきな煙草の匂い。

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