side:Umi 無愛想で口が悪い。いつも不機嫌ぽくて、すぐにデコピンしてくる。
夜行性。日中はだいたい寝て過ごす。夕方になると、バイトへ行くか、ギターケースを背負ってどこかへ出かける。
朝ごはんを(渋々)いっしょに食べてくれる。
とりあえず、それくらい。
けーたのことは、ほとんど知らない。
公衆トイレを出た。
生ぬるい、夏の夜風が頬をなでる。その風にのせてやってきたソースのような匂いに、思わず鼻が動いてしまう。とてつもなく空腹を刺激するにおいだ。そして、単純にも腹の虫が鳴いた。
お腹すいたな……。
「けーたのばか」
タコ焼きとかわたあめとか、食わしてくれるってゆったじゃん。
……言ってないけど。言ったのは、秋吉くんだけど。
さっきまで秋吉くんといた缶飲料の屋台のところへ戻ろうと、あたしはとぼとぼと歩き出す。途中、若い男の人とすれ違った。そのとき鼻をかすめた香りに、思わず振り返る。
「……」
たぶん、同じ香水。あたしの視線の先には、見知らぬ後ろ姿があるだけだった。
そんなのわかってたのに。あたし、ばかかよ。
「……けーたの、ばか」
ねえ、いい歳して迷子とか笑えるよ。
蒸し暑い夏の夜。この気温のせいだけではない肌で感じる熱気に、耳をくすぐるような祭囃子。楽しそうなたくさんの声。チョコバナナや林檎飴の甘いにおいに、唐揚げの油や焼きそばのソースのおいしそうなにおい。
夏祭りなんて久しぶりだった。
誘われたときはほんとうにうれしかった。この場所に足を運んだ瞬間、ドキドキして、うれしくて、視界に広がるすべてがキラキラ輝いて見えた。
こんなにも気持ちが高鳴る理由なんて、秋吉くんがいて、唯太くんがいて、けーたがいて。そして三人といっしょに、あたしがいて。この空間を「誰か」と共有できることがうれしかったからだ。
なのにどうして、いまのあたしはおいてけぼりにされたような気持ちでいるんだろう。
振り返ったら、どこにもいなかった。
その瞬間、いままでの楽しかった気持ちはどこかへいってしまった。急に、とても不安になった。
最近、考えてしまう。
けーたが出かけるときとか、寝ているふりをしてその後ろ姿を見つめながら、もし、けーたがこの部屋に帰ってこなくなったら。もしもそうなったら、あたしはどうするのだろう。どうしたらいいんだろう。
そんな想像を、結局いつも答えなんか出ないくせにそれでも繰り返して、不安にやわらかくやさしく飲み込まれるように、いつのまにか眠っているのだ。
あたしはなんにも知らない、けーたのことを。
知りたいとは思わない。正確に言ってしまえば、知った先にある変化がこわいのだ。
ついこのあいだ、あたしたちはお互いの年齢を知った。けーたは二十一歳だった。一方けーたは、あたしの年齢に驚きこそなかったものの、何度も未成年という言葉を使った。まるであたしが未成年だということに何か線引きされたような感覚になって、だからというわけではないけれど、さっき人生ではじめてビールを飲んでみた。
ビールは苦くて苦くて、ちっともおいしくなかった。でも案外缶一本、簡単に飲めてしまった。
――なんだ、こんなもんか。
空になった缶に対して、あたしは意味もわからずにむなしさを覚えた。
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