高三、八月。
『開けて』
暗闇のなかで暴力的に発光するケータイから聞こえてきたのは、愛想の欠片もない友人の声だった。
時刻は深夜ニ時ちょうど。部屋で就寝していた健全な俺は、突然の真夜中の着信に朦朧としながらも、電話口に応える。
「……え、なに? 開けてって、慧太いまどこにいんの? てかいま何時だと思ってんの?」
『いま、おまえんちの前。とりあえず開けて』
いま、おまえんちの前って。超怖いんだけど。
なにこの着信、もしかしてメリーさんから? 思わず耳からケータイを離して確認すると、画面には来栖慧太と表示されている。
俺はベッドから降りて、カーテンを開け、部屋の窓を開けた。家の前には……うわあ、イケメンのメリーさんだ〜。って、ちょっとまて。
「慧太ちょっと……なんでいんの〜」
『秋吉泊めて』
電話越しに小声で言えば、淡々とそんな要求が返ってきた。
ああ、と思う。こんな真夜中の訪問者が宮崎あ●いみたいな女子だったなら、素敵な夏の思い出になったというのに。
寝起きが般若のように恐ろしいうちの母親に気づかれないように、足音に細心の注意を払いながら一階へ降りて、玄関のドアの鍵を開けた。無言のやりとりで、慧太をつれてまた二階の俺の部屋へ戻る。慧太を部屋に通して、ドアを閉めて、やっと一息。
一体なんなんだこれは。ミッション・インポッシブルかっつーの。
「勘弁してよ〜、寝起きのオカン超恐ぇんだからね〜。まあいつも恐ぇんだけど」
「はあ、つっかれた……。秋吉シャワーかして」
「話聞いてる?」
真夜中にいきなりやって来たかと思えば、泊めてだのシャワーかしてだの、慧太は俺のなに? カノジョ? あ、鳥肌たった。
暗闇に慣れてきた目で改めて慧太を見やると、こめかみから伝っていく一筋の汗。終電なんてもうとっくに出ている。一体どこから歩いてきたのか。
「慧太、香水くせー」
「ああ……うん、悪い」
「ほんとだわ」
ため息をつく。悪い、なんて言いながら、目の前の疲れた顔は俺のことなんかちっとも見てやいない。
いつもの慧太の香水じゃない、クラスの派手めな女子がつけていたような、とにかく女物だとわかる甘ったるい匂いが慧太から漂ってくる。今まで何していた、なんて訊かなくてもわかってしまう。
俺はクローゼットから適当に着替えを引っぱり出し、それらを慧太に投げてやる。
「静かにね。オカン起こしたらボコられんの俺なんだから。タオルは、風呂場にあんの使っていいから」
やっと視線をこちらに寄越してきた慧太は、やっぱり疲れた顔で、少しだけ笑った。
「サンキュ」
短くそう言って、俺の部屋を出ていく細身の背中を見送った。
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