慧太とは、高二からの付き合いだ。
 まだ一年ちょっとしか経ってないんだな、と改めて思う。毎日のように喧嘩ばかりだけど、なんだかんだいつもつるんでいて、もうずっと前からの友人のような感覚があった。
 慧太は、無愛想で口が悪くて、そのくせイケメンなので女子にはモテる。一方男子にはとことん嫌われている。真偽のわからない噂が慧太には絶えない。たいてい誰々の女を食っただとか盗っただとか、下世話なやつだ。しかし当の本人は、曰く「どうでもいい」とのことで、噂も陰口も嫌がらせも、毎日しれっと受け流している。友だちとしては、ちょっとばかし心配になるくらい。いつか刺されるんじゃないの。

「慧太さあ、いいかげん誰かとちゃんと付き合うとかないの?」

 声をかけるが、返答がない。
 カーペットが敷かれた床には、俺のTシャツを着た慧太が俺のタオルケットにくるまって横たわっている。ほんとこの状況、女子だったらよかったよね。女子だったらもちろんベッド貸すんだけど。
 それはそれとして、ちょっと寒い。「ここで寝るからそれ貸せ」と、タオルケットを半ば無理やり慧太に奪われたので、俺かけるもん何もないんだけど。夏だからまあいいかと思ったけれど、なんかいつのまにか冷房の温度下げられてるよね、これ。くしゃみ出たし。一週間後には模試を控えているのに、風邪でも引いたらどうしてくれんのか。

「ねー、慧太寝た?」
「……寝た」

 いや寝てないじゃん。
 慧太って変なとこ素直だよね。寝たふりすればいいのに。

「そんなんだからヤリチンとか言われんだよ」
「……」
「ん? いま笑った? 慧太のことだからね! なに笑ってんのバカ!」
「おまえだってヤリチンじゃん」
「……はい? 俺は違うでしょ。あなたといっしょにしないで。ちなみにだけどどこ情報よ、それは」
「唯太から聞いた」

 俺は思わずベッドから半分起き上がったまま真顔になる。聞いたって、何を聞いたんだ。そして何を話したんだ、幼なじみの鈴木唯太くんは。
 いや違うって。そもそも今まったく俺の話じゃなかったはずだ。話題を戻そう。
 
「慧太、好きな子いないの?」
「修旅みたいなノリやめろよ」
「ああー、修旅ね! 沖縄楽しかったよね、沖縄! そうだ、卒業したらまた行こうよ。卒業旅行ってことで」
「やだ。暑いし」

 またしても話題が逸れた。おかしい。うまいこと誘導されてないか、俺。
 慧太は慧太で、俺に背を向けたままちっともこちらを向かないでいる。人が話してるときはその人のほうを向きなさいって母ちゃんから習わなかったのか。泊めてやってんのになんなの。

「……慧太って、猫みたいだよね」

 まだ少し濡れている茶髪をぼうっと眺めながら、ふと思いついたことをなんとなしに述べてみる。

「なんか、野良なんだけどさ、いろんな家回ったりしてご飯とかもらう猫みたい」

 都合のいい人間を見分けて、懐いていると見せかけて、でも決してそうじゃない。ほんとうは誰にも懐かない。首輪はつけない。そんな猫。
 そうだ、慧太って、野良猫みたいだ。
 だけど――。

(じゃあ、それならば、慧太にとっての俺たちって何なんだろう)

 慧太がしたたかな野良猫ならば、今こうして泊めてやってる俺や、唯太も、慧太にとってはただの都合のいいやつらに過ぎないのだろうか。
 俺たちは慧太にとって、慧太が一回ヤったらそれで終わりな子たちと、なにも変わらないのかな……。

(なんか言えっつーの)

 こちらを向かない茶髪の頭。
 返答は、ない。

「……慧太のバーカ」

 馬鹿は俺だ。こんなことを思うなんて、どうかしてる。
 脱力して、ごろりとベッドに寝転がる。夜に染まった天井を見つめながら、それでも一度回りだした思考はやまない。眠気なんかすっかりどこかへ行ってしまった。誰かのせいで。

(だってさ、やっぱむなしいじゃん)

 たった一年ちょっとの付き合いだ。唯太のように、長年いっしょにいる友人ではない。
 それでも、慧太はもしかしたら「都合がいいやつら」とか思っているのかもしれないけれど、俺は、慧太といるのがなんだかんだ楽しいのだ。むかつくけど、ツンデレだし。慧太のそういうところは、やっぱりちょっと好きだし……。

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