唯太が、小さく息を吐いたのがわかった。
少し疲れた声で、吸っていい? と訊かれた。そうしてジーンズのポケットから取り出されたのは、唯太が愛煙しているハイライトだった。俺の周りでそれを吸っているのは、唯太一人だけだ。
吸っていい? なんて、いつも訊かないくせに。
とは思いつつ、肯定の意も込めて、俺も自分のマルボロメンソールを取り出した。すぐに匂いの違うお互いの煙が混ざって、夏の湿った空気にゆらりと舞う。
「……あのさ」
濃い白煙を吐き出して、唯太が言う。
「慧太たちのことだから、俺が口出すのは違うかもしれないけど。俺はさ、なんて言うか、個人的にね、慧太が海未ちゃんといるってことにさ、意味があったらいいなって思ってるんだよ」
一つ一つ探り出すような口調だった。その声に、怒気はまるで感じられなかった。
知っている。唯太は怒れない。普段黙っている分、人の何倍もやさしい男だからだ。
俺は苦笑して、煙を吐いた。
「意味とか、わかんねえよ。悪いけど」
考えたことがない。と言うと、嘘になるけど。ほんとうはただ考えないようにしているだけだ。
海未のことはかわいいと思う。なにせ海未といると、あの「疲れる」という感情がない。男と女がひとつ屋根の下で暮らしているというのに、交わらないこの関係がひどく楽なのだ。それが意味するところなんて、考えたくはなかった。
意味なんてなくていい、そんなもの。
だって、どうせいつかはなくなる関係なのだから。
「……でも、大事だよ」
こんなどうしようもない関係がいつまでも続くはずがないことぐらい、わかっている。でも、まだ、もう少しだけ、と覚めたくないようにも思う。このぬるま湯のような生活に心から沈んでしまえたら、それがいいのに。
先のことなんてなにも知れない。
それなのに、それができないことを絶対的にわかっている気がするのはなぜだ。
――海未。
はじめてその名前を口にしたとき、泣きそうな目で見上げられたのを覚えている。
たまにあの目をフラッシュバックのように思い出す。そのたびに心臓をほんの少しだけ、つかまれる。
大事だよ、たぶん。
それだけだ。とりあえず、いまは。
「……わたあめ、もう食わした?」
フィルター近くなった煙草をポケット灰皿へ押し付けながら訊ねてみる。ああ、と唯太がいつものように間延びした声を出した。
「まだだ。わたあめどころか、かき氷以降なんも食ってないんじゃないかな」
「海未、秋吉といんだろ?」
「そう。秋吉くんに電話しないと」
言いながら、唯太がジーンズのポケットを探りはじめる。それを見ながら、俺のことを探すときも着信入れてくれればよかったんじゃ、と思い、俺もようやく自分のケータイを取り出した。
「……」
ケータイには、秋吉からの着信が鬼のように入りまくっていた。全然気づかなかった。ついでに、ケータイをいつもの癖でサイレントモードにしていたことにも気づかなかった。
何事もなかったかのように、そそくさとサイレントモードを解除する。
「……あっ」
しばらくゴソゴソやっていた唯太がピタリと動きを止めて、ぽつりと言う。
「ケータイを、携帯していない……」
「……おまえのそういうとこ嫌いだわ、マジで」
と、手のなかでケータイが震えた。
ディスプレイに秋吉岳の名前が浮かび、着信ランプが「はよ出ろ」と、まるで本人の声で急かすように点滅を繰り返す。
「……もしもし」
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