――けーた。

 いつも舌足らずに俺の名前を呼ぶ。

 ――けーた、寝てるの? そうなの?

 うっせえな、寝てるよ。

 ――朝ごはん、いっしょに食べよ。

 朝飯ぐらい勝手に食べろって。

 ――……けーた、

 ……いま、起きるから。
 だからそんな声で呼ばないで。



 見慣れない天井がぼんやりと視界にうつる。
 鈍痛に襲われる頭をゆるりと動かす。見慣れない部屋のなかは、おそらく明け方であろう薄明るさだった。
 怠さの残る体を起こすと、ベッドの下には俺の服が脱ぎ捨てたままの散らばった状態で落ちていた。

「あ、起きました?」

 ドアが開く音がして、そちらへ目をやれば、下着姿で首からバスタオルをかけた女が立っていた。オハヨーございます、と彼女は俺に笑いかける。

「あたしのことおぼえてます?」
「……おぼえてるよ、さすがに」

 ため息のような声が出る。俺、どんだけ物忘れ激しいやつだと思われてんだ。
 マユコは、昨夜と変わらない軽い笑みを浮かべてこちらへ歩み寄り、ベッドに腰掛けた。スプリングがギシッと音を立てて軋んだ。

「なんか飲みたい……」

 そう喉の渇きを訴えると、目の前にペットボトルのミネラルウォーターが差し出される。今しがたマユコが飲んでいたものだ。

「どーも……」
「あ、口移しのがよかった?」
「……」
「ふふっ、冗談っすよぉ」

 しなだれるような声の調子に、もしかしてまだ酔ってるのかと思いつつ、ペットボトルの蓋を捻り、口をつけた。

「ね、慧太さん」
「なに」
「なんか、雰囲気変わりましたよね?」

 冷えた水を飲み込んで、横目に見る。
 マユコは、いつのまに手にしていた煙草に、ライターで火をつけていた。化粧のない顔は、昨夜の彼女よりもずいぶん幼く見える。フィルターに口をつける姿に妙な違和感をおぼえてしまう。
 もしかしたら彼女はまだ未成年なのかもしれない。そうであったとしても、俺には関係ないけど。
 彼女は話を続ける。

「高校のときに見てた感じより、雰囲気やさしくなった気がする」

 と言った彼女の言葉に、また違和感。

「……高校? あんた、うちの店の常連客じゃなかったっけ」
「やっぱおぼえてないか〜。ま、学年違うし、あたしが一方的に片思いしてただけだし。見てるだけの恋だったし」
「……」
「そんな感じなんで、だから気にしないで!ね、慧太センパイ!」
「……いや、けっこう返答に困るんだけど」

 複雑さを隠さずに言えば、マユコはおかしそうにケタケタと笑った。昨夜も思ったけど、いったいなにがそんなに楽しいのかわからない。
 できればそんな話は聞きたくなかった。これで処女だったなんて暴露でもされたら、なんて一瞬こわくなったが、またしても察したのか「あ! 言っとくけど、処女じゃないですよ!」という暴露をしてくれた。なんとなくわかってはいたけれど、実際その言葉で安堵してしまったのも事実だった。
 彼女は軽い。愛嬌もある。それは俺にとって、悪くはなかった。
 こういうことをするのに付き合う相手として。

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