ここは、世界のほんの片隅。
 夜が明けて、少しずつ明るくなる六帖の部屋。白いソファの上。あたたかい毛布の中。
 目を開けたばかりで、視界がゆらゆらとしている。また楽しくない夢をみた。
 ついでにこんな生活も、少しも楽しくない。それでもいっしょにいる。不安定な関係。曖昧なこころ。なまぬるさが心地よくて、離れられない。
 いっそのこと首輪でもつけて、縛りつけてくれたら、ラクなのかな。
 もしそうなったら、この不安は消えるのかな……。
 
 部屋の中は、カーテンを閉めていてもどんどん白んでゆく。朝に染まってゆく。
 だいじょうぶ。きっと、もうすぐ帰ってくる。
 あ、ほら、足音聞こえてきた。
 よかった。帰ってきた。
 鍵を開ける音、ドアが開く音を聞いて、あたしはそっと目をとじる。


 ここは、世界のほんの片隅。
 狭い空間は熱気に満ちていた。真夏を閉じ込めたような蒸し暑さと、目が眩むまぶしさと、鼓膜をぬけて心臓を直接叩いてくるような激しい音。

「海未ちゃん!」

 右隣から叫ぶように名前を呼ばれた。
 そちらを向くと、秋吉くんが、楽しい? と満面の笑顔で大きく口を動かした。あたしも笑って頷く。

「楽しいよ! 耳がキンキンするけど!」
「あははっ、俺も! けっこう前来ちゃったもんね。ねえ! 慧太、いつ出んの?」

 秋吉くんがあたしを挟んだ左隣へ声をかけた。

「この次。二番目だよ」

 ステージを眺めながら、唯太くんが答える。
 低いトーンのその声は至っていつもどおりで、この音響のなかで叫んだりしなくても不思議とよく通るのだった。

 週末の夜はまぶしい。
 人生初のバンドライブに誘われて、あたしが二人に連れられてやって来た場所は、狭くて小さな地下のライブハウスだった。
 室内は、あたしたちとそう変わらないぐらいの若者たちでいっぱいだ。入場したときはまだまだ空間に余裕があったのに、いつのまにか観客が増えてきている。

「バンドのライブって、アマチュアでもこんなに人気なんだね」
「えっ? なにっ?」
「ああ、まあでも、それぞれじゃないかな。慧太のとこは人気みたいだね。客増えてるし、対バンの二番目って人気あるとこがやるらしいから」
「そうなの? 唯太くん詳しいね」
「聞いた話だけどね。ここのスタッフに知り合いいるから」
「ねえ! ちょっと! 聞こえないんだけど!」
「秋吉うるさい」

 そのとき、ふっと照明が落ちた。
 一組目のバンドの演奏が終わったのだ。ありがとうございました、とボーカルの男の人がマイク越しに叫んだ。それが合図のように、ステージ上ではすみやかに機材の片付けが始まる。
 トーンダウンして静まる観客。だけど穏やかな波のように、ささめき合う声がいくつも聞こえていた。
 ギター、と知らない誰かの声が耳に届いて、あたしは一瞬だけ自分の鼓動を感じた。

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