高一、五月。

「あー、中間だりぃ」
「明日でやっとラストかー。つーか古典死んだ!」
「どっか寄ってこうぜ」

 終業の鐘が鳴ってしばらく経った頃、昇降口にやって来る生徒の数がようやく疎らになっていた。
 下駄箱の陰に寄りかかって、教室に忘れものを取りに行った友人を待機している俺の耳に届いてきたのは、二、三人の男子の声だった。

「そういや、来栖のこと待ってないでよかったんか?」

 一人が、ふと気づいたように声を上げた。

「ああ、いいよべつに。だってあいつ気づくと消えてっし」
「どうせまた女だろ」
「てかさ、こないだまた先輩の女食ったって聞いたけど、マジなんかな」
「有り得る。ヤリチンだから」

 なにやらお世辞にもさわやかとは到底言えない話題だ。
 べつに故意に聞き耳を立てているわけじゃないとはいえ、この手の男子の会話って女子のそれよりドロドロしていて嫌な粘着をもっている気がする。というのも、俺がこいつらと同じ男だからそう感じてしまうだけなのかもしれない。
 まあ、男女問わず陰口って嫌よね。相手は誰だか知らないけれど……。

 中間考査期間により部活動はなく、生徒は有無を言わさず正午の時間帯に下校となっている。
 さわやかな五月晴れが校内を白く照らしていた。しかし閑散とした昇降口には、そんな五月晴れには似つかわしくない日常の断片。
 会話は続く。

「あいつ、マジすかしてっからな」

 吐き捨てるようなその言葉に、一呼吸置いてすぐに笑い声が重なり合う。

「顔いいからってさあ、調子こいてんだろ」
「ははっ、ついに本音きた! わかるけど」
「でもさ、来栖といるとほんと女釣れるよな。実際それであいつとつるんでるようなもんだし」
「顔はいいもんな、顔は」

 弾けるような笑いが起こる。それを傍聴しつつ、俺は考えていた。
 さっきから会話の端々に聞こえてくる「来栖」という名前についてだ。ひどく聞き覚えがあるような気がするのだ。いや、絶対にあるぞ。そんな確信をしながら肝心の本人が思い出せないもどかしさから、下の名前とか出してくんないかな、などと勝手なことを思っていた。
 と、そのとき、慣れない香りが俺の鼻先をかすめた。
 シャンプーや制汗剤にしてはキツすぎる。けれど女の子も好んでつけそうな人工的に甘いそれは、香水の匂いだとすぐにわかった。
 反射的に視線を上げる。アッシュブラウンに染められた髪が、俺の前を横切った。日差しを受けて一瞬キラリと光ったピアスが、まるで流星のようだった。

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